112:愉快な仲間たち

 俺の答えを皆に伝えれば、少なからず反対された。

 イザベラは危険すぎると言っていて、ミッシェルは何をされるか分からないと言っていた。

 ドリスとライオットは、あの二人からは危険な雰囲気がしたと言っていた。


 だが、ヴァンだけは何も言わなかった。

 いや、正確に言うのであれば目を合わせようとすらしない。


 ……流石の俺にも、ヴァンの異変は分かる。


 イザベラも何となく分かっていたようで。

 彼女はヴァンと話があると言って仮眠室に籠ってしまった。

 車いすでしか移動できない状態なのに……彼女には負担を掛けてばかりだ。

 

 ミッシェルはまだ時間はあるんだから、アイツ等に会いに行くなよと釘を刺してきた。

 俺はそれには答える事はせずに、一人でアンブルフの元へと向かった。

 ドリスやライオットは俺を心配そうに見ていたが。

 先輩であるミッシェルから仕事を与えられて急いでついて行った。


 外へと出て行った三人。

 俺は廊下を歩いていき輸送機内の格納部へと行く。

 コツコツコツと靴の音が響いて、小さな円形の窓から光が差し込んでくる。

 移動しながら腕時計を確認すれば、時刻は午後二時半だった……そういえば、何も食べていないな。


 足を止めて腹を摩れば、情けない音が鳴り響く。

 俺は無言で食欲を満たす為に、格納部へと急いだ。

 操縦席側には食料は備蓄しているが、あそこに置いてあるのは片手で食べられるものくらいだ。

 レーションなどは味気なく。少なくとも、インスタントヌードルくらいは食べておきたい。

 俺はそんな事を考えながら、下へと続くハッチを開けて梯子を下りて格納部へと向かう。


 ハッチは自動で閉じられて。

 下へと進んで行けば、話声が聞こえて来る。

 ゆっくりと降りていき、床に足をつけてから振り返れば。

 半壊状態のワンデイと俺のアンアンブルフが固定されていて。

 その脇には、ワンデイが使用していたカグツチが掛けられていた。

 あの戦闘で壊れる事が無かったのはせめてもの救いだが。

 ミッシェルの話では、目に見える損傷は無い物の内部にかなりのダメージが蓄積されていると言っていた。

 帰ったら直すつもりのようであり、俺は徹夜するほど無理をしないで欲しいと思っていた。


 まぁ、あれは回収できたから良いが……一つ問題がある。

 

