109:世界の真実

 慣れ親しんだ輸送機の中で。

 俺たちは互いに向き合いながら立っていた。

 椅子は無く、ヴァンは壁に背を預けて俺は中心で立つ。

 チラリと見れば、半壊したワンデイや俺の機体が固定化されている。

 薄暗い格納部の中で、マスクの男はゆっくりと振り返り俺の機体を見つめていた……隙だらけだな。


 傍に控える女は、殺気を静かに放っている。

 しかし、このマスクの男は殺気を放つどころか警戒心すら抱いていない。

 無防備に背中を向けて、マヂマヂと俺の機体を見つめている。

 俺はそんな男を暫く見つめて……男が口を開く。


「……メリウスと呼ばれるものは、素晴らしいものだ……人類の叡智の結晶。最大の発明であり……誰もが、人の手で生み出されたものだと疑わない」

「……違うとでも言いたいのか」


 俺は奴に対して質問する。

 関係の無い言葉ではあったが。

 苛立ちを露わにして、本題を話せといえば相手の思う壺だ。

 だからこそ、敢えて奴の話に付き合ってやる事にした。

 奴はくすりと笑い、静かに首を左右に振る。


「……違う……そう、少し違う……人類が考えて生み出したものには違いない。しかし、それは神が遥か昔に想像し実現可能にしてしまっていたもので。人類はそんな神からのイメージ通りに想像し作り上げたに過ぎない……謂わば、模写のように近いと言えばいいかな」

「……そんなのただの……」

「こじつけと言いたいのかな……だが、君も見た筈だ。神の奇跡を――大神官の死の予言を」

「――!」


 俺は思わず動揺してしまう。

 いや、代行者であればそのくらいは調べられた筈だ。

 しかし、ここでそれを指摘されるとは思わなかった。

 俺は表情を戻しながら、神は予言を外したと伝える。

 すると奴は、ゆっくりと振り返り――笑う。


「神は読み違えていない。正しく、彼の死を見ていた――大神官は碧い獣によって死を齎された」

「いや、違う……彼は子供の手で……」

「その子供を唆したのが、碧い獣であれば?」

「――ッ! どういう事だ」


 そんな事は知らない。

 子供を唆したのが碧い獣だなんてそんな……そんな筈は無い。


 俺は動揺するのを何とか隠しながら。

 奴に対して質問に答えるように言う。

 すると彼は、腕に手を伸ばしてローブを捲り装着した端末を操作した。

 空中には映像が投影されて、そこに映っているのは子供と話をしている――碧い獣だった。


「知っていたんだ。碧い獣はこうなる事を。何故ならば、奴が差し向けたのだから」

「……それが事実として、何故、そんな事を……異分子の立場が悪くなるだけじゃないか。奴らには何の得も」

「――真実から目を背けてはいけないよ。ナナシ君」


 奴はハッキリと言った。

 俺が真実から目を逸らし、何も知らないと言っていると断言して……いや、分かっている。


 そんな筈は無いと否定していた。

 アイツ等の肩を持つわけじゃないが。

 碧い獣は少なからず、俺の事を二度は助けている。

 一度目はあの戦場でとどめを刺さず、二度目は殺されそうな俺を庇った。

 心の何処かでアイツ等は良い奴なのではないかと思い込んでいた。


 俺はゆっくりと口を動かそうとした。

 こいつ等は知っている。知っていて俺の口から言わせたいんだ。

 それを理解しながらも、俺はハッキリと言った。



 

「異分子のルーツは災厄……災厄は俺たち生み出した存在……怒りや恐怖の塊で……それが奴を顕現させる」

「何だって……ナナシ、お前それを何処でッ!」

「やはり、君は――我々の元に来る資格がある」


 


 俺は言った。

 自分でも信じられないほどにハッキリと言ってしまった。

 何の確証も無いのに、災厄を倒した時の現象の所為で言えてしまった。

 アレは怒りや恐怖を集めた存在で。恐らくは、異分子たちのそう言った感情を集める事でこの世に生まれ落ちる。

 まるで、アレが世界を終わらせて彼らを解放しているように――アレは異分子たちを”救済する”存在だ。


 俺の答えを聞いて、ヴァンは取り乱していた。

 そんな事は今まで一度も聞いていないと……当然だ。俺も今になって理解したから。


 マスクの男は満足そうに笑っていた。

 その笑みはまるで、ようやく欲しかった何かを手に入れた子供のようだ。


「……次はお前たちの番だ……真実とやらを教えろ」

「……それを話すのであれば、またメリウスの話に戻ろうか……神殿に行ったのならば、君はメリウスのような形をした石像を目にした筈だ。そして大神官ならこう説明しただろう。アレ等は過去の英霊だと……合っているかな?」

