116:二人の魂の安寧の為に

「……」


 大きく目を見開きながら、俺は目の前に立つ神を見ていた。

 全てを見た。いや、全てじゃなかったかもしれない。

 だが、俺の脳は今さっきまで見ていた記憶を全てだと告げている。

 それだけの情報量でありながら、俺は理解する事が出来た。


 ノイマンという男の正体は――神の複製体だ。


 人類の復活の為に神が生み出した存在で。

 本来であれば神と共に人類の復活を望む筈だった。

 しかし、ノイマンは神と対立し神から幾つかのものを盗み逃亡した。

 その中には、神が厳重に保管していたとあるメリウスのデータもあった。

 俺はその情報を見ても全てを理解する事は出来なかったが。

 それがどれだけの命を奪う可能性を秘めているかは容易に想像できた。

 奴は異分子だけを集めた国を作り、神を消す為に自らの国の兵士を使って行動している。


 全ては自分がこの世界の神になる為であり――オリジナルを超える為だった。


 異分子を使っているのは、神が異分子だけは観測する事が出来ないからだ。

 彼らの道だけは管理する事が出来ない。

 何を起こすか予測不能であるからこそ、ノイマンは異分子に目をつけた。

 神に勝つ為には、神の予想を遥かに超える必要がある。

 だからこそ、リスクを覚悟でノイマンは異分子の国を作り上げた。


 現在では、神とノイマンの陣営は拮抗しており。

 互いにバランスを保ちながら、お互いに緊張を走らせていた。

 神はノイマンを連れ戻す為に画策し、ノイマンはそれらの計画を潰していく。

 神が俺に見せた記憶では、ノイマンがこれまでに行って来た事も含まれていた。


 その中には、もう会う事が出来ないと思っていた……両親の姿もあった。


 神が教えなくても分かる。

 見ただけで自分の生みの親だと分かった。

 ノイマンは俺の家族と接触していて、奴は父と何かを話していた。

 声は聞こえなかったが、表情からして重い話をしている事は分かった。

 ノイマンの顔にはノイズでも掛ったようにぐちゃぐちゃになっていて。

 どんな顔なのかは分からなかったが……悲しそうに見えた。


 ノイマンが去り、その後にやってきた兵士たちに……俺たちは殺された。


 父と母の亡骸の上で横たわり。

 俺は光を消した瞳で、扉を開けて入ってきた一人の男を見ていた。

 若い見た目の男であり、ひどく怯えた顔をしていた。


 理解した。全て分かった。

 ノイマンは本気で神を殺そうとしている。

 そして、俺は奴によって力を与えられた。

 それにより、俺の家族は殺された。


 繋がった……ノイマンと俺の道が繋がっていた。


 俺はゆっくりと手を挙げる。

 その手は震えていて、俺の心の中から静かな怒りが湧き上がってきた。

 もう片方の手で震える手を掴みながら、俺は強く歯を食いしばる。



 

 アイツは偉大な父なんかじゃない――家族を死なせた原因だ。



 

 馬鹿でも分かる。

 アイツが殺した訳じゃない。

 殺したのはあの兵士たちで、神側の人間たちだ。

 だが、流れて来た記憶の情報ですぐに理解した。

 あの兵士たちがやって来たのはノイマンが理由であり、奴さえ来なければこうならなかった。


 奴が俺たちの元へと来なければ、俺たちには普通の幸せが待っていた。

 家族で一緒に食卓を囲み笑い合って。

 休日には家族で出かけて遊んで。

 誕生日を祝い、俺はケーキの蝋燭に灯った火を吹き消して――あったんだ。未来が。


 神は何も言わない。

 何も言わずに、存在した筈の未来も俺に見せた。

 もしも、ノイマンが俺たちに関わらなければ。

 俺に力を与えなければ、俺たちは……父さんも母さんも、死なずにすんだッ!!


