妹と一緒に過ごします

 俺が医務室を破壊して、1週間が経った。

 あの後、俺の体を医師や魔法の専門家(魔法を使うのではなく、魔力を調べるプロがいるらしい)が何度か調べたけど、結局謎は解けなかった。

 そりゃそうだ。

 まさか世界を破壊する化け物が俺の中にいるなんて、想像もつかないさ。

 しかも、父上が国外から取り寄せてくれるアイテム――左目から漏れ出す魔力を制御する力があるらしい眼帯は、到着までにひと月かかるらしい。

 待っている間、俺はしばらく片目を包帯で覆う、負傷者スタイルというわけだな。

 ただ、眼帯が到着するまで、俺は怪我人らしく過ごしてなんていない。


「――では父上、ここからここまでの本をお借りします」


 今もこうして、父から山ほどの本を借りてバルコニーで読み漁ってるしな。


「国や魔法の歴史書ばかり……どうしたんだ、急に」

「前々から興味があったんです」

「うむ、好奇心を抱くのはいいことだ。好きなだけ読むといい」


 どこか嬉しそうな父がバルコニーから出ていくのを眺めつつ、俺は視線を本に戻した。


 俺がやるべきこと、その①。

 ラスボスの『魔王』、隠しボスの『覇王』についての情報を集めること。

 なんせこいつらについての情報は、ゲーム内でもほとんど開示されない。

 だから、俺が父上の書斎しょさいから本を借りたり、使用人に古本屋で『闇の魔法に関する資料』を集めてきてもらったりするのも、当然と言えば当然だった。

 結果、集まった情報は以下の通り。


 ●魔王

 ・魔王は2000年前にモンスターを生み出した祖たる生命体。

 ・神のように崇め奉られ、何度か人類を破滅の危機に追いやった。

 ・オーンスタイン家の先祖によって、血筋そのものに封印された。

 ・あらゆる魔法を使いこなし、魔法を生み出す能力を持つ。


 ●覇王

 ・封印された魔王に代わり、世界を陰から支配しようと暗躍していた邪悪の化身。

 ・人の身でありながら邪悪な魔法や契約に手を染め、人知超越の存在と化した。

 ・魔法だけでなく武術にも優れており、あらゆる攻撃を弾く肉体を持つ。

 ・とある勇者の末裔まつえいに倒され、特別な封印を施した箱に閉じ込められる。

 ・今はどこかの屋敷に隠されている。


 ほとんど知ってるような内容だけど、ここまで集められただけでもまだましだ。

 もちろん、俺ひとりが情報収集しただけじゃあ、この10分の1すら集まらなかっただろうな。

 色々と古い文献を集めてくれたメイド達には、感謝してもしきれない。


「――お兄様、紅茶をどうぞ」


 特に、ルナには本当に助けられた。

 本を読んでいる時に彼女がれた紅茶が本当に美味しくて、それを伝えると、こうして毎日お菓子と一緒に用意してくれるんだ。

 メイドどころか、喫茶店のマスターでもここまで上手じゃないだろう。


「ありがとう、ルナ。よかったら、一緒にどうだ?」

「はい、では失礼して……」


 ルナが隣に座り、俺はいったん本を置いて紅茶を楽しむ。

 こんな妹が前世に居たら、俺の人生も薔薇色ばらいろだったかもしれないな。


「お兄様、お砂糖を入れますね」

「頼むよ」

「お兄様、ミルクを入れますね」

「助かる」

 声も見た目も愛らしくて、気遣いも完璧で、幼いながら自分の意志を強く持ってる。


「お兄様、ちゅー……」

「それはいい」

「んむーっ」


 隙あらば過激なスキンシップをこころみる点を除けば、ルナは本当に素敵な妹だよ。

 先日の地下での一件以降、ルナから俺への接し方というか、距離感がかなりバグっている。

 医務室でいきなりキスを迫られた時はかなり焦ったが、慣れてみれば、もうすっかり日常の一部みたいなものだ。


「ファーストキスは大事な人に取っておけと、前にも言ったろ?」


 唇を突き出して寄ってくるルナの口をつまむと、本物のたこのように頬を膨らませる。


「わ、わひゃひ初めてはひへへお兄様ほひーひゃまに……」

「はいはい、もっと大きくなってからな」

「むーっ」


 じたばたと子供っぽい態度をとるルナを見て、俺はくすりと笑った。


 ん、人を子ども扱いしてるけど、俺の恋愛変遷はどうなんだって?