「……あぁそう聞いた」


 マスクの男は頷く。

 そうして、説明を続けた。


「過去の英霊である事に間違いはない。だが、アレはメリウスだ。過去の……滅びる前の世界に存在したメリウスたちだ」

「……」

「アレ等はこの世界に至るまでに、災厄と呼ばれる存在と戦った強者たちで。最期まで世界の終焉に抗った英雄だ……君に伝えるべきは、災厄という存在のルーツ……闇へと落ちた神の”希望”の事だ」

「……まさか、アレがッ!」


 ヴァンはマスクの男の言葉を聞いて慌てる。

 マスクの男はヴァンに視線を向ける。

 そうして、何かを思い出したように呟いた。


「君はもしかして――”希望の子”の生き残りか?」

「……黙れ。俺はそんなちんけな名は知らない……答えろ。災厄の元がアレなのかどうかを」


 ヴァンを見れば、その瞳の奥に強い怒りを滾らせていた。

 その眼の光は知っている。

 強い復讐心を持った人間の目で……ヴァンは何を知っているんだ。


 マスクの男は静かに首を縦に振る。


「君の想像通りだ。アレは神の計画の柱。”マサムネ”と呼ばれた男の成れの果てだ」

「――ッ!」

「……? マサムネ……その男は一体、何をしてあぁなったんだ」


 ヴァンは拳を固く握りしめて目を大きく開いていた。

 今の彼には冷静に質問する事は出来ないだろう。

 だからこそ、俺が代わりにその男について尋ねた。


「……その男は、神が長い年月をかけて作り上げた計画の中心人物で。世界を救える可能性を秘めた男だった……実際、計画はうまく進んでいて、その男は人間では決して乗る事の出来ない神と呼ばれたメリウスに乗れた……創造主は多くを語らなかったが。神と呼ばれるほどの兵器を扱えば、それこそ”この世界”も”外の世界”をも支配できてしまう……神は見誤った。その男の内に秘めた怒りと絶望の大きさを……世界を滅ぼした彼の心に宿る邪悪を」

「……つまり、その男は計画から外れて……世界を滅ぼしたと言いたいのか?」


 マスクの男は静かに頷く。


「……神となった男との戦いで多くの者が死に。我らの神でさえも世界の支配権を一時的に奪われるほどの失態を犯した……奴はこの世界を消すだけでは飽き足らず。外の世界へと出て、その世界ですら蹂躙し。生きる者全てを灰に変えた……外の世界には、もう人は存在しない。この世界も傷つき、辛うじて修復できたものの。異分子と呼ばれるバクが発生してしまった」

「……待て。さっきから言っている……外の世界とは何だ。お前たちは何を言っているんだ」


 淡々と説明をしている男。

 奴の後ろに立つ女ですら、何の疑問も抱いていない。

 だからこそ、奴らはそれが真実であると信じていて俺も理解できると思い込んでいる。


 そうじゃない。

 普通の人間に、これほどの壮大な話をして……そう簡単に理解できる筈がない。


 俺は最早、動揺を隠せなくなっていた。

 だからこそ、外の世界というワードですら震える声で聴いていた。


「……知っている筈だ。噂程度には、この話は流れていただろう……我々が生きるこの世界と外の世界と呼ばれる二つの世界が存在するんだ……もっと言うのであれば、この世界はその世界の住人によって生み出された世界……謂わば創造主の生み出した”仮初の世界”が此処だ」

「仮初の、世界……? 何を言っている……俺たちは、生きて……」

「生きている。腹が減れば飯を食べて、催せば用も足す。眠くなれば意識を失い、怒れば衝動的な行動もする……全て神がそうプログラムしたからだ。外の世界で生きていた本物を真似て作られたのが我々で。この世界を管理し秩序を維持しているのが神だ」

