第二話【空から何かが】
その後、リズはフランシアの迎えに保護され、ファレーズに連れ戻された。
フランシアのご厚意でファレーズの使われてない空き家を紹介してもらい、そこでしばらく暮らすことになった。
「リズさん。ここを好きに使っていいからね」
空き家の入り口でフランシアが言った。
涙目を擦り、真っ赤になった頬のリズはゆっくりとした動作で頭を下げる。
「ありがとう……ございます……」
あまりに弱々しい声。
フランシアはそんなリズを心配そうに見つめながら「それから、これ」と見覚えのある杖を差し出してきた。
それは銀の装飾が施された【ラッドの杖】だった。
「……っ! これ……は」
「あなたを保護した人が拾ってくれたの。あなたの手元に落ちてたらしくてね。それであなたの杖かもしれないって」
「ぁ、ありがとう、ございます! ほ、本当に……」
フランシアから杖を受け取ろうとした時、一瞬だけ杖を持つのを手が拒んだ。
いや、脳が拒絶したように感じた。
杖を持って魔法を使ったらディオンヌが消えた事実が、リズの脳から離れない。
ディオンヌを消滅させたのは自分かもしれないのだ。
それが事実だった場合……杖を持つのが怖い。
でもこれは……ラッドの杖だ。
大切な……親友の……
リズは震える手をなんとか押し殺して杖を受け取った。
するとフランシアが「しばらく休んでね。話は落ち着いたらでいいから」と扉を閉めた。
気を使わせて申し訳なかったが、今のリズには本当にありがたかった。
リズはラッドの杖を見つめ、ギュッと抱きしめた。
『好きな人の夢は応援したいだろ?』
ラッドの言葉を思い出し、また涙が出てきた。
「ラッド……」
リズは床に崩れ、現実味のない今の状況を疑った。
いや、疑わないと、今にも気が狂いそうだった。
ラッドが死んだなんて、思いたくない。
お母さんとお父さんも……
よりによって自分の魔法で死んでしまったなんて……
アタシのせいで……みんなが……死んじゃった……
これは夢だ。夢なんだ。
早く覚めてほしい。
お願い……
「ふぅぅ……うぅぅ、ぁあぁ……あああぁぁああ……」
また耐えきれなくなり泣いた。
ラッドの杖を抱きしめながら、嗚咽を吐き出し続ける。
すると突如として窓から強烈な光が射してきた。
それに照らされたリズは気づき、窓を見るが眩しくて目を閉じてしまう。
「な、なに? この光……」
しばらくすると収まったその光は空き家のすぐ側で消えた。
こんなに明るいのにそれを凌駕する光の強さ。
いったいなんなのか?
なんでもいい。
気を紛らわしたいリズはゆっくりと立ち上がって外に出た。
空き家は他の家とは隣接してない孤立したところに立っていて、周りには木がたくさんある。
あまり人目に付きにくい場所だが、リズにとってはどうでもいいし、むしろこの方が良いとさえ思った。
そのままリズは光の消えた空き家の裏側へと回り込むと、そこには見たこともない生き物が倒れていた。
黒と白の小さな生き物だ。リズの半分くらいしかない。
黒い顔と黒い四肢が真っ白なドレスから露出している。
それは全身から青い粒子が次々と溢れていっている。
「な……なに……これ……」
明らかに人間ではない。
でも、牛でもない。
なんの動物なんだろう?
リズは恐る恐る近づくと、その謎の生物がピクリと動いた。
リズは驚いて一歩退いた。
『く……リーパーめ…………』
しゃ、喋った!?
驚くリズは、その喋った謎の生物と目が合ってしまった。
「あ……」
『……? 私が、見えるんですか?』
「え?」
透き通るような女の子の声だった。
謎の生物は、よく見ればボロボロだった。
『やっぱり! 私が見えるんですね! 声も聞こえてるんですね!』
急に嬉しそうに声を上げだす謎の生物にリズは困惑した。
動物が喋ってる。
はは……やっぱり今は夢の中なんだ。
そう思い、リズは自分の頬をつねった。
普通に痛かった。
悪夢ではないらしい。
「夢じゃない……」
『あの! 助けてください!』
「え?」
謎の生物にいきなり助けを求められた。
『このままでは私は消えてしまいます!』
「は?」
『星樹さまと離れ過ぎて加護がないんです! 加護がないと私は下界では生きられないんです!』
下界? 星樹さま? 加護?
何を言ってるのか分からない。
分からないけど……なんかこの子の身体からずっと青い粒子が抜けて行ってるのは分かる。
少しずつ身体が半透明になっていっている。
素人目で見てもヤバそうなのは明白だった。
「……ど、どうすればいいの?」
『何かに憑依すれば消滅を防げます』
「何かって……なに? アタシ?」
『それはダメです。生きているものに憑依したら、その生き物は私になってしまいます。つまり死ぬんです』
死ぬ……コイツに憑依されたら死ぬんだ。
もしかしてコイツ死神なのかな?
