106:後は任せたよ(side:イザベラ)
フライトユニットを動かし空を翔ける。
デカブツは私を見ておらず。まだ脅威とすら思っていない。
「結構だ。そのまま油断して――くたばりな」
三連シリンダーを起動。
回転音が響きながら、コアが稼働しエネルギーが生成されていく。
モニターに映っているパラメーターが上がっていき充填率を視覚化する。
それをチラリと見ながら、私は上へと上昇していく。
センサーを動かしながら、敵のウィークポイントにマーカを設置。
それを目指しながら上昇していき――見えたッ!
ウィークポイントへの射撃を精確に行える位置。
そこへと翔けて、ユニットを傾けて停止する。
その場で銃口を奴の弱点へと向けながら、更にエネルギーをチャージしていく。
充填率はどんどん上がって行く。
50――65――78――っ!!
レーダーが接近する敵影をキャッチした。
そちらを見れば、他の傭兵たちと空中戦を繰り広げていた筈のメリウスたちがこっちに向かってきている。
デカブツは此方を見ていないのに、あの雑魚共はいち早くこれの危険性に気づいたのか――まずい!
チャージは既に開始されている。
今中断すれば無駄にエネルギーを消費するだけだ。
しかし、此処で規定値に満たない弾を放っても相手を警戒させるだけだ。
一撃だ。一撃で仕留める必要がある――アレはッ!
敵の大群が此方に迫る中で。
奴らの背後から白をベースに薄桃色のラインが引かれた量産型メリウスが翔ける。
機動力に特化した軽量二脚型であり、奴らは手にしたハンドキャノンを敵へと向けて一斉に放つ。
避けられずに大破する敵たち、逃れる奴もいたが死角から迫った敵の砲撃で確実に息の根を止められる。
統率の執れた動きであり、それらを率いるのはブレードアンテナをつけたメリウスで――通信が繋がる。
《集中しろ。露払いをしてやる》
「そいつはどうも――”カメリアの鉄騎隊”」
返事は返って来ない。
奴らは向かってきている雑魚共を一手に引き受けていた。
見れば、空中戦を繰り広げていた筈の別の傭兵たちは進行するデカブツへと集中攻撃を行っている。
攻撃しているのは足であり、動きを封じようとしていた。
一点への集中砲火であり、流石の災厄も動きを鈍らせている。
装甲の一部を切り離してメリウス擬きを作ろうとすれば、足の強度が落ちて歩行が出来なくなる――考えたね。
弱点が分からない状態で出来る事。
それを見つけて指示したのは、十中八九が鉄騎隊の隊長だ。
誰であろうとも強くて経験のある老兵には逆らえない。
素直に指示に従ってるところを見るに生き残った奴らは馬鹿じゃない。
動きが止まった災厄は、その巨大な手を振り上げて攻撃を仕掛けようとしていた――遅いよ。
《エネルギー充填率百パーセントを突破》
「チャージ完了――狙い撃つよッ!!」
サイトをウィークポイントに合わせる。
体勢が少しだけズレているから機体の位置を修正。
シリンダーが激しく回転し、発せられる熱がコックピッド内にほのかに伝わる。
周りの視界が熱で歪み、湯気のように空間そのものが揺れ動いているように見えた。
レバーのサイドのボタンを二度押す。硬い感触のそれを二回押す事でセーフティを解除。
背中のスラスターが一気に背部を向き逆噴射の体勢に入った。
ほどよい熱を全身で感じながら、システムがロックオンを完了させる音を聞き――カチャリとボタンを押した。
「――ゥ!!?」
瞬間、凄まじい衝撃が走る。
一瞬だけ体から意識が剥がされるほどのインパクトで。
視界が眩いばかりの青の光で埋め尽くされながら、ユニットとスラスターが背後へと逆噴射をする。
機体内のエネルギー残量が勢いよく減って行く。
システムが敵の攻撃と誤認して警告を発するほどの衝撃で、エネルギーのスパーク音が雷鳴の如く響いた。
機体の姿勢を維持しながら私は歯を食いしばって衝撃に耐える。
ガタガタと機体全体が揺れながらそれに耐えれば甲高い金属音がけたたましく響く。
何かを穿ち削っている音であり、うるさいほどに響くそれを聞き続けて――光が収まって行く。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」
ゆっくりと視界が正常に戻り。
逆噴射をやめて銃口を下げた。
荒い呼吸で視線を災厄に向ければ――大きな穴が空いていた。
ぽっかりと空いた穴。
ちぎれかけた腕が宙を舞っていて。
デカブツが前に倒れようとしていた。
オープン回線越しに、誰もが絶句して息遣いだけで驚きを露わにしていた。
確かな手応え、敵の反応が薄れている。
勝ったのか。これで勝ちなのか――否、違う。
「――ッ!!」
強い心の警鐘。
身が凍り付きそうな殺気を感じた。
倒れていく災厄の頭部がぐるりと動いて、真っ赤な瞳が私を捉えた。
後か先じゃない――勝手に体が動いていた。
その場から一気に下へと降下。