「……待て、待てよ……神が全てを……なら、それなら! 何故、神は戦争を止めない! 何故、多くの命が今も死んでいる!! お前が、お前たちが神であると言うのなら!! あのクソ野郎を野放しにして、エマをッ!!!」

「ナナシッ!! 落ち着けッ!!」


 俺は怒りのままに奴に掴みかかろうとした。

 そんな俺をヴァンが羽交い絞めにする。

 黙っていられない。

 こいつらが言っている事は、世界を管理しているのは自分たちで。

 全ての人間の行動は自分たちが指示していると言っているようなものだ。

 それなら、北部で今も起きている戦争を止めさせろ。

 そして、あのクソ野郎のような人間を全て捕まえて殺せ。


 

 何故、戦争を止めない――それが利益となるからだ。


 何故、犯罪者を見逃す――そんな事に一々構っていられないから。


 

 知っている。分かっていた。

 神は俺たちを管理しているが。

 くだらない事に一々干渉しないと。

 それなのに、こいつ等は俺たちをバグとみなして。

 俺たちから自由も尊厳も奪っていった。

 今も俺たちのような存在が虫のように殺されているのに。

 こいつらはそれに何かを思う事も、涙を流す事さえしない。


 

 俺は声を荒げて叫ぶ。


 

「お前たちなんか信用しないッ!! お前たちには従わないッ!! 仲間を、同族をッ!! 世界のバグと呼ぶお前たちを俺はッ!!」

「――私も異分子だった」


 

 男はハッキリと俺の目を見て言う。

 その言葉を聞いて、俺は大きく目を見開く。

 そうして、徐々に怒りを収めていった。

 ヴァンはゆっくりと俺の体の拘束を解く。

 奴は俺を見つめながら、ゆっくりとローブを開いて首元を見せる。

 そこには銀色に輝く首輪がつけられていた……確かに、こいつからは異分子の感じがする。


「……私もかつては異分子であった。世界から疎まれ、人々に石を投げられ……だが、神の気まぐれで人となった。この首輪は、自分の存在を忘れない為のものだが……今でも、君のような存在にはバレてしまう」

「……何で、神に従う。俺たちはアイツに」

「……分かっている。憎い仇のように思うだろう……だが、神はそれを理解し受け入れている。それだけの事をしているのだから、罵声を吐かれても構わないと考えている。だからこそ、世界を管理している中で不敬な真似をした者を見つけても何もしない」

「……分かっているのなら、受け入れるくらいな……何で、俺たちにこんな事を」

「――理由があれば、納得するかな?」


 俺が嫌らしい聞き方をすれば、奴は微笑みながら聞いてくる。

 俺は暫く考えてから、聞かせる様に言う。


「……異分子はこの世界にとってのバク。それを私は否定しない。何故ならば、異分子は唯一、神の管理下から外れ、意図せぬ行動を取ってしまうから。こうあるべきと設定した道を歩まず。彼らは道無き道を進む……だが、神はそれを希望であると捉えた」

「希望、だと……?」

「……神にとっての異分子は……本物の人間のように映ったって言いたいのか?」


 ヴァンが問いかける。

 すると、男は静かに頷いた。


「そうだ。神の設定した通りに動かない彼らは、本物の人間になり得る……だが、今のままでは不十分だった……外の世界の人間たちは、彼女の愛すべき存在であったが。愚かな行動が目立っていた。利益や欲望に従い戦争を引き起こし、互いの国へと攻撃を仕掛けて、その結果、住むべき場所を失った愚者たちだ……彼女はそれを恐れている。同じ過ちを繰り返すのが人であるからこそ――彼女が完璧な存在にしようと計画した」

「……何を計画している。完璧な人間なんて存在する筈が」

「絵空事に聞こえるだろう。だが、彼女の力があればそれは可能だ……間違う事も、道を踏み外すことも無い。争う事を選択する事無く、人々が手を取り合って生きられる正しい世界……彼女は異分子たちを”完璧な人間”に進化させようとしているんだ」

