魔王+覇王=俺みたいです

「「わああああぁーッ!?」」


 メイドや使用人、医師が叫んで俺から距離を取るのも当然だ。

 なんせ今、俺が無自覚に発動している魔法は、『ソーサラー・アウェイク』の中でもラスボスと隠しボスにしか使えない、最凶最悪の魔法なんだから。


(これはラスボスが使う魔法……強大な魔力の渦で触れたものを破壊する『虚無の渦ヴォイド・リヴァース』!)


 右腕を中心に渦巻く黒い魔力の渦は、周囲の物体を削り取り、永遠の闇に消し去る。

 使用人達どころか、咄嗟に母上がルナの手を引いて俺から引き離さないと、危うく魔王の奥義で妹を手にかけるところだった。


(こっちは隠しボスが2回目に変身した時に放った魔法、『破滅に到る霹靂へきれき』! 紫色の雷で肉体と精神の両方を焼き尽くす、覇王の技でもトップレベルにヤバい魔法だ!)


 一方で俺の左腕を含めた全身から放たれているのは、轟音を響かせる紫電しでん

 近づけば危険とかじゃなくて、放置していれば発動範囲を広め、いずれ屋敷程度なら数秒で黒い炭に変えてしまえる覇王の必殺技だ。


 どうしてそんなに、この魔法を知ってるのかって?

 ふたつとも、俺を最低3回はゲームオーバーにした技だからだよ、ちくしょう!


「お兄様!」

「ルナ様、近づいてはいけません!」


 ありがたい。

 俺のところに来ようとするルナは、今だけは抑えておいてくれ。


 とにもかくにも、このまま放っておけば、オーンスタイン家が壊滅する。

 そうなる前に、俺の魔力が暴走してる理由を見つけないと。


(俺が目を覚まして間もない頃は、何も起きなかった! もしも魔王や覇王の魔力に意志があって、俺を乗っ取るのなら、一番油断している時を狙うはずだ!)


 ラスボス達にもう自我がないと仮定したなら、何か魔法発動の条件があるに違いない。


(目覚めて間もない時の俺と、今の俺の違いはなんだ!? 俺がやったことは、確か……)


 凄まじい破壊が、医務室を粉々に破壊してゆく。

 もうじき部屋どころか、この魔法は人を殺す。

 くそ、こうなると分かっていたなら、包帯なんて外さなければ――。




(――?)


 テスラコイルの如く放電ほうでんする中、俺は気づいた。

 魔法が暴走したのは、医師の指示で包帯を外して、異形の目を見せてからだ。

 つまり――目を外にさらすのが魔法の暴走の条件に違いない!


「……やるしかない、南無三なむさん!」


 ええい、考えてる余裕はない!

 まずはぱちくり、はい魔法は消えない!

 目を閉じても魔法は消えないと瞬時に判断した俺は、まだ紫電に焼き切られていない包帯を掴むと、左目を隠すように巻き付けたんだ!


しずまれ、俺の左目! 頼む、鎮まってくれ……!」


 さらにその上から手を乗せて、必死に力を込める。

 まさかこんな年にもなって、中二病丸出しのセリフを言うとは思わなかった。

 でも、どうにかしてでも目の力を抑えないと、ここにいる全員が死ぬ――リオン・オーンスタインを愛してくれている人を死なせてしまう。


「鎮まれ、鎮まれ……鎮まれよ、この野郎!」


 それだけは嫌だ、絶対に嫌だ!


「俺は『ソーサラー・アウェイク』をクリアした! ラスボスも隠しボスも、どっちもゲームで倒した! モンスターは全種類倒して、アイテム図鑑はコンプリートした! トロコンだってやってみせた! その俺が……」


