108:拒めぬ存在たちの来訪

 SAWの職員たちが用意したキャンプ地。

 災厄との戦闘が行われた荒野から離れた場所に立てられた幾つものテントたち。

 多くの怪我人が運ばれてきて……死体となった人間もいた。


 後から派遣された研究者たちは、こぞって災厄との戦闘があった場所へ向かった。

 何を調べに行ったのかは分からないが。ろくでもない事だろうとは思う。

 関わりたくは無いので深くは追及しない。


 医療キャンプとして設営された此処には、多くの医療スタッフが集まっている。

 今いるテントにも看護師がいて、彼女は点滴などの確認を終えてから礼をして去って行く。

 俺も頭を下げてから、静かに安堵の息を吐く。

 

 少なくない犠牲を払い、何とか災厄を倒した。

 俺は後から来て手柄をかっさらって行っただけだが。

 そういう事を言ってくる傭兵は勿論いたし、報酬も受け取るなとまで言う奴もいた。

 それは正しい言い分であり、SAWがそう判断したのなら致し方ないとさえ思っていたが。

 何故か、カメリアの兵士である人間たちが庇ってくれた。


 その中でも、黒い眼帯をした角刈りの金髪にがっしりとした体つきの男が俺の功績を認めてくれた。

 恐らくは、アレがノース・カメリアの精鋭の一人なんだろうと思って。

 彼らが生きていたのは咄嗟の起点を利かして脱出したからだろう。

 不利だと思えば誇りも何もかもを無視して逃げる判断がとれる。

 優秀な兵士であり、その男の目に映る異分子への”憐れみ”がなければ友になれたかもしれない。


 カメリアの兵士や他の生き残った兵士たちも。

 少なからず負傷していて、今はSAWから派遣された医療スタッフの治療を受けている。

 中にはそれを拒んで自分たちが雇っている人間に治療させている奴もいたが。

 俺たちはそれほど余裕も無かったから、SAWからの治療を受けた。

 イザベラも文句はなく、黙って怪我の手当てを受けて……今はベッドで横になっている。


 イザベラは耳にイヤホンを差しながら曲を聴いていた。

 俺はそんな彼女を椅子に座って黙って見つめる。

 隣にはミッシェルも座っており、少し心配そうな目でイザベラを見ていた。

 無理もない。彼女の体は服の下が包帯で覆われていて、頭にも包帯が巻かれている。

 医者の話では骨も何本か折っており、再びメリウスに乗って戦うには時間が掛かるらしい。


 俺はどう元気づけようかと考えて――彼女がチラリと見て来る。


「……何て顔してんだい……私は死体じゃないんだよ?」

「……! ご、ごめん。でも、姐さんの怪我は……」

「……見かけは派手だが。大した事じゃない……まぁ、二月ほど安静にしていれば完全に治るよ。私にとっては痛手だけど」


 イザベラは薄い笑みを浮かべながらイヤホンを外す……つけていただけか?


 音楽を聴いていたフリをしたいただけで。

 彼女は俺たちの視線や声も聞こえていた様だった。

 俺はそんな彼女をジッと見つめながら、聞くべき事を尋ねた。


「アレは……災厄は、生きていたと思うか」

「藪から棒に……生きてた。確証はないが、そうでなきゃ悲鳴なんざ上げないよ」


 イザベラは手をひらひらさせながら答える。

 適当に言っているようにも聞こえるが。

 彼女はそう信じて言っていると感じる。

 俺は静かに同意を示しながら、敵を倒した時に感じた事を伝える。


「……奴と戦ってコアを砕いた時……知らない人間の記憶が流れ込んできた」

「……奇妙な話だねぇ……心当たりは……ある訳ないか」

「……そいつの性別も年齢も分からない……ただ、そいつと話していた人間たちは楽しそうで、そいつ自身も楽しそうだった……その後に、全身が焼けるような熱を感じてそいつが怒っていると分かった……何に対しての怒りなのかは分からない。でも、アレは普通の怒りとは違うものだった」