 ルナを子供呼ばわりするほどの恋愛経験はあるのかって?


 ……さて、俺がこっちでやるべきことその②について、話すとしようか。

 それは――ラスボスと隠しボスの力を操ることだ。


 幸か不幸か、左目を隠したままでも、魔王と覇王の力は使えた。

 しかも包帯で封印した左目の魔力は、意識して少しずつ放出すれば、魔法として十分な能力を発揮してくれるとも分かった。

 そこで俺は、ちょっとずつ包帯をめくり、魔力を制御するようにしたんだ。


「ルナ、これから魔力をコントロールして魔法を使う。集中力を高めたいから、俺が魔法を使い出したらとにかく邪魔してくれ」

「はい、お兄様!」


 訓練の内容は簡単で、ルナの妨害を無視して魔法を使うというもの。

 これまた幸いにも、あらゆる魔法に精通した魔王の力のおかげか、特に参考書を読み漁ったり、勉強をしたりといった手間なく、ほとんどの魔法が理解できた。

 だから、魔力をコントロールしてイメージすれば、魔法は簡単に使える。


(今日使うのは、水属性の魔法……目の奥から、魔力を放つ……)


 左目の包帯をわずかにめくって視界を広げると、全身に力がみなぎる。

 突き出した手のひらの内側に、ゴボゴボと水の球が生成されてゆく。


「お兄様、魔力がちょっぴり漏れてますよ?」


 そばでルナが声をかけてくるが、これは俺を動揺させるハッタリだ。


「お兄様、デートに行きませんか? どこにでも一緒に行きますよ?」


 うん、魔法の発動は順調だ。気分もいいし、いつもより強力な魔法が使えるかも――。


「――今日の私の下着の色、なんだと思いますか?」

「え?」

「黒です♪」

「はぁ!?」


 一瞬――ほんの一瞬だけ集中力ががれた途端、魔力が目の内側から溢れ出す。

 まずい、このままだとまた暴走しかねない。


「わわ、ちょちょ、うおっと!」


 慌てて包帯を巻き直した俺の前で、ルナがくすくすと笑った。


「簡単に動揺するなんて、お兄様はとっても可愛いですね♪」

「は、反則だぞ!」

「あ、ちなみに色は本当に黒です……それに、ちょっとだけセクシーなんです。お兄様なら、確かめてもいいですよ?」


 なんだかなまめかしい視線をぶつけられて、俺は慌てて目を逸らした。

 他の人にはとことん塩対応のくせに、なんで俺にだけここまで積極的なんだ?

 いや、理由は分かってる。

 年相応のからかい、それ以上でも以下でもないさ。


「ったく! 次はそういうのはナシだ、別のやり方で邪魔してくれ!」

「だったら……お兄様、私の胸――」

「言わせないぞ!?」


 ……まあ、とにもかくにも、俺のボスパワー制御訓練は続けられた。

 不思議なことに魔力の制御が恐ろしいほど上達したのは、ルナに言うと調子に乗りそうだから言わなかった。




 ――そうこうしているうちに、あっという間に6日が経った。

 廊下を歩く俺の包帯姿とも、明日でお別れだ。


 実を言うと、今の時点でもかなり俺に秘められた力を操れるようになっていた。

 といっても、魔王も覇王もいないこの国は平和そのもので、スローライフ小説の世界ですって言われても納得できるくらいだ。

 どこかに偶然、たまたま悪さをする怪物でもいてくれれば――。


「ねえ、聞いた? 領地のロッホ湖にあの『エヴィルゴーレム』が出たって!」

「夜ごとに暴れ出して、帝都出身の騎士もやられたとか……」

「ウソでしょ、『危険級』のモンスターよね? あんな怪物が暴れたら、近くの村なんかひとたまりもないわよ!」


 ……少し離れたところで休憩するメイド達の会話が、ちょうどいいきっかけだった。

 どうやら俺の力を試すちょうどいい、がいるらしい。

 渡りに船とは、まさにこのことだな。


(よし、試し切りの相手は決まったな)


 俺は今晩、少しの間だけ屋敷を抜け出そうと決めた。

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