みんなを殺したアタシを断罪するために……
「……いいよそれでも。アタシに憑依して」
『な!? 何を言ってるんですか!』
「アタシは生きてちゃいけないの……許されないことをしてしまったから……」
『出来ません! それだけは絶対に! 星樹さまの教えに反します!』
「いいってば……アタシなんか……」
『……! あなた杖を持ってますね! なら魔法を使えますか? ゴーレムを召喚してください! それに憑依します!』
ラッドの杖を指した謎の生物に、リズは顔をしかめる。
ゴーレム召喚なんて冗談じゃない。
魔法なんて使いたくない。
またディオンヌみたいなことになったらどうするんだ。
「無理! アタシに憑依してって!」
『バカ言わないでください! ゴーレムは中身のない魔道生命体です。憑依するのにこれほど適した器はないのです。さぁ、急いで!』
勘弁してよ……
こっちはもう杖を握るだけでもキツイのに……
魔法を唱えるなんて無理だ……
『どうしたんですか? 急いでください。私はもう、時間がありません……お願いです!』
「勘弁して……アタシ……魔法は……無理。怖いの。使えない」
『え!? 怖い? どうしてですか? ただのゴーレム召喚ですよ?』
「魔法はもう使いたくないの! お願いだからアタシの身体に憑依して。お願い……死んでもいいからアタシは!」
『なに言ってるんですか! 私にあなたを殺せと言うんですか!? できませんよそんなこと! 早くゴーレムを召喚してください! それだけで解決するんですよ!』
「そ、そんなこと言ったって……また村が消滅したりしたら……」
『あ、くっ! か、身体が……』
グズグズしているうちに謎の生物の身体が消えそうになっていた。光の粒子も出てくる量が減っており、半透明だった身体もさらに薄くなっている。
『もう……限界…………は、早く……ゴーレムを……』
「そんな……」
『お願い……です……助けて……まだ、死ぬわけには……』
「……っ! ぁあもう!」
リズはラッドの杖を取り出し構えた。
ゴーレムの召喚ならエクスプロードと違って攻撃魔法ではない。村に被害は出ない……はず。
リズは意を決してラッドの詠唱を思い出し、そして唱えた。
「星なる叡智よ! 我に応え現界せん! いでよ!【ゴーレム】!」
地面に魔法陣が現れ、凄まじい光を発して中から土色のリズが現れた。
同じ格好の赤いローブを着ている。
そこでリズは確信してしまった。
自分が魔法を使えることに。
ああやっぱりアタシ……魔法使えたんだ……
心のどこかで絶望している自分がいた。
これで使えなかったら、自分のせいじゃないと言えたのに。
『ぅ……ぅ……ぁ……』
今にも消えかかっている謎の生物の声を聞いてハッとなる。
「ほら! 召喚したわよゴーレム! 早く入って!」
しかし謎の生物は動かない。
いや、動けないでいるみたいだ。
リズは慌てて彼女?を抱えてゴーレムに押し付けた。
「ほら! 憑依して! 早く!」
すると謎の生物はゴーレムに溶け込んでいった。
全てがゴーレムに溶け込むと、しばらくしてゴーレムがビクンと震えた。
次いでリズと同じ青いツインテールが緑へと変貌し、パチッと目を開けたその瞳は水のように青くなっていた。
「ああ良かった〜。死ぬかと思いましたよ本当に」
憑依されたゴーレムがそう言った。
どうやら成功したらしい。
良かった。
「ありがとうございます。ええっとお名前は?」
「……リズよ。リズ・リンド」
「リズさん。ありがとうございます。おかげで助かりました。お礼を申し上げます。私は星樹の妖精フェアリーと申します」
「フェアリー?」
変わった名前だ。
「申し訳ありませんリズさん。私は一刻も早く星樹さまの元へ戻り戦列に復帰しなければいけません」
「は? はぁ……」
戦列?
本当にさっきから何を言ってるんだろコイツ。
「星樹さまは今リーパーの襲撃を受けているんです。他のフェアリーたちが応戦しているはずですが、きっと劣勢です。なので私は急いで星樹さまの元へ戻る方法を探しに行きます。助けて頂いておいて何もお礼ができず、申し訳ありません」
「べ、べつにいいけど……」
なに言ってるか全然わかんない。
リーパーって何?
そもそもコイツは何なの?
……いや、もうどこかへ行くみたいだし、いいか。
これ以上関わることはないだろう。
「へぇ〜……アンタがお婆ちゃんが言ってた子ね」
「!?」
今度は誰?
リズが声の方に振り向くと、金髪の女性が立っていた。
その女性はゴーレムのフェアリーを見て顔をニヤつかせる。
「アンタも魔法使いなのね」
「えっと……あなたは?」
「ワタシはイルセラ。この村の次期領主よ」
次期領主……ということはフランシアの後継人か。
リズより年上そうだが、まだまだ若い。
そんな人が自分になんの用だろう?
「お婆ちゃんがあなたに食べ物と飲み物を持って行ってと頼まれたから持ってきてあげたわ。ほらこれ」
押し付けるようにバスケットを渡されたリズは「ぁ、ありがとうございます」と受け取る。
「礼なんていらないわ。お婆ちゃんの頼みだもの」
さっきから言っているお婆ちゃんとはフランシアのことだろうか? もしかして血縁関係?
「それよりアンタ……ワタシのゴーレムとそのゴーレムで勝負してみない?」
「え!?」
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