「……怒り、ねぇ……ダメだ。私にはさーっぱり分からないよ……それ、SAWの奴らには言うんじゃないよ」


 イザベラは小声で俺に釘を刺す。

 分かっている。こんな話に興味なんか持たれたくない。

 幸いにもこのテントには奴らはいない。

 何故か、イザベラに対しては好待遇で個人が使用するだけのテントを用意してきた。

 それだけ彼女が残した功績が大きいと判断したからか……笑ってる。


「ふふ、何にしても個室を用意したんだ。報酬は期待できる……さて、私を満足させてくれるのか」

「……何時も通りだな。姐さん」


 ミッシェルは呆れたような目で彼女を見つめる。

 俺はくすりと笑いながら、これこそが彼女なんだと思う。

 どんなに悲惨な状況になり、仲間がいなくなったとしても。

 彼女は悲観し立ち止まり、うじうじとしているような人間じゃない。

 俺よりも強くて頼もしい……目指すべき目標だ。


 俺は姿勢を正す。

 そうして、ゆっくりと頭を下げた。


「……遅れてしまった事。改めて謝らせてくれ……本当にすまない……俺が最初からいれば……」


 謝りたかった。

 もしも、俺が時間通りに来ていれば、イザベラも怪我をする事無く災厄を倒せていたかもしれない。

 もっと速く到着していれば、これほどの被害は無かったかもしれない。

 そう思ったからこそ俺は二人にだけでも頭を下げた。


 暫く、二人は俺を黙って見つめていた。

 やがて、イザベラが頭を上げるように言って来た。

 俺はその言葉を受けて静かに頭を上げて――イツッ!!


 額に何かが当たった。

 バチリと音がしたかと思えば、頭が後ろへと強制的に下がらされて。

 ひりひりと痛みを発する額に触れながら血が出ていないか確認する。

 すると、イザベラとミッシェルがくすくすと笑い始める。


「……随分と大きくなったねぇ。俺がいればもぉぉと楽に勝てたなんてねぇ。へぇぇ?」

「違ッ! そこまでは言って」

「いいや、言ったね。少なくとも姐さんと俺にはそう聞こえたぜ。そうかいそうかい。あぁそうだろうなぁ。俺如きの武装よりも、ハーランドの新型の方がそりゃ優れてるよなぁぁ? あぁ自信無くすなぁぁ」

「――っ!?」


 ミッシェルがガックリと肩を落とす。

 そうして、イザベラまでもが顔を伏せて片手で顔を覆い隠した。

 俺は口をパクパクとさせながら、両手をそわそわと動かす。

 やってしまった。俺の不用意な発言で二人の自信や埃を傷つけた。

 俺は顔からサッと血の気が引いていくのを感じながら、必死になって言葉を選ぶ。


「い、いや……違う。違うんだ……俺が。俺がだな……その、時間通りに来ていれば……そうだ! イザベラの活躍の場が増えていたかもしれない! そうだ。そうなんだ! それと、ミッシェルの新兵器が無かったら、流石の俺も写真で見た災厄のような巨体の装甲を貫く事は出来なかった! だから。俺は、あの……そう、弁当のわき役のような……め、メインを引き立てるパセリみたいな……何言ってんだ、俺……っ」


 俺は自分で自分の言っている事が分からなくなってきた。

 必死になって二人をフォローするような言葉を考えて――笑い声が聞こえて来た。


 必死に堪えるような笑い声が二つ。

 隣のミッシェルは肩を震わせて、イザベラは顔を背けている……おい。


 俺が無言で二人に視線を送れば。

 二人は耐えきれずに腹を抱えてゲラゲラと笑い始めた。

 しかし、笑い過ぎた事でイザベラは脇腹を抑えながら痛みを堪えている。


「……ふ、ふふ……はぁスッキリした……分かってるよ。ナナシの言いたい事は……謝るな。アンタはベストを尽くした。それだけだ」

「そうだぜぇナナシ……まぁ死んだ奴もいるけど。お前が来なかったら、それこそマジで全滅していたんだ。ノース・カメリアだってどうなってたか分からねぇ……だから、後悔するんじゃなくて――胸張れや」


