第一話【消えた故郷】

「はっ!?」


 リズは目を覚ました。

 見慣れない天井がそこにあった。


「……あれ? アタシ」


 ラッドと一緒にディオンヌの高丘にいたはずなのに。

 なんでベッドで寝てるの?

 いつ寝たっけ?

 

 いやそもそも、いつ帰ったっけ?

 ラッドは?

 あれ? 魔法は?


 少し混乱し、周りを見回した。

 部屋は広く、美しい家具や装飾品で飾られていた。

 窓から差し込む明るい陽光が、部屋を温かく照らしている。

 明らかに自分の部屋じゃない。


「……どこ? ここ」 


 ゆっくりと体を起こすと、下へ続く階段があった。

 そこから誰かが上がってくる足音が聞こえる。

 この家の主だろうか? と少し身構えて待っていると、現れたのは身なりの良い老婆だった。


「おや、目を覚ましたんだね。よかったよぉ〜」


 物腰柔らかい老婆で、どこか安心を覚える包容力を持っている人だ。

 

「あ、あの……」


 リズは言葉に困った。

 何も状況を把握してないせいか、なんと言えばいいか分からない。 

 悪い人ではなさそうで、そこだけ安心したのだが。


「ああ、大丈夫だよ。ここはファレーズ。ディオンヌの隣にある小さな村だよ。そしてこの家は私の家。これでもこの村の領主なの」


 ファレーズ?

 なんでアタシがファレーズに居るの?

 さっきまでラッドと一緒に……

 どうなってるの?


「私の名前はフランシア。あなたのお名前は?」


「あ、リズです。リズ・リンド」


「リズさん……あなたは、ディオンヌに住んでた子かい?」


「へ? ぁ、はい……そうです」


 なんでそんなこと聞くんだろう?

 そう疑問に思っていると、フランシアは顔を暗くした。


「やっぱり。……いったい、何があったんだい?」


「え? 何がって……どういう意味ですか?」


「ディオンヌはね……跡形もなく消えていたのよ」


「ぇ………………え?」


 跡形もなく……消えていた?

 

「あなたはその消えたディオンヌのド真ん中で倒れていたのよ。そこで保護されて、ここへ運ばれたの」


 え? え? え!?


 どういうこと!?


 ワケわかんない!


 消えたってなに!?

 

 お父さんは!?


 お母さんは!?


 ラッドは!?


「ちょ、ちょっと待ってください! どういうことですかそれ!? 消えたって、なんで!?」


「何も覚えてないのかい?」


「何も……いえ! だってアタシ……さっきまでラッドと一緒に魔法を使ってて、それから……」


 それから……?

 それから先の記憶がない。

 杖が紅く光ったと思ったら、ベッドで寝ていた。

 

 魔法【エクスプロード】を唱えたら、何も見えなくなって……それで……ディオンヌが……消滅…………


 ……まさか!?


 ……でも……そんな……


 そんなわけ………………


 ドクンとリズの心臓が高鳴った。

 

 一つの可能性が、自分の中で生まれたからだ。


 自分の魔法で、ディオンヌが消滅した可能性……


 いや、そんなこと……


 そんなはずは……


 そんな馬鹿げた威力の魔法なんて……アタシが……


「リズさん?」


「ぁ……」


 フランシアに声を掛けられ我に返ったリズ。

 しかし身体は冷や汗だらけだった。

 

「あ、あの! すみません! ディオンヌに行きます!」


「え!?」


 リズはフランシアの返事を待たずに階段を降りて家を飛び出した。

 

 リズは走った。

 ファレーズを後にしてひたすら走り続けた。

 ディオンヌはファレーズからかなり遠い。

 走っても一時間は掛かる。


 それでもひたすらリズは走り続けた。

 自分で見るまで信じられないからだ。


「はぁ! はぁ! はぁ!」


 嘘だ……ぜったい嘘だ!

 

 ディオンヌが消えたなんて!


 そんなのぜったい嘘だ!


 お願い!

 

 お父さん! お母さん! ラッド!


 みんな無事でいて!


 ………………


 …………


 ……


「嘘でしょ……」


 息も絶え絶えなリズが見た光景は、焼けた草原と巨大な穴。

 

 そこにあったはずの牧場や高丘や森。

 

 その全てが焼け野原と化しており、村があった場所には巨大な穴が空いていた。


 本当に……消滅していた……


 なにもかも……消えている……


 嘘だ……嘘だ……嘘だ、嘘だ、嘘だ!


「お母さん! お父さん! ラッドォオオオオ!」


 返事はない。

 

 リズの声は虚空に消える。


「誰か返事してえええええええええええ!」


 返事は、ない。


 リズの声は、ただ虚しく響いた。 

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