魔法士の資格を取ります

 エヴィルゴーレム討伐の翌日。

 俺はルナに連れられて、屋敷から一番近いヴァンティスの街に来ていた。

 ゲームの中では最序盤に立ち寄る街で、規模も大きくないし、すぐに立ち寄る機会もなくなるんだけど、俺の中では印象に残ってる。

 絵に描いたようなファンタジーの街並みは、初めて見た時にはけっこう感動したからな。

 そんな街の大通りを、ルナと俺は並んで歩いてゆく。


「お兄様、わざわざ私の用事に付き合ってくれて、ありがとうございます」

「いや、俺も『魔法総合案内所』がどんなのか気になってたから、ちょうどいいよ」


 当たり前のように返事をしたつもりだったけど、ルナは首を傾げた。


「どんなのか、ですか?」


 しまった、元のリオンがヴァンティスの施設を見てないわけがないだろう。


「あー、えーと、しばらく見てなかったからな。もしかしたら俺が知らないうちに、様変さまがわりしてるんじゃないかと思って。ほら、近頃ヴァンティスには来てなかっただろ?」

「ふふふ、様変わりだなんて。ヴァンティスみたいな街に、そう変化なんてありませんよ」


 くすくすと笑うルナの様子からして、どうやらうまくごまかせたみたいだ。


「おや、オーンスタイン伯爵のせがれか!」

「その眼帯、似合ってるよ!」


 心の中で胸を撫で下ろした俺に、街の住民が声をかけてくれる。

 武具屋から薬屋、宿のおかみまで、皆が俺に好意的みたいだ。


「人気者ですね、お兄様♪」


 ルナは素直に喜んでくれても、俺は複雑な気持ちを抱いていた。


(リオン・オーンスタインって男は、外ヅラはいいからな。ストーリーで語られてないところで、魔王を復活させるために色々と根回ししてたんだろうよ)


 小さく笑って手を振るリオンという男は、どれだけの偽善ぎぜんを上塗りしてきたんだろうか。

 屋敷の人も、街の皆も裏切り、世界を滅ぼすほどの力を持っているんだとアピールしたい一心だけで、この少年は魔王を蘇らせ、人々を恐怖のどん底に突き落とす。

 そして何より、俺を頼ってくれるルナをも裏切っているんだ。


(つまり、こいつのやり方はルナの信頼も損ねてるってわけだ……酷いやつだよ、俺は)


 実感はなかったんだが、やっぱり俺が転生したのは悪役に間違いない。


「お兄様?」


 妙な罪悪感を覚えた俺の顔を、不安げにルナが見つめてくる。

 大丈夫だ、俺がラスボス+隠しボスである限り、あんな末路なんて絶対に辿らせない。

 温かい気持ちを込めて、俺はルナの頭を撫でた。


「ふわぁっ!? お、お兄様、急にどうしたんですか!?」


 すると、彼女は顔を真っ赤にして、ばっと飛び退いた。

 アニメの主人公みたいなことをしたのは、いや、本当に申し訳ない。


「……急に、撫でたくなったんだ」


 俺が素直に答えると、ルナは腕を組んで頬を膨らませた。


「次からは先に声をかけてくださいね! うっかり押し倒して襲っちゃって、子供を授かってゴールインしたらどうするんですか、もう! 私は一向にかまいませんが、計画というものがあるんですから!」

