第七話【宇宙】

「そういえばさっき星樹に戻るには四大精霊の力が必要って言ってたけどさ、あれはなんで?」


 借家でイルセラを待ち続けるリズが聞いた。

 窓の外を見ていたフェアリーは振り返る。


「下界へ落ちるのは簡単なのですが、星樹さまへ戻るとなるとそうはいきません。空を突破して宇宙まで飛ばなければいけないので」


「空を突破? 宇宙? なにそれ?」


「いま見えている空がありますよね? そのさらに奥に広がる空間を宇宙と言います」


「は!? な、なにそれ!? 空に奥なんてあったの!?」


「あります。そこが宇宙です。宇宙にはたくさんの星樹さまがいらっしゃり、たくさんの世界を育んでおられます。この世界もそのたくさんある世界の一つです」


「ぅ、嘘でしょ……」


 リズは立ち上がり、窓から空を見上げた。

 あの青空の向こうに宇宙という空間がある。

 そこにはたくさんの星樹が世界を育んでいる。


 信じ難い話だ。

 フェアリーの話はいちいち壮大である。

 どこまでが本当なのかは分からないが、とても嘘をついているようにも見えない。

 そもそもフェアリーは嘘をつくのが下手そうだ。


「この空の奥に……宇宙が……」


「そう。その宇宙で我々は日夜リーパーどもと戦っています」


「リーパーって?」


「奴らは星外生命体。星樹さまを食べようと狙う害虫です。奴らは常に星樹さまを狙っています。星樹さまを食べたリーパーは進化し、さらなるリーパーを生み出す母体グリムリーパーになるんです。我々フェアリーはそれを阻止すべくリーパーから星樹さまを守るために戦っています」


「へぇ……私達の空の上でそんな戦いが起こってるのね」


「そうです」


「……70万年間ずっと戦ってきたの? フェアリーは」


「そうですね。それが我々フェアリーの仕事ですから」


 凄いな……

 70万年間ずっと同じ仕事を続けられるなんて。

 そんな途方もない年数に比べ、たった数年で田舎暮らしにウンザリしてた自分がとんでもなく小さく見える。


「毎日戦ってるの? その、リーパーってのと」


「さすがに毎日ではありませんよ。リーパーの襲撃は毎回バラバラです。一年後だったり一ヶ月後だったり。あとその日に連続で襲撃がある場合もあります。単発の時も。……今回の襲撃は最悪でした。連続の連続で、奴らの数は圧倒的だったんです――――」



『リーパーの殲滅を確認。仲間の被害は?』


 フェアリーの隊長であるステラが仲間の一人に聞いた。

 

『我々の部隊は七人やられました』


 淡々と答える仲間にステラも『軽微だな。了解した』と慣れた口調で答える。

 ステラもフェアリーと同じ第一世代の妖精であり、共に70万年間に戦い続けてきた妖精だ。

 

 仲間の死に動じないのは途方もない時(とき)を戦ってきたことによる慣れである。

 おそらくフェアリー自身でもステラと同じような口調で答えただろう。


 実際、ステラの部隊は百のフェアリーがいる。

 その中でたった七人やられただけなら軽微も良いところなのだ。


『第二波が来るかもしれない。警戒を怠るな』


 ステラが仲間たちに命令し、仲間たちは『了解』と返した。

 フェアリーも同じく『了解』と返す。

 するとステラが隣にやって来て下界を見つめた。


『いつ見ても綺麗だな』


 ステラとフェアリーたちの真下に広がる青く美しい

 その真上には虹色の葉で覆われた星樹が虚空に根を張り、世界に生命エネルギーを送っては受け取り、巡る生命エネルギーを今日も巡回させている。


 もうすぐ星樹さまは生命エネルギーで満たされる。

 満たされた星樹は子種を宇宙へ飛ばす。

 星樹繁栄のために。


 だが今の星樹はリーパーにとっても最高のご馳走になる。

 この星樹さまが捕食された場合、いったい何体のリーパーが進化してしまうのか。

 何体のリーパーを生み出してしまうのか。

 考えただけでおぞましい。


『……フェアリー』


 不意に呼ばれ、フェアリーは自分の事かと戸惑いつつステラを見た。

 するとステラもこちらを見ていた。


『お前とは長い付き合いだな』


 ステラの発言に虚を突かれた。

 確かに70万年の付き合いだ。

 生まれた時も一緒だから長いのなんて当たり前である。  


『どうしたんですか急に?』


『第一世代はもう私とお前だけだ。お互い……よく生き残ってきたなと思ってな』


『運が良かっただけですよ。お互い』


 実際、本当に運が良かっただけだ。

 リーパーとの戦いは熾烈を極める。

 奴らの鎌と光線に当たればフェアリーとて軽傷では済まない。

 下手すれば即死だ。


 そんな即死級の攻撃が飛び交うのが宇宙での戦闘だ。

 自分に当たるはずだった攻撃が仲間に当たっただけのこと。

 助けてくれた仲間が次の瞬間に死んだりするなんてことはよくある。

 

 助けたかったが間に合わず、死なせてしまった仲間もたくさんいる。

 

 いったいどれほどのフェアリーがこの宇宙で散っていったのだろうか。

 減っては星樹さまが妖精を生み出して増やしてくれるが、そのたびに世代が増えていき、ステラの言ったように第一世代の数は減っていった。


 まだ海しかなかった頃の世界を知っているのは、第一世代のステラとフェアリーのみ。 

 

『こんな戦いを、いったいいつまで続ければいいのか……』


 妖精にあるまじき事を言ったステラにフェアリーは驚く。


『そんなの死ぬまでに決まってるじゃないですか。それが我々の仕事です』


『……お前は妖精の生き方に疑問を持ったことはないのか?』


『え?』


『人間を知ってしまった私には……自分がまともに思えない』


『なにを……』


 フェアリーが理解できずにいると、星樹さまから声が響いた。 


『第二波接近。リーパーの群れだ。みんな。迎撃してくれ』


 星樹さまからの指示にステラとフェアリーはすぐに【星剣】を召喚して臨戦態勢に切り替えた。

 部隊の仲間も【星剣】を召喚して陣形を整えた。


 すると間もなく深淵の奥から赤い光が無数に現れた。

 リーパーの眼の光だ。

 光の数だけリーパーがいる。

 パッと見ても軽く百は超えていた。


『来たぞ! 数が多い! 今度は本隊のようだ! 各自連携を怠るな! 我々が突破されれば星樹さまは丸裸になる!』


『了解! 守り切ってみせます!』


 ステラの言葉にフェアリーはそう答え、仲間と共に交戦を開始した。

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