転生したらラスボスの悪役貴族だった俺は、隠しボスの力も手に入れて世界最強の魔法士になる

いちまる

ラスボスに転生したようです

「――リオン様?」


 メイドに声をかけられて、俺は我に返った。

 視界に広がるのは長い廊下と、中世の雰囲気をかもし出す外の景色。

 そして俺を不思議そうに見つめるメイドが何人か。

 どう見ても日本じゃない、ファンタジー世界そのものの空気を肌で感じながら、俺は自分の両手をじっと見つめる。

 白い肌と細い指は、俺が知る体の一部じゃない。

 なのに、意識は俺そのものだ。


「リオン様、どうかなさいましたか? ご気分が優れないようですが……」

「それに、何だかいつもと雰囲気が違うような……」

「あ、いや、なんでもないよ。気にしないでくれ」


 努めて笑顔でそう言うと、メイド達は心配げに離れてゆく。

 メイドの姿が見えなくなってから、俺は廊下の窓に映る俺自身を見た。

 高めの背丈に引き締まった体つき、黒いミディアムロングの髪に金色の瞳。

 赤いシャツを除き、ジャケット、ズボン、すべてが黒という中二病全開のファッション。


 間違いない、俺はこの男を知っている。

 彼はゲームのキャラクターのひとり――リオン・オーンスタインだ。


「いやいや、なんで俺はリオンになってるんだ?」


 意外にも平静な自分に内心驚きつつ、俺は何が起きたかを思い出す。


 最後に見た光景は、確かゲーム画面。

 俺が熱中していたゲームはもちろん、新発売の『ソーサラー・アウェイク』。

 魔法のプロフェッショナルを目指す主人公になって、イリアスティル永世帝国えいせいていこくの広大なフィールドを駆け回る、自由度とクオリティを両立した最高のゲームだ。

 もうひとつの現実みたいなゲームは、俺にとって唯一の楽しみだった。

 社畜として夜遅くまで働かされて、帰ってきてひたすらゲームを楽しみ、ほとんど寝ないまま出社する。


 そんな生活が、覚えている限り10日は続いていたはず。

 終盤はほとんど意識がもうろうとしたまま、見事『ソーサラー・アウェイク』の隠しボスを撃破して、トロフィーをコンプリートした。

 俺は喜びまくって、ガッツポーズをとって、心臓に違和感を覚えて――。


(……そのまま死んだのか)


 ゲームクリアと同時に、心臓発作で死んだんだ。

 我ながら、なんともみっともない死に方だな。

 しかも、ただゲームのキャラクターになっただけならまだいい。


(俺がラスボスになる男じゃなければ、転生したのも素直に喜べたんだけどな)


 そう。俺が転生したこの男は、最終的にラスボスになる悪役貴族だ。

 オーンスタイン伯爵家は闇属性の魔法の名門だけど、悪者どころか、かつて世界を統べようとしていた邪悪な『魔王』を討伐し、血筋そのものに封印した一族だ。

 要は魔王の力を受け継いで、代ごとに薄めていこうというわけだな。


 問題は、リオンの代に限って魔王の力が急に強まったこと。

 そしてこいつが野心に溢れる、危険な男だということ。


 リオンは2年前に自分の魔王の力に気付き、17歳になった今、あの手この手で主人公に取り入りながら魔王の封印の鍵を解こうとする。

 そして最終的には、復活した魔王となって主人公の前に立ちはだかる。

 その過程で人を騙し、陥れ、時には死に至らしめるんだからたちが悪い。

 表向きは好青年だった分、ゲス野郎の本性を現した時は、余計にプレイヤーのヘイトを買っていた。


 で、リオンに転生した俺が、同じように悪事を働くかって?