「悪かった、気を付けるよ……今なんて?」

「ほら、お兄様! あれが魔法総合案内所ですよ!」

「お、おう……?」


 なんだか分からないけど、彼女は許してくれたみたいだ。

 それはともかく、ルナが指さした先を見つめると、少し離れたところにでかでかと看板が貼りつけられた建物がある。

 帝都の『魔法士協会』が運営する、ヴァンティス唯一の案内所。

 白い屋根が目立つ円形の建物は、魔法士の資格を得る試験に応募したり、魔法に関するトラブルや相談をまとめて引き受けたりする、魔法のギルド、みたいなものだ。

 ――ギルドと呼ぶには、ちょっぴり小ぢんまりしてるけども。

 ゲームでも何度か見たが、やっぱり帝都のと比べると見劣りする規模だな。


「『ヴァンティス魔法総合案内所』、か。思ったよりも小さいな」

「魔法士をこころざす人は、たいてい帝都かその近くに行きますから。ヴァンティスくらいなら、このくらいの大きさで十分なのです」


 なるほど、魔法士の考え方はゲーム内と同じなんだな。

 あっちでも主人公はまず、いくつか街を回ってから、魔法士が多く集まる帝都に行くのを目標にする。

 実際、帝都に行く前と後じゃあ、集まるアイテムも使える魔法の量もダンチだ。

 ルナが魔法士を目指すのなら、おいおいは帝都に行くかもしれないな。


「そういえば、ルナは昔から魔法士になりたかったのか?」

「いえ、魔法士を目指すようになったのはつい最近です。私の将来設計には、『1級魔法士』の資格が欠かせませんから♪」


 1級魔法士といえば、ゲームでもほとんどエンドコンテンツのようなものだ。


「随分と大きな夢だな」

「お兄様も、他人事ではありませんよ?」

「え、なんで?」


 どうして俺が関係しているのかと問う間もなく、ルナは一歩前におどり出る。


「私は試験に応募してきますので、お兄様はここで待っていてください」


 振り返った彼女の明るい表情を見て、俺は思った。


(帝都の大魔法図書館には、魔法士じゃないと入館できなかったな。しかも上級の魔法士じゃないと、特別な本は読めないなんて厄介なルールもある)


 基本的に『ソーサラー・アウェイク』では、魔法は専門の本を読んで覚えるんだけど、読める本にはランクやレベルで制限がかけられる。

 低レベルのうちから強力な魔法を使わせたくないって、制作側の意図いとだな。

 もしもこの世界がゲーム内のルールにのっとっているなら、魔法士になるのは当然として、等級が低ければ読みたい本も読めないわけだ。

 ラスボスと隠しボスの力について調べるなら、魔法士になっておいて損はないはず。


「せっかくだ、俺も魔法士の資格試験を受けてみようかな」


 俺がそう言うと、ルナの顔がぱっと輝いた。


「お兄様が魔法士になるなんて、とても素敵ですね!」

「ありがとな。まあ、俺の将来のためにも必要だと思ってさ」


 ごくごく普通の、ルナと同じ目的を話したつもりだった。


「――おぶっふぁーっ!」


 その途端、ルナが鼻血を噴いて宙を舞い、地面に突き刺さった。


「ルナ!?」


 俺や周りにいた住民が目を丸くする中、ルナはよろよろと立ち上がる。


「心配無用です……これくらいは、魔法でどうにかなります……!」


 確かにルナは、『治癒』の魔法を使って手のひらを鼻に当て、鼻血を止めた。

 でも、俺が心配しているのは、茹で蛸のように湯気を頭からもうもうと上げながらぶつぶつと何かを呟いている、そのの方だよ。

 しかも時折、俺の顔をちらちらと見ながら、きゃーとか、わーとか言ってるよ。


「将来のため、お兄様と私の将来のため、つまりふたりで魔法士夫婦として永久とわに歩んでいくというプロポーズなのではお兄様ったら公衆の面前で臆することなく言い放つなんて妹の性癖が歪みますでもそんな男気も素敵で……」

「ルナ、頭とか打ってないよな?」

「えへへ……お兄様、挙式はどこがいいですか、やっぱり海の見える丘の教会ですか、それとも静かな田舎の小屋でふたりだけなんて……きゃーっ!」


 体をくねらせてるルナは、もうすっかり俺の話なんか聞いちゃいない。

 やっぱり、打ち所が悪かったんじゃないか。


「お、おい? やっぱり、近くの診療所に――」


 案内所よりも先に診療所を探すべきかと、俺が思った時だった。




「――ひょっとして、君達も魔法士の試験を受けに来たの?」


 不意に、後ろから声をかけられた。

 自分を短気だと思ったことはないけど、今は少しタイミングが悪い。


「ん、そうだけど。それがどうかした……」


 少しだけため息をつきながら、俺は振り返った。

 次の瞬間、心臓が口から飛び出そうになった。


「あたしもそうなんだ! ねえねえ、よかったら一緒に応募しようよ!」


 にっこり微笑んでいる少女には、見覚えがある。

 いや、この明るい表情と元気いっぱいな雰囲気を、忘れるわけがない。


「おい、マジか」


 口の端から言葉を漏らすことしかできないくらい、俺は驚いた。

 なんせ目の前にいるのは――『ソーサラー・アウェイク』の主人公、フローレンス・メイジャーだったんだ。

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