出鱈目な動きでリスクも何もかもを無視して下がる。
瞬間、奴の腕が勢いのままに振られて――突風が巻き起こる。
「――ゥ!!」
激しい暴風であり、機体全体が大きく揺さぶられた。
必死に暴れようとするレバーを抑え込みながら、奴から機体を大きく離す。
そうして、奴へと再び視線を向けて――絶望した。
ちぎれそうになっていた腕。
それが奇妙な動きで奴の空いた穴を一気に塞ぐ。
そうして、別の腕が生えたかと思えで腕が合計で四本になっていた。
体全体に真っ赤な光が灯り始めて、それがドクドクと心臓のように鼓動していた。
システムがそれらを認識し、ウィークポイントであると知らせて来る――冗談だろ。
見えるだけでウィークポイントは七つはある。
頭部のそれもウィークポイントの反応を発していた。
それら全てを破壊する為には、どんなに少なく見積もろうとも七発は必要になる。
無理だ。絶対に出来ない――やるしかない。
諦めたところで何になる。
負けを認めれば帰れるのか――それは違う。
アイツの目にはハッキリと私が映っている。
今の一撃で仕留められなかったが、奴にとって私は脅威であると認識された。
逃げようとも確実に殺しに来る。何故か、そう感じた。
それほどまでに強い憎悪と殺気を感じたからだ。
「腹を括れ――ぶっ殺すんだよッ!」
私は汗がにじむ手でレバーを握りしめた。
そうして、もう一度奴へと攻撃を仕掛けようとして――ッ!
掌が私に向く。
攻撃動作に入ったモーションであり。
私は迷うことなく回避を選択した。
全力でユニットを動かして、奴の射線から逃れて――空間が震える。
放たれたレーザーが大地を裂く。
土煙が舞い上がりながら、轟音と共に荒野に大きな溝を生み出した。
一瞬でも反応が遅れていれば確実に死んでいた。
その事実が私の胸の鼓動を速めて息苦しさを感じさせる。
呼吸が出来ない、息が苦しい。
これは何だ。私の体はどうなっている――恐怖だ。
かつてないほどの恐怖が私の呼吸を止めている。
このまま窒息で死んだ方がマシだと言っているんだ――冗談じゃない。
「かはぁ!」
無理やりに息を吸い込む。
咳き込みながらも何とか生暖かい空気を取り込んだ。
奴は私の事を見つめていて、攻撃の機会を伺っていた。
もしも足を止めれば、再び攻撃を仕掛けてくるだろう。
アイツには私しか見えておらず――だからこそ、精鋭の動きが分からない。
「――そこだよ」
凄まじいスピードで、足元から縫うように這い上がるメリウスたち。
熟練のパイロットが繰り出す操作技術で。
瞬く間に奴の頭部まで上がったカメリアの精鋭たちは一斉に奴の目に向けてありったけの攻撃を仕掛けた。
《――!!》
初めて聞こえた化け物の悲鳴。
やはり生きている。アイツは生命体であり、痛みで苦しんでいた。
コアとしての目が見えなくなった奴は手を振り暴れる。
カメリアの精鋭たちは、そんな敵の動きを察知して散開した。
隊長機であるメリウスは私をチラリと見て来た――上出来だ。
チャージは既に完了している。
次に狙うのは奴の脇腹で――ボタンを押す。
またしても発生したインパクト。
意識が一瞬だけ飛んだ感覚を覚えながら、私は必死に衝撃に耐える。
シリンダーが激しく回転する音。
金属をガリガリと削り取って行く音。
エネルギーそのものが荒々しく動く音。
音、音、音、音音音音音音音音音――消えていく。
荒々しい音色が薄れていき、視界の色が戻る。
私は断続的な呼吸を繰り返しながら、ぽたぽたと顎から汗を滴り落としていった。
そうして、敵に穴が――ブースト。
なりふり構うことなく、一気に上へと連続ブーストを行う。
限界まで高度を上げるが、向けられた掌は執拗に此方を狙っていて――ユニットを蹴りつける。
一瞬の判断で脚部の固定を外し、ユニットを踏み台として力のある限り跳躍。
メインとサブ全てを総動員してブーストして――ギリギリを光の線が駆け抜けていく。
「――」
一瞬、ひやりとした感覚を覚えた。
死人の顔が見えたような気がして――空の雲が別たれていた。
「――はぁ!!」
呼吸が完全に停止していた。
思い出したように空気を取り込む。
機体の姿勢を安定させた。
無事だったユニットが舞い戻り、私は再びその上に乗る。
脚部を固定しながら、ジッと奴を見つめて――はは、何だよ。
開いていた筈の穴が再び閉じた。
そうして、全身から目のようなものが浮かび上がる。
災厄。正にその名の通りの怪物へと変わり果てて――後、五つ。
保たない。体がついていかない。
無理な操縦を続けたせいで、体中が鈍い痛みを発していた。
もしかしたら骨に罅が入ったかもしれない……でも、休む暇は無い。
輸送機に戻れば、絶対に奴は此方に攻撃を仕掛けて来る。
あのレーザー兵器の射程は凄まじく。
背中を見せれば確実に消される。
相対して高機動状態で常に飛び続ける必要がある。
それが生存率を高める唯一の方法で――何だ?