 憎い。心の底から憎い。

 奴が俺たち家族の未来を奪った。

 神を殺すという目的の為に、罪の無い家族の人生をめちゃくちゃにした。


 誰が望んだ。

 不老不死にしろなんて言っていない。

 未来が見える力を寄越せなんて言っていない。

 アイツは何も知らない子供に、大きな力を与えただけだ。

 その力にどれほどの代償を払う事になるかも考えずに……殺してやる。


 俺がこの手で、奴を――ノイマンを殺す。


 エマの仇を討つ事は出来た。

 だったら次の俺がすべきことは両親の仇を討つ事だ。

 大切な家族を奪われ、思い出すらも失われた俺でも……二人の無念は分かる。


 苦しかっただろう。痛かっただろう。

 自分たちが死ぬ事よりも、子供を一人にさせてしまう事が何よりも辛かった筈だ。

 死んだ両親の目には涙が溢れていて、それが血と混じり床を濡らしていた。

 幸せな未来を夢に見て、その最期があんな形で終わって――納得できる筈がない。


《貴方の両親を手に掛けた兵士は既に死亡しています。詳細を教えましょうか?》

「……どうでもいい……そんな奴らを殺しても、意味なんて無い……アイツだ。ノイマンだけだ」


 痛いほどに腕を掴む。

 そうでもしなければ、この震えが収まる事は無い。

 この怒りの行き場がないのだ。どうしようも無いほどに、俺は殺気を滾らせている。


 ノイマンを連れて来い、そう言ったな。

 無理そうだ。奴を生きたまま連れて来るのは――俺には出来ない。


《生きて連れて来る必要はありません。体さえあるのなら、手段は問いません》

「……そうか。なら……出来るかもしれない……いや、俺にやらせて欲しい」


 両親の死の真相を知り。

 俺が本当に為すべき事は見えた。

 異分子という呪縛から解放される前に。

 俺がこの手で父と母の無念を晴らさなければならない。

 そうでなければ、両親が天国で安心する事が出来ない。


「……教えてくれないか……俺の父と母の名を。それと俺の”本当の”名前も教えて欲しい」

《……父の名はヒロ、母の名はナルです…………申し訳ありませんが。貴方の名前に関するものは残っていません》

「……どういう事だ?」

《……恐らく、ノイマンが手を加えたのだと思います。データベースからの完全削除を行っているので。私もノイマンですらも、貴方の名を知る事は出来なくなっています》

「…………そうか」


 データベースというのは言葉通りの意味か。

 神が保有する記憶に手を加えたという事実。

 それほどまでに隠したかった情報が、俺の名前に関するものだった。

 手を加えた時期は、俺の家族と接触した時から考えて神の元から去った後だろう。

 多少なりともリスクがあった中で、何故、俺の名前を隠したんだ……?


《……近隣の住民との交流記録はありませんでした。出生届は出していましたが……これも消されています。紙媒体で残したものも例外なく……》


 神は口を噤んだ。

 そうして、微動だにする事無く何かを考えていた。

 ノイマンの行動の意味が分からないんだろう。

 俺もそうであり、何故、奴は俺の情報を消したんだ。

 そんな事に意味は無い筈だ。


 俺ですら分からないんだ。

 神も考えていたようだが、何も分からなかったんだろう。

 静かに頷いてから「他に不明な点は」と聞いて来る。


「……ない……いや、あるな……ノイマンを連れて来る事には協力する……だが、俺には奴と接触する為の手段がない」

《問題ありません。向こうから、貴方に接触してきます》

「……未来が見えたのか?」

《いえ、未来視ではありません。鍵の一つを所持し、貴方がもう一つの鍵を手に入れた。残りの鍵は二つであり、後一つでもあるのであればノイマンたちの勝率も大きく上がるでしょう。ですので、この一月の間に貴方の下に異分子の国の兵士が訪れる確率は八十パーセント以上です》

「……俺が素直に鍵を渡すとアイツ等は考えているのか?」

《少なくとも碧い獣は貴方を信頼しています。奴の手引きがあれば、ノイマンの元に辿り着く事も容易でしょう》


 淡々と話をする神。

 奴はまるで疑いを持っていない。

 話した事全てがまるで事実だと言わんばかりで……。


「……つまり、奴らの要求に従って行動するように見せかけて……ノイマンの死体を運べと?」

《端的に言えばそうなります。ですが、死体を運ぶだけでも通常の手段であれば成功確率は一パーセント未満です……これを渡しておきます》


 奴はゆっくりと手を挙げる。

 そうして、人差し指を俺に向けて来た。

 その先には白い光が集まり――飛んできた。


 光線のように放たれたそれが俺の胸に当たる。

 それは俺の体の中に浸透していき、体が少し熱くなったような感覚を覚えた。

 やがて光が収まり、それらが完全に俺の体の中に入っていった。

 俺は自分の体を触りながら神を見て、何をしたのかと問いかけた。


《貴方の体に新たな情報を書き加えました。これで運搬の心配はいりません》

「……プログラミングのように話すな」

《のようにではありません。貴方方はこの世界という巨大なデータの海を泳ぐ魚のようなものです。私がそうであるとプログラムすれば、そうなるのは当然です。ですので、プログラムしたという認識で間違いはありません》


 奴はハッキリとそう言った。

 俺は冷や汗を流しながら、その理論で俺の異分子のウィルスを除去し。

 死んだ筈のエマを蘇らせるのかと問いかけた。

 奴は静かに頷きながら、ゆっくりと説明をする。



 

