チート魔法で無双します

「――ここだな、噂のゴーレムのは」


 メイド達の噂話を聞いた日の夜、俺は屋敷を抜け出して、オーンスタイン伯爵領地のロッホ湖周辺の岩場に来ていた。

 月明かり以外に照らすものが何もない湖は、鳥のさえずりどころか波音も聞こえない。

 確かに、どこからモンスターが出てきてもおかしくないほど不気味だ。


 ちなみに今、俺の部屋のベッドにはルナがいる。

 外に出ている間のアリバイ作りをダメもとで頼み込んでみたら、「お兄様の部屋で見張っておく」と快諾してくれた。

 どんな手段を使うかはさっぱりだけど、ルナに任せておけば問題ない。

 本当に、くどいけど俺にはもったいないくらいできた妹だよ。


 さて、俺も本題に入るとするか。


(『エヴィルゴーレム』……6段階あるモンスターの強さを示す等級の中で、ランクは下から3番目の『危険級』。ちょうど真ん中あたりだけど、村を潰す脅威としては十分だ)


 この世界のモンスターには、危険性や凶暴性で等級が割り振られる。

 上から高い順に『神話』『災厄』『災害』『危険』『準危険』『安全』で、人間に危害を及ぼすのは『危険級』からが一般的。

 ただ、いくら危ないといっても鍛えられた騎士が負けるほどじゃない。


(騎士がやられたって話してたし、おかしな事情があるのかもな……おっと)


 その理由を考えながら岩場の奥まで進んでいると、不意に目の前の岩が動いた。

 めきめき、と音を立てながらそれは――いや、それは立ち上がる。

 黒い影が連なってゆくさまを見て、俺の謎は解けた。


「……なるほど、ゴーレムが群れを作ってたのか。『危険級』のモンスター程度に、鍛えられた騎士が敗走するのも、これなら納得だ」


 果たして、岩場だと思っていたのはすべて、ゴーレムの群れだった。

 赤黒い岩を組み合わせて人形を作ったようなモンスター、エヴィルゴーレムが少なくとも10匹、俺の前でうなり声を上げていた。


『グオオオオオ!』

『『オオォッ!』』


 しかも1匹の怒声に応じて、群れが一斉に襲いかかってきたんだ。


「いきなり攻撃か、随分と荒っぽい歓迎だ!」


 エヴィルゴーレムとの遭遇は、『ソーサラー・アウェイク』で何度も経験してる。

 初めて挑んだ時は防御力が高すぎて、1回ゲームオーバーしたんだよな。

 しかも俺のガバでアイテムを全ロストするという、最悪のおまけつきで。

 ……なんだか、無性に腹が立ってきた。


「あの時のうっぷん、ここで晴らさせてもらうぞ!」


 理不尽だろうが何だろうが、徹底的にぶっ潰させてもらう。


 まずは、魔王の力から試すか。

 右手を突き出し、人差し指と中指を敵に向ける。


「『螺旋を描く斬撃スパイラルエッジ』」


 そして魔法名を唱えると、鋼色の魔力が渦を描き、俺とエヴィルゴーレムの間に壁を作った。

 もちろん、モンスターはそんなものを気にせずにパンチを繰り出してくる。


『ゴギャギャギャ!?』


 渦に当たったエヴィルゴーレムの腕が、ミキサーに突っ込んだように切り刻まれた。

 勢いを殺せないまま、腕どころか、モンスターは全身を渦に突っ込んでサイコロステーキよりも悲惨な末路を辿る。


「あらゆる攻撃をミンチにする、魔王流のカウンターだ。お前らみたいに殴るしか能のない奴らには、効果てきめんだろ?」


 一応説明してやったが、エヴィルゴーレムは聞く耳を持たない……耳ってどこだ?