 それは、俺がハーランドから持ち帰った強化パックの事で。

 合計で三つの強化パックが詰め込まれたコンテナが三つもあるんだ。

 それをこの中に入れる事は頑張れば出来るだろうが、それでも積載限界はギリギリだろうな。

 何とか受け取って詰め込めたとしても、それでは燃料が無駄に消費されてしまうだろう。

 敵からの攻撃を受けた時に機動力が無い状態であれば、俺たちが帰る場所が無くなってしまう。

 輸送機は安全に機体を運ぶのが役目であり、即危険域から離脱できるだけの機動力も必要だ。

 だからこそ、無理やり強化パックを詰め込むのは得策じゃない。


 幸いにも、ハーランドの輸送機がついてきていて。

 暫くの間は、その輸送機が強化パックの輸送を担当してくれるらしい。

 勿論、タダではなく常に戦闘データを収集するからと博士に言われた。

 彼らの目的はユニバース・プランを完遂する事であり、少しでもデータを集めたいのだろう。

 強化外装を扱えるのは、現時点で俺くらいなもので……それくらいの事でいいのなら、幾らでもする。


 だが、何時までも甘える訳にはいかない。

 行く行くは、それらをどうにかして自分たちで運ばなければいけない。


「……新しい輸送機を買うか……持っていくパックを厳選するか」


 新しい輸送機を買うのなら、かなり金がいるだろう。

 今までの報酬金はまだあり、口座に振り込まれているから。

 もしも、ヴァンが足りないと言うのであれば俺の分を使ってくれてもいい。

 元々、強化パックを持ってきたのは俺だから、助けになる事なら何だってする。

 だが、俺自身の今までの金で賄えるほど輸送機は安くはない……今回のSAWからの金はかなりあったがな。


 ヴァンから既に口座に振り込まれていたのは確認済みだ。

 端末から口座情報を見れば、一目でどれだけの残高があるかは分かる。

 かなりの額であり、ヴァンはヴァンで自分の分はあれでも引いてはいるだろう。

 イザベラの分やミッシェルたちの分も含めれば、相当な額になる筈だが……そんなに良い仕事だったのか。


 ヴァンの様子が変だから。

 それについて聞く事は出来ないが。

 イザベラとの話し合いで、前のような調子を取り戻してくれると嬉しい。


 そんな事を思いながら、俺は輸送機内を進んでいく。

 外壁に沿うように移動しながら、話声が聞こえる方を見てみれば。

 作業服を着た男女が座って何かを食べながら話をしていた……アレは、確か……あぁ、そうだ。


 ミッシェルから聞いていた。

 新しいメカニックを三人雇ったと。

 一人はミッシェルよりも年齢が高い男で、後の二人は若い双子の姉妹らしい。

 特徴的なアフロが揺れていて、三人は木箱を椅子代わりして談笑している。

 俺は足音を抑えながら三人に近づく。

 姉妹は近づいてくる俺に気づいていたが何も言わない。

 黙々と手に持ったインスタントヌードルをずるずると啜っていた。

 対して此方に背を向けているアフロは姉妹に愚痴を零していた。


「いや、それにしてもあのナナシって人? やべぇよなぁ。実力もそうだけど、ありゃ三十人くらい殺してるね。間違いない。戦い慣れした人間特有の目をしていたね」

「「……」」

「にしてもよぉ。なぁんで代行者がいるんだよぉ。あんなのただの都市伝説じゃなかったのかよぉ……はぁぁ、やべぇ。超絶やべぇよぉぉ。神様に目を付けられたら、商売どころか生きていく事すら難しくなるんだよなぁぁ……はぁぁぁ、どうすっかなぁぁ。今すぐにでも頭下げて無関係なんですって言えば見逃してくれねぇかな? いや、見逃しては……いや、待てよ……もしかしたらもしかしたらで、あのナナシさんが神様に気に入られれば……領地を与えられて一気に王様になるなんて事も……ぐふ、ぐふふふ! 男の夢、美女に囲まれたハーレム生活……ナナシさんに。いや、ナナシ様に今からでもゴマを…………んだよお前ら。さっきから無言で食いやがって、ちょっとは俺の話を……あ? 何だ。後ろなんか指さし……て…………へ、へへへ」