《そうです。完全ではありませんが、ウィルスは除去できます。死んだ人間を蘇らせる事も、データさえあれば可能です。代行者ベン・ルイスが説明した通り。この世界は私が生み出した――”偽物”です》

「……っ!」



 

 俺は思わず目を見開く。

 奴は此方をベール越しに見つめて来る。

 今の言葉に違和感はまるでない。

 今まで通り無感情に吐いた情報だと思えた……だが、少し感じた。


 奴の思念が伝わった気がした。

 偽物だと吐き捨てたそれには、”後悔”の念があった。

 奴は心から、この世界を偽物であるとは思っていない。

 何故か、そんな気がしたが……いや、分からない。


 奴が何を思っているのかなんて想像も出来ない。

 この世界を生みの親が偽物だと言ったのなら、本心なのかもしれない。

 だが、もしもだ。神と呼ばれる存在にも、感情が、心があるのなら――


《無駄な思考は止めなさい。私は機械です。心などある筈がありません》

「……機械か……そう、か……」


 怒っていない。悲しんでもいない。

 頭に直接聞こえて来る声に変化は無い。

 ただ無感情に事実だけを言っているだけだ。


 神であり、機械であり……不便な存在だ。


 何が目的でこの世界を生み出したのか。

 いや、誰が彼女を生み出したのか……こいつがそれを俺に教える事は無い。


 見せてもらった記憶に。

 奴の個人的なものは何一つなかった。

 それは俺が知る必要の無い情報だったからか。

 それとも、俺が望んでいなかったから見せなかったのか。


 神は答えない。

 俺の心が読める筈の神は、事実を明かさない。

 聞こえていないのか。それとも、無視をしているのか。


 

 

 ……いや、いい……自分を機械だと言うのなら、そうなんだろう……知りたい事は知れた。

 


 

 俺はゆっくりと頷く。

 すると、背後に何かの気配を感じた。

 ゆっくりと振り返れば、白い扉が出現していた。


《貴方には期待しています。対価を用意し、此処で待っています。次会う時は、互いの望みが叶っている様に》

「……祈ってくれるのか……神らしくないな」


 俺は少し揶揄うように言う。

 すると、神はゆっくりと首を左右に振る。

 

《祈りません。祈った所で意味はありませんから。私は待つだけで。ただ、運命がそうなるだけです》

「……そうか」


 待つだけで運命が、か……。


 神らしくないと思ったが。

 やはりこいつは紛う事なき神だ。

 待つだけで望んだ結果を得られるのなんてこいつくらいだろう。

 俺は乾いた笑みを零す。

 そうして、扉を見つめて――笑みを消した。


 ゆっくりと足を動かして扉に近づく。

 新たに目標が出来た。

 それは両親の仇であるノイマンをこの手で殺す事だ。

 殺された二人の魂の安らぎの為に、俺は奴の息の根を止める。

 拳を固く握りしめて、天に召された二人に誓った。


 扉の前に立ち、ノブを握る。

 そうして、扉を開ければ白い光が溢れて来る。

 背後の神は何も言わない。俺ももう振り返らない。

 光の中へと体を潜らせて、俺はその先へと――――…………

 



 

 …………――――光が消える。


 視界が晴れて、俺は周囲を見た。

 すると、そこは少し小汚い道が広がっている。

 壁に向かって小便をする中年に、散らばったゴミを漁る小動物たち。

 その近くにはヴァンの愛車が停まっていて、目の前には”俺たちの家”があった。


 帰って来た……戻って来れたのか。


 事務所の窓を見つめていれば、誰かが窓を掃除していた。

 それはアフロ頭のベックであり、ガラガラと窓を開けてから彼はため息を吐いていた。


「はぁぁぁ、何でこんな雑用を俺が…………神様に会いに行ったナナシも帰って来ねぇしよぉ。どうなっちまうんだよぉまったく………うあ? なに見てんだよ! 見せもの、じゃ、な…………あ、あれ? な、ナナシさん? あ、あれぇ。お、おかしいなぁぁ……は、はは……」

 

 俺を発見し怒鳴ろうとしたアフロ。

 奴は俺が俺であると分かった瞬間に顔を引きつかせていた。

 そうして、ゆっくりと窓を閉めて――騒ぎ声が聞こえて来た。


 がしゃがしゃと派手な音が聞こえて来る中で。

 俺は小さく笑みを浮かべながら、事務所の階段を上がっていく。

 ようやく帰って来られた。そして、次の目標も出来た。


 未だに心の奥底で燻ぶる黒い炎。

 まるで、あの得体の知れないエネルギーを感じるようで。

 俺はそれを必死に抑え込みながら、家族の元へと向かった。

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