【sideルナ】兄妹でも愛があれば!

「おや、ルナ様。リオン様のお部屋におられたのですね」


 ベッドのそばで椅子に腰かける私に、メイドが声をかける。

 リオンお兄様の部屋に私がいるのは珍しい、ともすれば私には自室に戻ってほしいと思っているのでしょうが、そうはいきません。


「お兄様は少し体調がすぐれないようです。私が様子を見ておきますから、誰も部屋に入れないでください」


 私は今、お兄様から授かった使命をまっとうしているのです。

 ベッドの中に押し込んだ衣服の山を、お兄様だと周囲に思わせるという仕事を。


「なんと、では医師をお呼びして……」

「不要です。私が世話をします」

「ですが……」

「二度も言わせないで」


 いつものようにぴしゃりと言ってやれば、誰も言及などしてきません。


「……か、かしこまりました」


 少し引きつった顔で、メイドはそそくさとお兄様の部屋から離れていきます。


「ふう、どうにか誤魔化せました……」


 とはいえ、ずっとこうしていられるわけでもなく、いつか限界は来るはずです。

 お兄様はいつになったら帰ってくるのでしょう?

 ロッホ湖の方まで用事があるといっていましたが、こんな遅くに向かう用事なんて、想像もつきません。


「まあ、帰りが遅い分、お兄様の匂いを堪能できるんですけど♪」


 くすりと微笑んだ私がベッドのから引きずり出したのは、お兄様のズボンやシャツ、肌着。

 それを顔に押し付け、深呼吸をすると、あの人の匂いが私の体を満たします。


「すぅー……ああ、いい匂い……♪ これだけで1週間は何も食べなくてもいいくらい、直にお兄様を摂取できます♪」


 隣で吸うのとは比べ物にならない、純粋な匂い。

 よく世の中には「依存症になる薬物がある」と言われますが、もしも私がそれとお兄様のシャツを並べられれば、間違いなく後者に飛びつきます。

 お兄様よりも私を虜にするものが、この世にあるでしょうか。


「後はこれと、これも部屋に持って帰って、ここに私の――」


 靴下やパンツ、部屋に持って帰るためのお兄様の小物を集めたり、部屋に私が常用している香水を振りまいたりしているうち、コツコツと音が聞こえて来ました。

 この足音は間違いありません、お兄様です。

 部屋に入ってくる前に、収穫物をスカートの中に隠しておかないと。


「ただいま、ルナ」


 なんとか私物を押し込むのと同時に、お兄様が部屋に入ってきました。


「おかえりなさい、お兄様! お仕事は無事に終わりましたか?」

「おかげさまで。ルナがちゃんとお留守番をしてくれてたおかげだな」

「うふふ、お兄様が望むのなら、私はどんなことだってしてみせます。料理に家事にマッサージ、お風呂でお背中を流すのも、ベッドを温めるのも……」

「はいはい。気持ちだけは受け取っとくよ」


 お兄様に褒められるのは好きですが、こうしてはぐらかされるのは嫌いです。

 私の気持ちに気付いていても、いなくても、受け入れてほしいのですから。


「わ、私は本気です! お兄様のためなら、なんだって――」

「なんだって、なんて簡単に言うもんじゃないさ」


 思わずちょっぴりわがままを言ってしまった私の肩に、お兄様が手を乗せました。


「今言おうとした言葉は、いつか俺が、ルナに大事な頼みごとをする時に取っておいてくれ。その時には、自慢の妹を頼らせてほしいな」


 途端に、私の耳が焼けるように熱くなりました。

 一言の間に詰められたお兄様の、言葉の意味を理解してしまったからです。


「お兄様、それってつまり……」


 私が問いかけるよりも先に、お兄様は手を離しました。


「今日は助かったよ、ルナ。また明日」

「……はい、また明日起こしに来ますね、お兄様」

「起こすのはいいけど、馬乗りだけは勘弁してくれ。じゃあ、おやすみ」


 笑顔のお兄様に手を振って、私は扉を閉め、廊下を歩いてゆきます。

