秘めた力が覚醒します

「……ん……」


 ――意識が戻ってきた時、最初に感じたのは温かさだった。

 次いで、明るい日差しがまぶたの隙間から差し込んでくる。

 地下にはないふたつに急かされるように、俺はゆっくりと目を開いた。


「あれ、俺……地下の、物置で……」


 なぜか狭く見える風景は、簡素かんそながら上質さを感じさせる天井。

 どうやら俺は、ベッドに寝かされてるみたいだ。


「お兄様!」


 俺のそばにいるのは、黒い瞳を潤ませる妹のルナ。


「……ルナ……」


 どうやら覇王の攻撃を受けずに済んだみたいだし、俺が生きているあたり、ラスボスも隠しボスも目覚めちゃいないらしい。

 布団の重みを感じながら、俺が妹の無事と世界の平和に安堵した時だった。


「――お兄様ぁーっ!」


 ルナが俺の胸元に飛び込んできた。


「ごふぁっ!?」


 いや、飛び込むというよりは、勢いだけならタックル同然だ。

 小柄な少女の一撃とは思えない衝撃で、俺の体が揺れ、胃の中のものが出そうになる。


「よかったです、お兄様! 私、私、もう目を覚まさないかと……!」


 激痛に悶える俺の胸に顔を埋めて、ルナは泣いていた。


「る、ルナ……ちょっと、離れてくれるか……?」

「嫌です、お兄様を離したくありません! 私のせいで、もうずっと、ずっと離れ離れになるのかと……お兄様は、世界で一番素敵な人なのに!」

「大袈裟だよ、ルナ……そんないい兄、ってわけでもないさ……」

「お兄様より素敵な人なんて、この世界にいません……っ!」


 ルナが俺を抱きしめる力が、少しだけ強くなる。

 ゲームの中じゃあ、俺はルナがどれほどリオンを想っているのかを知るよしはなかった。

 だけど、今は違う。

 彼女は兄をどこまでもしたっていて、同じくらい喪失を恐れている。

 なら、兄として何をしてやるべきかは分かってる。


「……兄が妹を放って、どこかに行くわけないだろ」


 鼻水まで垂らして泣くルナの頭を、俺は優しく撫でた。


「それに、ルナはただひとりの大事な妹だ。守るのが、兄の役目だよ」


 顔を上げたルナの黒玉ジェットのような瞳に、俺が映る。

 この世界に転生した理由はさっぱりだけど、ルナをこれ以上悲しませないようにするのは、リオンに生まれ変わった俺の義務だよな。


「リオン様、お目覚めになられましたか!」


 そんな風に考えていると、部屋の扉が勢いよく開いて、使用人達が俺達を見た。


「ダヴィッド伯爵とソフィア様を、医師を呼んできて! リオン様が目を覚ましたわ!」


 メイドがばたばたと慌てながら廊下を駆けてゆき、執事は俺の額や手首、頬をべたべたと触ってくる。

 思ったよりも愛されてるんだな、リオンって男は。


「聞いてもいいか? ここはどこだ?」

「屋敷の医務室でございます、リオン様」


 執事が嫌がるルナをどうにか引き離しながら答えてくれると、白衣を纏った医師が部屋に入ってきて、俺のそばまで椅子を持ってきて座り込んだ。


「かれこれ3日は眠っておられました。しかも、その……大変申し上げにくいのですが、リオン様の左目が、その……」

「左目が、どうしたんだ?」

「……ご自分の目で、お確かめください」


 言われてみれば、さっきからずっと左目に違和感がある。

 おかしな感覚の正体を知るために、俺は包帯を解き、医師が用意してくれた手鏡で自分の顔を見た。

 映ったのは、端正に整った顔立ちに残った、目を縦断じゅうだんする深い切り傷。


「これは……!?」


 そして――赤と青の瞳がひとつの眼窩がんかの中にある、異形の左目だった。

 しかも前髪には、同じく赤と青の髪が黒の中に混じっている。


「切り傷も、瞳の色もただの怪我ではございません。魔法的な負傷かと思い、その手の専門家にもお見せしましたが、原因は全く分からないとのことで……」


 しどろもどろになる医師を、俺は責めなかった。

 原因なら分かってる。

 間違いない、『覇王』の攻撃を受けたからだ。


(でも、覇王は俺に取り込まれる間際に、『魔王』が覚醒したって言ってた。それも、この目の模様に何か関係してるのか?)


 とはいえ、プロフェッショナルでも原因不明なら、今の俺には理解できるはずもない。

 ひとまず手鏡を置いて体を起こすと、ひげを蓄えた男性と、ふくよかな女性がどたどたと部屋に入ってきた。


「リオン!」

「ああ、リオンちゃん!」


 当然、俺はふたりが誰なのか知っている。

 鋭い目つきの男性はオーンスタイン家の当主で俺の父、ダヴィッド・オーンスタイン伯爵。

 ルナに似た目をして大粒の涙を零す女性は、俺の母親、ソフィア・オーンスタイン。


「父上、母上……」


 母と妹とは違い、父上は俺の前で腕を組み、深くため息をついた。


「ルナが言うには、鉄の箱から現れた妙なモンスターに襲われたと……しかも、お前の中に入っていったとも言っていたぞ。リオン、地下で何をしていたんだ?」

「ちょっと、探し物を……」

「探し物? 地下にはオーンスタイン家が保管している危険なアイテムがあるんだぞ。近づかないようにと、日ごろから口酸っぱく言っていただろう」

「…………」


 俺が返答に困っていると、ルナがきっと父上を睨んだ。


「お父様。厳しい言葉は、お兄様の傷にさわります」


 その言葉の鋭さたるや、まるで触れただけで指を裂くナイフのようだ。

 さっきから執事や他の使用人、医師への態度を見ていたけど、どうやらルナは兄であるリオン以外にはかなりの塩対応らしい。


「むっ……」


 14歳とは思えない眼光に気圧された父上の肩に、母上が手を置いた。


「ダヴィッド。今はこの子が生きていただけで、それだけで十分だわ!」

「……まあ、それもそうだな。深くは聞かん、とにかく無事で何よりだ」


 どうにか父親としての威厳を保つ隣で、母上が涙を拭いながら、俺に笑いかけてくれた。

 不器用ながら俺の身を案じてくれる父と、俺の代わりとばかりに涙を流して無事を喜んでくれる母親に、周りで胸を撫で下ろしてくれる使用人達。

 そして、俺にありったけの愛情をぶつけてくれる妹。


 こんなに素敵な人達を、リオンはストーリーで魔王復活の生贄にしてしまう。

 心配してくれる家族を利用してまで魔王を蘇らせようだなんて、リオン、お前は大したゲスの大悪党だよ。


 ――俺が生まれ変わったからには、そうはさせやしないさ、絶対にな。


「とりあえず、リオン様にはもうしばらく安静にしていただきましょう。様子を見て、問題なければ……おや?」


 俺が布団の中でぐっと拳を握った時、ふと、医師が俺をじっと見つめた。

 いいや、医師だけじゃなくて、部屋にいる全員が俺を見つめてる。


「リオン様、左目に……!」


 どういうわけだって問いかけるよりも、医師が俺の目を指さした。

 何が起きたかを確かめるべく、もう一度手鏡を掴んだ。

 鏡に映っているのは、相変わらず一つの眼窩にうごめく赤と青の目。


 ――そして、迸る紫の魔力だった。


「……俺の目から、魔力が……!?」


 驚きの声が喉から出るよりも早く、その力は部屋中に解き放たれた。


「な、なんだああああッ!?」


 あの時感じた――魔王と覇王の、規格外の魔力が!

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