『ギゴ、ゴギ!』

『ガガアアアア!』


 わざわざ警告しても、パンチとタックルを繰り出すモンスター達。

 言うまでもなく、結果は渦に呑まれて小石の塊になるだけだ。


「そっちのスペックは大体分かった。じゃあ、今度はこっちの番だ」


 エヴィルゴーレム程度じゃあ俺に傷一つ付けられないと分かったし、今度は俺の攻撃がどこまで通用するかを試す番だ。

 ぽきり、と指の関節を鳴らして、モンスターの大ぶりな攻撃をかわす。


「『覇王武術』――『金剛こんごう穿うがち』!」


 がら空きの腹部めがけて、覇王の紫色の魔力で強化した突きを叩き込む。


『グギ、ガ……!』


 すると、プリンに指で穴を開けるよりも簡単に、エヴィルゴーレムの体に風穴が開いた。

 岩の体のどこに心臓があるのかはともかく、たった一撃でモンスターは力なく倒れ込んで、ぴくりとも動かなくなる。


「覇王の魔力を一点に集中させた、ただの突き……といっても、あらゆる壁と盾を貫く、防御不可の突きだ」


 仲間の無惨な死にざまを見て流石に動揺したらしいが、もう逃げるには手遅れだな。

 もう一度関節をぱき、ぽき、と鳴らして、俺はモンスターの群れに突っ込んだ。


(自分で使っておいてなんだが、これでも包帯を外してないから、3割も力を出してない。今更だけど、ラスボスと隠しボスってめちゃくちゃ強いな!)


 当たり前だって言われようが、ゲームで見るだけと実際に体験するのとじゃ、実感が違う。

 特にこうして、モンスターを片っ端からぶっ倒してればなおさらだ。


「さて、実力は把握できたし、これ以上ダラダラと戦ってやる理由もないな!」


 このままエヴィルゴーレムをボコボコにしてもいいが、それじゃあつまらない。

 せっかくだし、ワンランク上の強力な魔法を試しておこう。


「言っとくが、今から放つ魔法は包帯をほどかずに使えるギリギリの威力だ! ここで逃げるなら見逃してやるが――」

『『オオオオォォッ!』』


 最後の忠告を無視して、エヴィルゴーレムの残党が突撃を仕掛けてくる。

 こうなるってのは予想してたし、だから両手にはもう、真紅の魔力をたたえてるんだけどさ。


「――ま、モンスターが忠告なんて聞くはずないか」


 両手をぱん、と合わせると、凄まじい熱を持った魔力があふれ出した。


「魔王流禁断魔法きんだんまほう――『蛇行する焔竜サラマンドラウェイブ』」


 魔法そのものを呼び出すように名前を呼ぶと、真っ赤な魔力はたちまち巨大なドラゴンの形になり、地面を這ってエヴィルゴーレムを丸呑みにした。

 言っておくが、魔王が使う火の魔力は炎を越えた、溶岩の体現だ。

 エヴィルゴーレムくらいのモンスターなら、触れただけでドロドロに溶けるだろうよ。


「驚いたか? まさか剣もへし折るエヴィルゴーレムの体が溶かされるなんて、想像もしてなかっただろ?」


 返事の代わりに聞こえてくるのは、夜闇を照らす溶岩に消えてゆく怪物の悲鳴。


『アガ、ガ、ガガガ……!』

『ゴオォ……オォ……』


 とうとう某映画のクライマックスのように、指を立てたエヴィルゴーレムの腕がけていくのを見てから、俺は手を軽く叩いた。

 溶岩の竜が黒く染まり、たちまち新しい岩場となる。


「人様の土地にまでのさばって暴れたお仕置きだ。擬態なんて言わずに、永遠に岩にでもなってろ」


 これで、近くの村がモンスターに悩まされることはないだろう。


(……ここまで魔法を使いこなせるのは、はっきり言って想定外だ。というか――)


 くるりと岩場に背を向けて歩き去る俺の胸から湧き上がるのは、クールな感情じゃない。


「――超サイコーだーっ!」


 思わずガッツポーズをとって叫んでしまうほどの、ホットな喜びだ。

 リオンのキャラクター性を守るために、俺は冷めた口ぶりや態度を意識してた。

 けど、自分で言うのもなんだが、本当の俺はどちらかといえば正義感が強く、喜びを表面にバンバン出していきたい方なんだよ。

 少なくとも、チート級の力を手に入れて喜びを覚えないわけがない。


「ラスボスの力と、隠しボスの力! このふたつで……」


 色々と回り道はしてしまったけど、改めて俺のやりたいことは決まった。

 そうだ――主人公のように、オープンワールドをエンジョイするんだ。


「ゲームの世界を思う存分楽しむぞーっ!」


 星を見つめて、俺はにっと笑った。


 夜空に向かって伸ばした拳が、今だけは月にまで届きそうな気がした。

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