 同じ階にある私の部屋に入り、天蓋付きのベッドにごろりと寝転がると、さっきの会話が頭の中を駆け巡りました。


『いつか俺が、ルナに大事な頼みごとをする時に取っておいてくれ』


 私に大事な頼みごとをする。

 きっとお兄様が言うくらいなのだから、人生を左右するようなお願いでしょう。

 そんなお願いなんて、私にはひとつしか思い当たりません。


「――お兄様、お兄様ぁ! その発言はもうほとんどプロポーズですよぉ~っ!」


 間違いなく――お兄様は私と結婚したいと思っているんです!

 そうじゃなきゃ、あんな大胆なセリフを言えるわけがありません!


「やっぱりお兄様は、他の男とは違う! 私を守ってくれて、私を信頼してくれて、私だけを愛してくれる、世界で一番素敵なお兄様……♪」


 ベッドの上でゴロゴロと転がってはしゃぎ回るのも仕方ないでしょう。

 ずっと愛情を注いできた人との将来が、これから確定しようとしているのですから。

 正直に言うと、これまで私がお兄様に向けていた感情は愛なのか、敬意なのか、私にも分からないままでした。

 家族としての親愛を勘違いしているのかもと疑いました。

 でも、私を守ってくれたあの時、確信したんです。

 私がお兄様にずっと抱いていた想いは、まぎれもなく愛情なんだって!


「……でも、また明後日には縁談があるのですね」


 せっかくお兄様への熱い想いで心を焦がしても、現実が私を冷まします。

 お父様は「ルナのためだ」と言って、どこかの誰かとの縁談を持ちかけてくるんです。

 前々回はなんちゃら侯爵の次男、前回はほにゃらら辺境伯の甥っ子、明後日は……もう、どこの誰かなんて最初から興味もありません。


「私の心も体も、お兄様のものだけなのに! 他のどんな男との縁談があったって、絶対に首を縦に振らないと、まだ理解してくれないのですか!」


 頬を膨らませる私の頭に思い浮かぶのは、有象無象の男達の、空っぽな愛の言葉。


『ルナ・オーンスタイン! 僕は心の底から、君を愛して……』

『お断りします』


 山ほどの花束を持ってきた男に背を向け。


『君と私とは10ほど歳の差があるが、きっと幸せに……』

『お帰りください』


 愛の言葉をささやいてきた男を使用人に追い出させて。


『どうしてあんな兄に執着するんだい? 君の方がずっと才能に溢れていて……』

『お前っ! ごときがっ! お兄様をっ、侮辱っ、するなっ!』


 お兄様をバカにした男を、メイドが止めるまで馬乗りになって殴り倒した。

 それでもまだ、求婚は絶えない。

 ちっとも諦めてくれないお父様も含めて、お兄様以外の世の男どもが、ますますバカに思えて仕方ありません。

 何かいいアイデアがあれば、皆も私とお兄様の仲を認めてくれるに違いないのに。


「どうすれば、お兄様との仲を認めてもらえるのでしょうか……そうだ!」


 ドラゴンの抱き枕を引き寄せて思案に耽る私の中に、ふと、ある計画が浮かびました。


「『魔法士』――『1級魔法士』になればいいんです!」

 魔力に精通し、魔法に熟達した『魔』のプロフェッショナル、魔法士。

 帝国でも重宝される魔法士は、その上位である1級にもなれば、働かずとも帝都に呼ばれるだけで大金がもらえます。

 お兄様を私のヒモにして、豪華な生活を送らせれば、私から離れられなくなるはず。

 地位と名誉があれば、お父様も私に逆らえなくなるはずです。


「待っててくださいね、お兄様! ルナ・オーンスタインはお兄様と結ばれるためなら、やってみせます♪」


 そうと決まれば、『善は急げ』。

 お兄様と似ている、と言われた考えに従い、私はベッドから跳ね上がりました。

 明日――さっそく、街の『魔法総合案内所』に向かいましょう♪

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