 ミッシェルはそう言ってにしりと笑う。

 拳を作って軽く俺の胸を小突いて来た。

 俺はそれを受けて、自然と口角があがった気がした。


「……そうだな……ありがとう。ようやく胸が張れそうだ」

「おう!! どんどん張ってけ。同じ仲間の私たちも誇らしいよ! なぁ姐さん」

「そうだね……これは、社内トップの座も危ういかもしれないねぇ」

「そうかもしれな――イッ!?」


 俺が自信をもって肯定しようとすれば、イザベラが再び俺の額を指で弾く。

 俺は両手で額を抑えながら恨みがましくイザベラを見つめた。


「調子に乗るんじゃないよ……全く、最初の雨に濡れた子犬のようなアンタは何処に行ったんだい?」

「誰が、子犬だ……あ、そう言えば犬を飼う事になった」

「……は? 犬? 犬って……あれ?」

「多分それだ……名前はナイトで、白くてもふもふとしている小さな犬だ。すごく可愛いぞ」

「……アンタ、何しにハーランドに行ってたんだい? いや、割とマジで」

「……?」


 俺は首を傾げながら、何をそんなに驚いているのかと二人を見ていた。

 ちゃんと訓練はしていて、新たな力もものにした。

 その成果は遺憾なく発揮されて、目標も達成できたが……何がいけないんだ?


「……いや、いいよ。別に……前々から思ってたけど。アンタは大物だよ……新型の訓練に、新しい仲間を二人に連れてきて、あげくに犬まで持って帰ってきた。その間に敵からの襲撃も受けていて……心配無用だったみたいだね」

「……まぁ姐さんの言いたい事は分かるけど……それで? そのいぬっころと新しい仲間はもう来てんのか?」

「あぁ、ヴァンと話をしているが……何だ?」


 耳を澄ませば声が聞こえる。

 何やら騒ぎ声がここまで聞こえてきていて。

 俺は不安を感じながら、二人に様子を見て来ると言って外に出た。


 テントから出て上を見れば、空はすっかり暗くなり星が出ている。

 肌寒い風が吹き、照明器具がからからと音を立てて揺れていた。

 騒ぎのする方向を見れば、白いローブを着た二人と――ヴァン?


 ローブの人間たちの前に立ちはだかり。

 何やら声を荒げて話し込んでいた。

 周りにはやじ馬たちも集まっていてその様子を見ている。

 その傍にはライオットとドリスも立っているが……困っているみたいだな。


「……」


 何故か、あまり近づきたくないと心が囁いているように感じたが。

 このまま三人を放置している訳にもいかない。

 だからこそ、俺はゆっくりと三人に近づいて――ッ!


 傍に控えていた一人が目にも留まらぬ速さでヴァンを地面に抑え込む。

 ヴァンはくぐもった声を上げながら、地面に強く抑えられて――俺は叫んだ。


「やめろッ!!」

「――来るなッ!!」


 ヴァンが俺に来るなと叫ぶ。

 俺はそれを無視して、周りの野次馬を押しのける。

 そうして、ヴァンを抑え込んでいる人間にタックルをした――軽い?


 恐らくは女であり、そいつは俺に弾かれながらもくるくると回転しながら着地する。

 そうして、ばさりとローブを広げて拳銃を抜き――


「やめるんだ」

「……はい」


 男の声が聞こえた。

 若そうな声だが、惹きつけられるような綺麗な声だ。

 そいつの一言で女は殺気を抑え込み、拳銃を戻して姿勢を正し俺を見つめる。

 俺はヴァンを心配しながらも、二人のローブたちを睨む。


 女を制止した男は、ゆっくりとローブを取る。

 すると、顔半分を覆い隠すような奇妙なマスクが姿を現す。

 正体を隠す為のものか。或いは――


「失礼。これは昔の怪我を隠すものでね。男児にとって戦場の傷は誇りだが。私はこれをつけていなければ……些か、人が避けるものでね」

「……そんな事はどうでもいい。お前たちは何だ。正体を明かせ」


 俺がそうやって吐き捨てるように言えば。

 フードを被ったままの女は強い殺気を放ってくる。

 まるで、存在自体がよく切れるナイフのようで……こいつは危険だ。


 女を警戒していれば、男は笑みを浮かべながら答えた。



 

「我々は代行者――神の遣いとでも思ってくれ」

「――ッ! お前たちが」



 

 代行者という名。

 傭兵の中で知らない者はいない。

 周りで見ていた人間たちはざわめき始める。

 噂でしか聞いたことのない伝説のようなもので。

 俺にとってはハーランドを襲撃した可能性の高い――敵だ。


 秒で思考を纏めて腰のホルスターから拳銃を抜く。

 そうしてマスクの男を狙い――ッ!!