強制的に通信を繋がされた。
相手はSAWの職員で――巨大なバトルシップが向かってきている。
《皆さん、ご苦労様でした。これよりは我々の仕事になります。どうか、そのままで》
「何言って――っ!」
合計で三機のバトルシップ。
空を飛ぶ戦艦と称されるそれらの主砲が災厄へと向けられる。
そうして、限界まで貯めたエネルギーを――放つ。
轟音と共に放たれたエネルギー砲。
それらが一気に三つのコアを穿つ。
災厄は絶叫を上げながら、体をバラバラにされて――ダメだッ!!
奴の掌が全てバトルシップへと向く。
どんなに強力な武装があろうとも、アレでは良い的で――何だッ!?
バトルシップから無数のメリウスが飛翔する。
拡大して見れば、ネームドも混じっていた。
奴らは空で陣形を作り上げて機体を大きく広げて――エネルギーフィールドか!
碌な武装も持っていないのは、機体の全てをエネルギーフィールドに集中させる為。
それも一機や二機ではなく。合計で五十機以上はありそうなそれから繰り出される多重バリア。
災厄から放たれたレーザーが真っすぐにバトルシップへと放たれて――凄まじい閃光が迸る。
空間そのものが揺れている。
遠く離れている私のところまで熱が伝わっているように錯覚するほどの光量で。
思わず片手で眼前を防ぎながら、敵の攻撃が終わるのを静かに待つ。
やがて、レーザーによる攻撃が終わり――無傷のバトルシップがそこにはあった。
バリアを展開していたメリウスたちはすぐにそれを解く。
そうして、バトルシップの射線を開いて――主砲が火を噴いた。
全力の艦砲射撃であり、災厄はなすすべなくその体をバラバラにさせていく。
奴の絶叫が木霊する。消えゆく命の最期の咆哮だった。
全てのコアを砕かれて、化け物の黒い装甲がハラハラと風に乗って消えていった……終わった、のか?
私は暫くの間硬直していた。
最初に出したのは疲れ果てて絞り出した乾いた笑い声で――
「……何だい……最初から、お前たちで、出来たんじゃ……」
《ははは、それは無理ですよ。先ず最初に隠されたコアを見つけ出し破壊。その後に最低でも後一つはコアを砕く必要がありましたから。でなければ、勝率は精々が三十パーセントほどでしたよ。バリアの展開は二度目は無理で、バトルシップからの全力の射撃も、三度目をすれば帰れなくなりますからねぇ》
「……女の独り言を聞くなんざ。趣味が悪いね……たく」
災厄の反応が消えていく。
終わった。確実に奴は死んだ。
メリウス擬きの残骸も消えていき。
見れば坊やの機体も――――は?
坊やの機体が浮いている。
しかし、四肢はだらりと下がっていて。
その胴体部には真っすぐに――漆黒のブレードが生えていた。
「――!」
やられた。
そう感じた瞬間に、私は奴へと接近する。
消えていくのは分かっている。
だけど、死んだ坊やの無念を晴らさないまま――
《――ト、ク――ウ、セヨ――》
「こと――ッ!!」
奴の姿が消えた。
そうして、奴を探そうとして――機体が傾く。
何故、傾いて――違う。
頭部のセンサーが切られた。
映像がぶつりと消えて、金属音が一瞬にして響く。
そうして、遅れてシステムが警告を発し手足が切断せれた事を告げる。
バランスを崩した機体。
錐もみ回転しながら、下へと落ちていく。
辛うじてメインスラスターは生きている。
私は必死になってメインスラスターを操作して、何とか機体の姿勢を安定させて落下スピードをギリギリまで落とし――ッ!!
