隠しボスから妹を守ります

 首を傾げる妹を見て、俺は思わず気分が上がってしまった。

 ルナは、ゲームでは会話する回数もさほど多くないサブキャラクターだけど、ビジュアルでメインキャラクターを押しのけて人気投票に食い込むくらい可愛い。


 膝まで伸びた跳ねひとつない黒髪と、頭頂部から伸びる2本の毛。

 吸い込まれそうな黒い瞳に、病的なほど白い肌。

 フリルのついた、白いゴスロリ調のワンピースも雰囲気によく合ってる。

 パーティーメンバーには選ばれないというのに、立ち絵が何種類も用意されてる優遇にも納得できるくらいの美人だ。

 しかも、世間からは才女と評されてる、天から二物を与えられた子なんだよ。


「……どうしたのですか、お兄様? 私の顔に、何かついていますか?」


 そんな彼女に見惚みとれていたのか、俺はルナの声を聞いて反射的に答えた。


「いや、やっぱりかわいいと思ってさ」

「ふえぇっ!?」


 すると、ルナの頬がリンゴのように赤くなる。

 しまった、つい直球で感想を言ってしまった。

 いきなり可愛いなんて言って相手を喜ばせるのは、超イケメンの主人公か映画に出ずっぱりの俳優ぐらいだろうが。


「そそそ、それよりも、何をしているのですか!?」


 ぱたぱたと手で自分の頬の熱を冷ましながら、ルナが言った。

 何しても可愛い妹をもっと見ていたい気持ちもあるけど、今はもっと優先しないといけない事柄がある。


「あー……何でもないよ。ちょっと探し物をね」

「わざわざ地下で探し物なんて! お兄様、ここはお父様が常々つねづね入ってはいけないと言っていた場所です! もしもばれたら、お𠮟しかりを受けますよ!」


 そうか、道理で誰も地下の入り口辺りにいなかったんだ。

 だったらなおさら、ルナ以外の人が来る前にさっさと箱を処分しないといけないな。


『――来たな』


 なんて考えていると、箱の中からうめき声が聞こえた。


「……え?」

「お兄様、その箱の中から何か、声が……」


 俺とルナが顔を見合わせていると、箱がガタガタと揺れる。

 手に抱えていられないほど強く揺れ始めた箱が地面に落ち、留め具が次々と外れていく。

 しん、とほんのわずかな静寂ののち――。


『待っていたぞ、強い闇の魔力をオオォッ!』


 鉄の箱の蓋が破られ、中から白い物体が飛び出してきた。


「きゃああっ!?」


 しりもちをつく俺とルナの前に、叫び声と共に現れたのは異形の存在。

 一対の角に空虚な赤い瞳、地下の天井に届くほどの巨躯、頬まで裂けた口、総じて悪魔のような外見。

 ゲームのグラフィックで見た恐ろしい姿に比べたら、10分の1くらいのサイズしかないけど、間違いなく隠しボスの『覇王』だ。

 主人公のように俺が箱を開いたわけじゃないのに、覇王の方から出てきたんだ!


『ほう、余の口に合う魔力を有しているのは、そこの小娘の方か……』

「ひっ……!」


 覇王は俺じゃなく、びくりと震えたルナを睨んでいる。

 口に合うとかなんとか――まさか、ルナを狙ってるのか!?


忌々いまいましい長年の封印で、随分と魔力を減らしていてな……手始めに小娘の体を奪い、渇きを癒すとしようか!』

「い、いや……助けて……!」

『安心しろ、貴様の肉体はそのままに、魔力を注ぐだけだ! 自我と命を失った体は、余が再び世界を統べるために使ってやろう!』


 理屈はさっぱりだが、こいつはどうやら、ルナの体を奪うつもりだ。

 確かに設定上、ルナはリオンよりも優れた魔法の才覚の持ち主だ。


 彼女の体と魔力を操るだけじゃなく、覇王の力までも取り戻せるなら――こいつは間違いなく、隠しボスとして目覚めてしまう!