 答えはノーだ。


「……つまり、俺が何もしなければ、世界は平和なままというわけだな」


 せっかくゲームの世界に来たのに、自分でめちゃくちゃにするわけがないだろう。


「あんなに苦労したゲームを、まさか数分でクリアしてしまうとはなあ……」


 俺は意図せずして、ラスボスを倒してしまったわけだな。

 なんだったんだ、俺が心血を注いだ数日間は。

 散々レベルを上げて、魔法を取得して、アイテムをこれでもかと買い込んでやっと倒したラスボスだっていうのに。


 おまけにまでいるって聞いた時は、流石にちょっと休憩しようかと思ったな――。


「あ、そうだ」


 俺はふと、ゲームの隠し要素を思い出して手を叩いた。


「確かオーンスタイン家の屋敷って、地下に隠しボスが封印されてたな」


 大ボリュームがウリの『ソーサラー・アウェイク』は、ラスボスを倒した後も山ほどの隠し要素が用意されているのが特徴だ。

 特に『魔王』を上回る力を持つ隠しボス『覇王』は、ゲームを心から楽しんだ俺ですら「こいつだけは二度と戦いたくない」と思うほど強かった。

 硬いし、強いし、挙句の果てには体力が減ると変身して体力が全回復する。

 3回目の変身を見た時は、部屋で「ふざけんな」って叫んだのをよく覚えてるよ。


 しかもその覇王なんだが、実はオーンスタイン家の屋敷にいる。

 正確に言うと、屋敷の地下の物置に押し込められている鉄製の箱に、そうとは知られずに覇王が閉じ込められてるんだ。

 それを主人公が開けてしまい、再び世界の存亡をかけた戦いが始まる。


「…………」



 ――もしも場所を知っている人物が、箱を回収できたなら?

 ――表と裏のボス、両方とも蘇らないんじゃないのか?



「……誰かが見つける前に、どこかに埋めておくか」


 俺の脳は、驚くほどあっさりと結論を導き出した。

 ラスボスになる前の男が、隠しボスの封印されたアイテムを処分する。

 魔王と覇王、どちらも復活しなければイリアスティル永世帝国は無事平穏、ハッピーエンドに違いない。

 ここまでおぜん立てされたシチュエーションで、試さない手はない。


「そうと決まれば、善は急げだ」


 ひとり頷いて、俺は屋敷の地下へと向かうことにした。

 幸いにも目的地までのルートはしっかり覚えていたし、誰かに道筋を聞いて不思議に思われることも、迷うこともなく、俺は物々しい扉を開いて階段を下りてゆく。

 屋敷の地下はひどく薄暗くて、不気味な空気に満ちていた。


「……箱は一番奥のガラクタの中、だったな……」


 少ないあかりだけを頼りに、俺は階段を下りた先の廊下を歩く。

 とはいえ、屋敷の中だけにモンスターが出る心配はないし、地下のマップは単調だ。

 アイテムの取り忘れがないかと徹底的に探し回ったんだから、目をつむってたって、一度も壁にぶつからずに隠しボスの元までたどり着ける自信がある。

 おまけにマップ自体も広くないし、俺はあっという間に物置まで来た。

 まあ、物置といってもガラクタを山積みにしてるだけなんだけども。


「さてと、箱はっと……うん、あった」


 ガラクタをいくつかどかすと、にぶく光る鉄製の箱が現れた。

 サッカーボールくらいの大きさの箱は、留め具で何重も封が施されていて、大の男でも開けなさそうだ。

 でも、俺にとってはその方がありがたい。


「後はこれを、どこに隠すかだな」


 確かオーンスタイン家の領地の東端とうたんには、大きな湖があった。

 湖の真ん中まで船をいで、念のため重石おもしをつけて沈めてやれば、誰も見つけないはず。


「よし、人が来る前にさっさと覇王を処分するか」


 深い湖の底に隠しボスを投棄するべく、俺がさっさと物置を出ようとした時だった。




「――お兄様?」


 女の子の声が聞こえて、俺はびくりと跳ねあがった。

 メイドか誰かが来たのかと思って振り返ると、そこにいるのはがよく知る人物だった。


「……ルナ?」


 リオン・オーンスタインの妹――ルナ・オーンスタインだ。

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