 リスのように頬を膨らませた双子がゆっくりと俺を指さす。

 アフロはゆっくりと振り返り、俺と視線があった。

 俺は真顔でアフロを見つめて、奴は頬を引く付かせながら必死に笑みを作っていた。


「……」


 俺はアフロの脇を通り、三人の中心に置かれていたインスタントヌードルを取る。

 そうして、近くに置いてあった小型ポッドのお湯を注いで静かに置いた。

 双子の一人が無言で椅子を持ってくる。

 俺は礼を言ってからそこに腰を掛ける。

 そうして、静かに視線をアフロへと向けた。


「すらないのか」

「……へ?」

「ゴマ」

「……き、聞いていらしたんですか! や、やだなぁ……ごめんなさいごめんなさい! 冗談です! 無知な私しめの戯言で」

「――三十人か。舐められたものだな」

「……えっと、もしかして……も、もっと……その」


 アフロは顔面蒼白になりながら聞いてくる。

 俺はニッコリと笑いながら静かに頷く。

 すると、アフロはガチガチと歯を鳴らして顔色を土気色にしていた。


「ジョークだ」

「…………は、はは、ふへ…………本当に?」


 アフロが半信半疑で聞いてくる。

 俺はそれを無視して双子に視線を向けた。

 幼い顔立ちに身長も小さく小柄だ。

 だが、ミッシェルが引っ張って来た人間たちなら実力は本物だろう。


「改めて……俺はナナシだ。前はカメリア青騎軍でメリウスのパイロットをしていた」

「私はイヴ」

「私はアニー」

「……お前は?」

「へ!? あ、あぁ……えっと、ベックと申します。へ、へへ」


 真顔で自己紹介をするイヴと眠たげな眼をしたアニー。

 そして、容器をさっと置いてから手を擦り合わせてゴマをするベック。

 個性的な面々であり、俺はそんな面白い仲間を見ながら静かに頷く。


「……さっきは悪かったな……だが、少し面倒事にはなるかもしれない……俺は神に会いに行く」

「――! ま、マジですか……な、何かヤバい事をしたんですか?」

「アフロ、直球過ぎ」

「アフロ、死ぬぞ」

「う、うるせぇよ! 気になった事聞いて何が悪いんだ!」


 アフロは腕を振り回して怒りを表現する。

 双子の姉妹はフォークを持った手で口元を隠しながらアフロを笑う。

 何となく、この三人の関係性が分かったような気がした。

 俺はくすりと笑いながら、アフロの言葉に対して首を左右に振る。


「……たぶん、神の逆鱗に触れるような事はしていない……危険思想も持ち合わせてはいないからな」

「そ、それじゃ、一体どうして」

「……三人にはまだ言っていなかったが……俺には普通の人間には無い力がある」

「…………えっと、それは…………中二病みたいな感じですか?」

「……? いや、そういう病気には罹っていないが……それはどういう病気なんだ?」

「え!? い、いやぁ。そのぉ……な!」

「こっちに振るな、アホ」

「自分で始末しろ、バカ」


 姉妹からボロカスに言われるアフロ。

 俺はそれだけでこのアフロが俺を揶揄うような事を言ったのだと理解した。

 俺は笑みを浮かべながら、フィクションのような話ではないと伝える。


「……先ず一つは治癒能力が異常なまでに高い」

「……具体的には?」

「体がミンチになっても再生した」

「は!? え!? 嘘!? それただの化け物じゃないですか……あ」

「「……はぁ」」


 姉妹が首を左右に振りため息を零す。

 流石に今のはダメだと分かったのか、アフロが謝って来る。

 俺は気にしていない事を伝えながら、他の能力についても明かした。


 黒いエネルギーに未来視の力。

 自分の中で理解できた能力をなるべく分かり易く伝える。

 すると、三人は難しい顔をしながらも何とか理解してくれたようだった。


 これらの能力が関係している事は確かで。

 その上に、俺は災厄から重要なものを手に入れてしまった事も伝える。

 黙っていても良かったが、この先で共に戦っていく事になる仲間だから嘘はつきたくない。

 だからこそ、正直に全てを話した……黙ってしまったな。


 俺は話しに一区切りをつけて、ゆっくりとインスタントヌードルの容器に手を伸ばす。

 容器に触れれば、手に熱が伝わって来た。

 ゆっくりと蓋を剥がしていけば、ふわりと白い湯気が上がる。

 香ばしい醤油の香りが漂ってきて、俺は少し口角を上げた。

 そうして、手に持っていたフォークでゆっくりと麺をかき混ぜた。


 琥珀色のスープの上で漂う黄金色の麺。

 それを掬ってから、小さく息を吹きかけた。

 そうして、食べられるくらいになったそれを一気に口に運ぶ。

 ズルズルと啜りながら勢いよく食べていく……美味い。


 醬油ベースのヌードルは、濃い味付けをされていた。

 パンチの効いた濃さであり、すきっ腹にはこれ以上ないほどに胃を満たしてくれる。

 塩加減が心地よく、ぷくぷくと浮いている小さな肉もぷりぷりとして美味い。

 ジュワっと肉汁が溢れ出し、肉の旨味と醤油の汁が絡み合う。

 