強い衝撃。
大きな音を立てながら、機体がゴロゴロと転がって行く。
体がゴムのように跳ねて、シートにガンガンと頭をぶつけた。
シールドの一部が割れて破片が飛ぶ。
そうして、激しく機体を転がせて――ゆっくりと停止した。
「はぁ……はぁ……はぁ……っ」
計器が割れてそのガラス片が腕に刺さった。
私は朦朧とする意識の中で、それを乱暴に指で抜き取る。
ドクドクと出血する腕。傷口を抑えながら、ポケットから止血剤を取り出す。
クリーム状のそれを軽く塗ってから、私はゆっくりとした動作でコンソールを手繰り寄せる。
カタカタと指を動かしながら、何とか補助センサーを起動させて――え?
空にはメリウスが”一機”飛んでいた。
黒く濁りを帯びた赤い機体であり、その手には光沢を放つブレードを二本携帯している。
奴の周りには何も無く、あるのは宙を舞う――残骸だけだ。
アレらは知っている。
先ほどまで一緒に戦っていた傭兵たちのメリウスで。
その他にも白い機体もあり、それらはカメリアの――
《馬鹿なッ!! アレを殺せば全て消える筈ッ!!? 何故、何故だッ!? アレは一体――や、奴を殺せッ!!》
《何を馬鹿なッ! 武装は何も――――…………》
瞬きをするだけの一瞬。
それだけであの赤い機体は音も無く、ネームドの前に姿を現す。
そうして、ネームドが言葉を全て言い切る前にコックピッドを狙って一刀両断した。
ひらひらとそれが落ちていき――爆発。
《あ、ああああぁぁぁあぁぁぁ!!?》
あの中で一番強かったであろうネームド。
私でもそのエンブレムを知っているほどの傭兵で。
そんな傭兵が一瞬で屠られた。
その事実を認識した瞬間に、全てのメリウス乗りの心に恐怖が植え付けられた。
恐慌状態の中で、なりふり構わず攻撃を仕掛ける奴らもいた――全て一瞬で斬り殺された。
悲鳴を上げながらバラバラに逃げ惑う奴らもいた――空を滑るように移動した奴にすれ違い様に斬り殺された。
戦っても、逃げても――等しく殺される。
バトルシップに乗っているであろう職員の男が奴を攻撃する様に言う。
シップの防衛装置を遅れて起動し、実体弾が奴を襲った。
来い弾幕が展開されながらも、奴はそれらを隙間を縫うように移動し接近。
向けられた主砲をその一太刀で斬りながら、流れるようにその刃に黒いエネルギーを満たして――放つ。
半月状の斬撃――いや、アレよりも更に大きく強力だった。
放たれたそれらが一瞬にしてシップを半ばから両断。
遅れて艦が爆発し、奴はそのまま別のシップに向けても攻撃を仕掛けた。
オープン回線越しに、職員の泣き叫ぶ声が聞こえて来る……私はそれを無言で切る。
意識が薄れていく……あぁ、これ、血か。
頭から何かが垂れているような気がした。
遅れて、これが自分の血であると気づく。
私は薄い笑みを浮かべながら、胸のポケットから銀色のシガーケースを取り出した。
中から一本取り出して、ライターで火をつける。
片手で邪魔なヘルメットを脱ぎ捨てて、開放的になった口で煙草をくわえる……うまいね。
吸い込んだヤニを肺にためる。
そうしてゆっくりと噴き出して――咳き込む。
空気を取り込むだけで体が痛む。
これではまるで、初体験のガキのようで――負けたんだ。
災厄との戦いで、秘密兵器まで持ち出して。
完全に勝ったものだと油断して……皆が皆、殺されようとしていた。
分かっている――抗えない。
戦場で死ぬのは弱い奴で。
災厄とか関係なしに、負けた私は死ぬしかない。
当然だ。当たり前だ……でも、まだいるんだよ。
補助モニター越しに見える景色。
最後のシップも落とされてどでかい花火が上がっていた。
黒煙が立ち上り、レーザーで切られて見える青空へと上がって行く。
無数の残骸が転がり死体だらけの荒野の上で、奴はジッと私を見つめていた。
そんな奴を細めた目で見つめながら、私はゆっくりと人差し指を小さな”点”へと向けた。
「後は、任せたよ――後輩」
《――任された》
その言葉を聞いて私は笑みを浮かべる。そうして、意識を――――…………
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