 魔法がかき鳴らす音に負けないように叫ぶ。


「俺が、こんなところで……負けるわけ、ないだろうがあああッ!」


 ありったけの声で叫び、俺はぐっと目を覆う手に力を入れた。


 すると――変化が起きた。


 医務室を完全に破壊しかけていた魔法のエネルギーが、急速に弱まったんだ。

 何百もの雷鳴に似た音を轟かせる紫電は、たちまちパリパリと静電気のような規模に収まり、黒い渦は手のひらに収まる程度のサイズにまで縮まる。

 そして、まばたきの間にふっと消え去った。


 残ったのは破壊された医務室と、呆然と立ち尽くすオーンスタイン家の人々。

 ついでに、左目を抑えたままの俺だ。


「……ふう……」


 まだ左目から手を離せないまま、俺は半壊したベッドに仰向けに寝転がった。

 間違いない。

 あの時覇王は、俺の中に力だけを残していった。

 しかもそれが、魔王の力を引き出すきっかけにもなってしまった。


 つまり――俺はラスボスと隠しボス、両方のパワーを手に入れてしまったんだ。


(……こんな怪物を見て、家族がなんて言うか……)


 とんでもない魔法を披露した俺に対して、家族はどんなリアクションをするかな。

 怯えてるか、恐れてるか。

 あるいはすぐにでも追放を言い渡されるか――。


「あなた、これはまさか、リオンちゃんの魔力が覚醒したのかしら!?」

「間違いない、闇魔法の家系では時折、とてつもない魔力と魔法を持ち合わせる者が現れるという……おそらく、それがリオンなのだろう」

「まあ! とても素晴らしいわ、今日はお祝いをしなくちゃ!」

「うむ、私も鼻が高いぞ」

「なんじゃそりゃ」


 俺は危うく、ひっくり返って包帯を離しそうになった。

 おいおい、医務室が吹っ飛んでるのに、魔法に感心してていいのか。


「すごいですね、リオン様の魔法!」

「ちょっと怖いけど……あれだけの力が使えるなんて、素敵ですよね……!」


 しかも両親だけじゃなく、メイド達までなんだか楽しそうに話す始末だ。

 何というか、呑気だな。

 でも、そういうところが、俺がオーンスタイン家を好きな理由なんだろうなとも思う。

 だから、本当にこの力で誰かを傷つけずに済んだのには、安堵してる。

 大きく息を吐いていると、ルナが顔を覗き込ませてきた。


「お、お兄様……」

「……ルナ」


 体を震わせてるルナの反応が、本来は普通だ。

 信頼を寄せる兄がいきなり危険極まりない魔法を使って、ともすれば自分を殺しそうになったんだから、怖がるのが当たり前なんだ。

 一度こうなったなら、関係の修復なんてのは難しいだろうな。

 だとしても、今は怯えさせたのを謝らないと。


「すまなかったな、ルナ。怖がらせて――」


「最高に素敵です、お兄様ぁーっ!」

「うぼぁっ!?」


 体を起こして謝ろうとした時、ルナはぱっと顔を上げて、またも俺に抱き着いてきた。

 しかもその表情は恐れとか悲しみとかじゃない、心の底からの尊敬に満ちてる。


「あんなにすごい闇魔法、初めて見ました! お兄様、今まで力を隠していたのですね!」

「そ、そういうわけじゃ……」

「今まで一度も使わなかったなんて、お兄様ほど謙虚な人はいません! 私、私……お兄様のような素敵な人の妹に生まれて、幸せですーっ!」

「分かった、分かったから! ちょっと離れてくれると嬉しいなぁ!」


 俺の胸元に頬ずりまでしてくる彼女の愛らしさは、ゲームプレイヤーとしてはありがたいんだけど、いざ兄の立場になると何かと困るものだ。

 というか、こんなに柔らかい女の子に密着されて困らないやつはいないだろう。


(……ま、怖がられるよりはましか)


 ルナの兄に対する敬意が大袈裟でも、嫌われてないのにはちょっぴり安心したよ。

 俺はとりあえずルナの頭を撫でつつ、こんなやり取りを「仲むつまじい兄妹だ」くらいにしか見ていない家族や使用人達の視線を浴びながら、小さく笑った。




 ――さて、とりあえず俺がこの世界でやるべきことは決まった。


(ゲームの世界を心ゆくまで楽しむつもりだったけど、ちょっと予定変更だな)


 主人公に会うとか、世界中を旅するとかは、いったん後回しだ。


(まずは――ふたつのボスの力を学んで、使いこなす!)


 それがラスボスと隠しボス、ふたつの力を得た俺の義務であり、権利だ。

 そして、異世界を最高にエンジョイするためのな!

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