 麺も絶妙だ。たった数百バークの価格で、これほどまでの完成度。

 確かに所々でチープに感じる部分もあった。

 濃い味付けに、少し硬めの麺――だが、それがいい。


 濃い味付けには硬い麺が合う。

 これを食べる人間は、何も家で寝転んでいる人間や会社でデスクワークをする人間だけじゃない。

 過酷な戦場で戦う兵士の中には、これを食べている人間もいる。

 そして、そういう人間たちは兎に角、腹を満たし少しでも幸福になれるものを食したい。

 飯とは、何も腹が膨れるだけではいけない。

 本人の幸福度が高ければ高いほどに、戦場では高いパフォーマンスを引き出せるものだ。

 その点、このインスタントヌードルは満点だ。

 空腹の兵士にとってこれほどに濃い味付けは、広大な砂漠の中でオアシスを見つけたような幸福感を得られる。

 麺もそうだ。硬いだけではダメだが、これの硬さは丁度いい。

 顎を酷使させる事も無く、本人が飯を食っているのだと認識させてくれる。

 噛めば噛むほどに旨味が出るのもいい。いや、噛むことによって腹は更に満たされるのだ。


 俺がこれに価値をつけるとすれば……うん、三千バークはかたいな。


 ズルズルと麺を啜り食していく。

 中途半端に温もっていた体がじんわりと温まって行く。

 俺は心地よい熱を食事から貰いながら。

 最後のスープを丁寧に飲み干していった。


 ごく、ごく、ごくと喉を鳴らし――吐息を零す。


 静かに器を降ろしてから、ゆっくりと両手を合わせた。

 そうして、お決まりの言葉を呟く。


「ごちそうさま」

「…………アンタ、すげぇな」

「ん? 何がだ」

「…………いや、神様から呼び出されたって言うのに。微塵も緊張してねぇからさ……アンタ、俺よりも若いだろ? 因みに、俺は今年で二十四だ」

「俺は二十歳だ……いや、二十一になるのか?」

「何で疑問形なんだよ……はぁ、やっぱりかぁ……こいつらはまだ十代なんだぜ? なのに学校では俺と同学年。ミッシェルさんと同じ、天才だよ」

「……ミッシェルはやっぱり凄かったんだな」

「あぁ? 当たり前だよ。飛び級の上に、俺たちよりも学年が上でさ。どんなもんでも作っちまうんだぜ……それなのに、突然、学校辞めちまって……連絡が取れなくなった時もあったけど。まさか、こんなところに就職していたなんてさぁ……あ、いや。悪く言った訳じゃないからな?」


 アフロが気を遣って来た。

 俺は気にしていないと伝える……そうか、やっぱりミッシェルは天才だったのか。


 俺はまたミッシェルの事が知れた気がして嬉しくなった。

 そうして、アフロに礼を言いながら今後はどうするのかと尋ねた。

 すると、三人はキョトンとした顔をしていた。


「……お前たちは何も知らなかった。だが、今は違うだろ……嫌なら、辞めたって良い。止めはしない……どうする?」

「……どうするって……お、お前たちは?」

「もう答えは決まっている。ね、アニー」

「そう、既に決まっている。そうだよね、イヴ」

「いや、それを教えろって…………いや、いい…………あぁ、言っとくけどな。面倒事は死ぬほど嫌いだ。過去にも失敗して目を付けられた事が何度もあるんだからな…………でも、昔助けてくれた先輩が俺たちを頼ってくれたんだ…………だったら、全力でその恩を返すもんだろ?」


 アフロはそう言って笑う。

 少し頬が赤いのは照れているからか……ミッシェルは正しかった。


「……分かった……ありがとう」

「へっ! か、勘違いすんなよ! 別にアンタの為じゃないだからな!」

「需要ねぇよ、アフロ」

「誰得だよ、アフロ」

「――ははは! その喧嘩、買ったァァァァ!!」


 アフロが勢いよく立ち上がる。

 そうして双子に襲い掛かる。

 しかし、双子が素早い動きでアフロの攻撃を躱す。

 空の容器が宙を舞い、アフロの頭に落ちた。

 アフロはその殻の容器とフォークをずぽりと抜き、静かに床に置く。

 そうして奇声を発しながら双子を追いかけて行った。


 一人になった空間で、俺は三人が残したゴミを回収する。

 そうして、空き箱から腰を上げながらゴミ箱を探しに行く。

 本当はアンブルフやワンデイを見に来ただけだったが……。


 わぁわぁと騒いでる三人の声を聞きながら、俺はくすりと笑う。

 愉快な奴らであるが、あの言葉に嘘はない。

 これから先で共に戦う仲間たちと話せて良かった思った。

 

 瞬間、派手な音が響きアフロが転がって行くのが見えた。

 姉妹はケラケラと笑いながら楽しそうにしていて。

 仲が良いんだと勝手に思いつつ、俺は置いてあったゴミ箱にゴミを入れてその場を後にした。

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