 それだけは絶対に、絶対に止めないといけない!

 ただのプレイヤーじゃない、ルナの兄のリオン・オーンスタインとして!


『その身を偉大なる覇王に捧げられること、光栄に思うがいいッ!』


 覇王が腕に赤色のオーラを纏わせて、ルナに向かって思い切り振り下ろした。

 恐らくこの一撃で、ルナの命を奪って魔力を注入するつもりだったんだろうな。


 どうしてそこまで分かるかって?


「――ぐおッ」


 ルナを突き飛ばして、俺が代わりに覇王の攻撃を受けたからだ。

 覇王の爪が俺の左目をかすめて、引き裂いた。


『なん、だ、と?』

「……お兄、様……?」


 ぎろりとこちらを睨む覇王の無機質な顔、そしてルナの驚いた顔が、俺の左目が捉えた最後の光景になった。

 でも、俺に目の喪失そうしつを悲しむほどの暇はなかった。


「が、ああ、ああああああッ!」


 焼けるような痛みが、目にはしったからだ。

 タンスに小指をぶつけたとか、自転車にかれただとかが俺の人生最大の痛みだったけど、この激痛は比べ物にならない。

 しかも抑えた眼窩がんかからこぼれてくるのは、真っ赤な血だけじゃない。


 俺の中に隠れていた青い何かが、液状になって溢れ出したんだ。


『よくも邪魔をしてくれたな、小僧。本当なら目どころかその頭を叩き潰してやるところだが、まずは小娘を……ん?』


 のたうち回る俺の異変を察したのか、覇王の動きが止まる。

 次の瞬間、覇王の体がぐにゃりと歪んだ。


『な、なんだ……余の魔力が、体が、吸い込まれて……!?』


 いや、違う。

 青い液体に触れた部位がどろどろに溶けて、引き裂かれた俺の目の中に取り込まれてるんだ。


「ぐあああああああッ!?」


 今度は目を失うよりも遥かに鋭い痛みが、俺の全身を貫いた。

 雷を落とされたかのような衝撃は、覇王の体がなくなって、俺の中に入り込んでいくたびに大きくなる。


『人間の小僧如きが、これほどの魔力を隠し持っていただと!? 余が取り込まれるなど、魔力に呑み込まれるなどありえん……!』


 覇王が何か喚いていても、もう聞いていられない。

 ちょっとでも痛みに耐えること以外に気をらせば、正気を失ってしまいそうだ。


『まさか、貴様……『魔王』の血族、その力が覚醒したのか!?』


 俺の中にいる魔王が、手助けでもしてくれたのか。

 ほんのわずかに意識が覇王に向いたころには、もう怪物の肉体は半身も残っていないし、ルナを襲うほどの力も残っていない。


『ふざけるな、余は魔王の後継者、天地を統べる古の覇王だぞ! こんなところで、うぐ、すべてを奪われるなど、ぐ、ぐぐ、魂が、体が……!』


 その半身すら、噴き出す赤い魔力と共にそこなわれてゆく。


『小僧オオォォッ! 余の力だけを奪うなど、決して許されると思うなよオオォ……ッ!』


 とうとう叫ぶ口すら失われた時、覇王の姿は青い液体とともに、俺の目の中に完全に取り込まれて消失してしまった。


「はぁ、はぁ、はぁ……!」


 もう、痛いのか苦しいのか、魔王と覇王がどうなったのかすら考える余裕もない。

 ただひとつ分かるのは――ルナをどうにか守れた、ってことだけだ。

 そんな安心感が頭を満たした瞬間、俺はゆっくりと意識を手放し始めた。


「お兄様、お兄様っ! 誰か、誰か来て!」


 彼女が必死に人を呼ぶ声を聞いているうち、俺は完全にブラックアウトした。


「死なないで、お兄様……私、まだお兄様に何も――……」

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