 横から音も無く女が迫る。

 シリンダーを片手で押さえこまれて銃弾が放てない。

 俺はそのまま拳銃から手を離そうとして――もう片方の手で腕を掴まれた。


「――ぅが」


 女の力とは思えない怪力。

 腕から嫌な音が聞こえてきて痛みで声が漏れる。

 俺は女へと蹴りを放つ。

 が、先ほどのように女は簡単には吹き飛ばされない。

 奴はそのまま俺の片足を払い、体を地面に転がしながら拘束してきた。

 拳銃が転がり落ちて、俺は地面と熱烈なキスをする。

 俺は地面に顔を押し付けられながらも、光の無い目で見る女を睨み――女のこめかみに銃口が当てられた。


「動くな。撃つぞ」

「……試しますか?」


 俺の拳銃を瞬時に拾ったヴァン。

 女のこめかみに拳銃を当てながら、アイツは動くなと命じる。

 女はそんなヴァンを挑発して――パンと乾いた音が響く。


 銃声ではない。

 ヴァンはまだ引き金を引いていなかった。

 何の音かと見れば、マスクの音が手を叩いた音で――ニコリと微笑む。


「互いに誤解があるようだ。先ずはその誤解を解こう――我々は君たちの敵ではない」

「……誰がその言葉を信じると思うんだ。顔面凶器」

「――」


 女が殺気を肥大化させた。

 すぐ近くで肌を刺すようなそれを浴びせられて。

 ヴァンと俺の間に緊張が走る。

 殺される。確実にこの女の手で殺されてしまうだろう――男は笑った。


「ははは! 面白い事うを言う……良いあだ名だ。気に入ったよ」

「……そりゃどうも」

「……信じられない気持ちは分かる。敵対するような行動も取ったからね……その代わりとは言っては何だが……君が知りたがっている”真実”を教えてあげよう」

「――! 何故、それを」


 俺は問いかけた。

 知っている人間は限られている筈だ。

 それなのにこの男は知っていて――拘束が解かれる。

 

「代行者だから……理由はそれで十分だろう」

「……っ」

「君たちの輸送機まで案内してくれないかな? 嫌なら我々のものでもいいが……どうする?」


 拒否権は無い――そう言っている。


 拒めば何をされるかは分からない。

 強引な手であろうとも躊躇いなく使える奴らだ。

 今は大人しく従って、情報を得る方が賢いだろう。

 俺は立ち上がりながらヴァンをチラリと見る。

 アイツは暫くの間考えて……俺を見て来る。


 静かに頷いてアイコンタクトを送る。

 すると、俺の意思が伝わった奴は踵を返して歩き始めた。

 マスクの男は「感謝する」と言い、女は無言で俺の背後を取る。

 何時でも殺せるぞと言わんばかりに、静かに殺気を放っていて。

 周りで見ていた人間たちは、こいつらに質問をする事も出来ずに見ている事しか出来なかった。


 ライオットとドリスを見れば、どうしたものかと困っていて――俺は笑みを浮かべる。


「ミッシェルとイザベラ……先輩たちに挨拶をしてきてくれ。テントはあそこだ」

「あ、あぁ……何かあったらすぐに知らせてくれよ」

「嫌な感じです……気を付けて」

「あぁ、分かっている」


 小声で忠告してきた二人。

 背後に立つ女はジッと俺を見つめていた。

 二人は足早に去っていき、俺はヴァンと肩を並べて歩き出す。


 災厄との戦闘を終えて。

 異分子の国のアイツ等が来ると思えば、こいつらが先だったとはな……。


 不安はある。が、真実とやらをこいつは知っているらしい。

 怪しさしか感じないが、腐っても代行者だ。

 だったら、その情報の信ぴょう性は後で確かめればいい。

 今はただ怪しく感じようとも、小さな手掛かり一つ――取り零したくはない。

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