「――それが何故、虐げて良い理由になるッ!」


 俺は綺麗ごとを並べる男を怒鳴る。

 女はゆっくりと銃に手を伸ばし――男が片手で制止する。


「……人間へとなる為に、神が本来の力を取りもどす為に必要な鍵……それらが関係している」

「……まさか! 災厄の鍵か」


 ヴァンはハッとしたように言う。

 すると、男はニコリと笑い肯定する。


「災厄の鍵。かつて神の権限を奪った災厄……奴の残った影たちを倒して鍵を手に入れれば、神の力は復活する……そして、災厄をこの世に顕現させる為には、どうしても異分子たちの協力が欠かせない……説明すれば得られるものが少なくなる。そうなれば時間が掛かる上に、その過程でどんな問題が発生するかも分からない……人工的に生み出した者を使ったとしても同じだ……天然の魂だけが、本物の感情を。莫大なエネルギーを生み出せる……理由はそれだけだ」

「……異分子が人に……災厄を顕現させる為に…………それなら、鍵を集めて神に渡せば」

「――そうだ。神が力を取り戻し、異分子が外の世界で生きる体を得られれば……もう誰も悲しまなくて済む」

「……っ!」


 理解した。

 理由を聞き、真実とやらを聞いて――初めて分かった。


 神の目的を、代行者の役目を。

 だが、それでも……信用できない。


 ハーランドの襲撃もそうだが。

 初めて会ったこいつらからそれっぽい事を聞かされても全てを鵜呑みには出来ない。

 どんなにまっとうな理由があろうとも、こいつが多くの人間を殺したのは事実だ。

 そんな奴を信用してついていく事なんて――男が頭を下げる。


「すまなかった……ハーランドの襲撃を指示したのは私だ」

「――やっぱり、お前がッ!」


 俺は奴の胸倉を掴む。

 そうして、拳を作って――全力で殴った。

 

 奴は後ろへとよろよろとよろめく。

 控えていた女は殺気を全身から放ちながら俺の首を掴み――


「やめろ」

「――しかしッ!!」

「殴られて当然だ。それだけの事をしたのだから……彼から手を離しなさい」

「……っ」


 女は俺を睨みつけながらもゆっくりと手を離す。

 俺は首を摩りながら、マスクを男を睨みつけた。

 奴は口元に垂れる血を拭いながら、俺を見つめて来た。


「これで気が済んだとは思わない。望むのなら気が済むまで殴ってくれて構わない」

「……」

「……我々には時間がない。だからこそ、手荒な手段を取った……謝罪する。だが、行動を間違いだとは思わない……理解しろなんて言わない。だが、君の元には異分子の国の兵士が接触して来たんだろう……奴らは神を消そうとしている。そして、奴らのトップは神と同じ力を持っている……信じられないのなら、信じてもらえるまで説明しよう。君が納得するまで、私は此処にいよう……一度だけで良い。我々と共に、来てはくれないか?」

「……ナナシ、ダメだ。こいつらは……」

「……分かっている……今すぐに、返事は出来ない……それとも、俺を縛ってでも連れて行くか?」


 俺は挑発する様に笑う。

 恐らく、奴らが強硬手段に出れば、俺はあっという間に拘束されるだろう。

 こいつは今の今まで隙だらけのように振舞っているが……たぶん、こいつが一番強い。


 たらりと額から汗が流れる。

 俺は奴から目を逸らすことなく見つめて――奴は笑う。


「分かった……一週間なら待とう……もし拒んだとしても、私は君を連れて行きはしない。それは約束する」

「……言ったな? その言葉、後で撤回するんじゃねぇぞ」

「はは、勿論さ……もうこんな時間か……君の端末に私の連絡先を送った。何時でも掛けてきてくれて構わない……そう言えば、自己紹介がまだだったね……私はベン・ルイス。彼女はセラ・ドレイクだ……仲間に慣れる日を、心から待っているよ。ナナシ君」


 マスクの男――ベン・ルイスはそう言って去って行く。


 傍に控えていたドレイクという名の女も去っていき。

 俺たちは代行者のいなくなった輸送機内で沈黙を保つ。

 互いに一言も発する事無く、床を見つめていて……


「……ナナシ、お前は……」

「……今は何も言えない……考える時間をくれ」

「……分かった……だけど、俺はお前の選択した事なら、文句を言わねぇから……それだけは憶えていてくれ」

「……あぁ」


 俺はヴァンからの言葉を受けて輸送機内を歩いていく。

 カツカツと靴の音を響かせながら、俺は一人に慣れる場所を目指す。

 突然、知らなかった事を聞かされて。すぐに納得できる筈は無い。

 嘘か本当かも分からないのに……俺は一体、どうすればいいんだ。

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