105:伝説殺しを(side:イザベラ)
襲い掛る敵の猛攻を退けながら。
時が来るのを待ち続ける。
一分一秒たりとも気が抜けない。
もしも集中力を切らせば、敵はそんな隙をついて全力で殺しにくる。
片手に握ったハンドガン。それが休むことも無く火を噴き続けて。
私は敵のブレードを半身をずらして回避した。
「くたばりなッ!!」
奴の背中目掛けて弾丸をぶち込む。
めり込んだ弾丸が奴の装甲を破壊して残骸が舞う。
ピチャリと腕にそれがつけばジュっと煙が上がる。
酸のような性質を持っているのか。
もしも、蹴りつけようものなら足事機体を持っていかれそうだ。
接近を警戒しつつ、攻撃を続けるしかないのか――通信が入る。
「終わったかッ!」
《後もう少し。ちょっとまずい。すぐに応援に――ッ!》
「どうした――ッチ!」
分析機の護衛をしている女から通信が入った。
何かと戦闘しているようであり、破壊音が通信越しに聞こえて来た。
最悪の場合を想定し、念の為に坊やにもメッセージを送っておく。
可能なら来いと指示しながら、私は混戦状態の空中から飛び立つ。
追って来る敵もいたが。
優秀なカメリアの兵士たちがそんな敵を遠慮なく撃ち落とす。
私は口笛を吹きながら更に加速――デカブツの元へ急ぐ。
グングンと接近しながら奴を観察する。
すると、一定のスピードでカメリアを目指していて……アイツ等はどうした?
今の今まで、アレに攻撃を仕掛けていた馬鹿どもの姿が見えない。
私は不安を覚えながら地面をチラリと見た。
すると、センサーが燃えている残骸が砂の上に転がっているのを見つけて――ッ!
強い警鐘――プレッシャーを感じた。
私はその場からブーストして離れる。
すると、頭上から弾丸の雨が降り注ぐ。
ガラガラと音を立てながらそれが私の追って来て――加速。
敵の弾道を見極める。
そうして、射線から一気に離れて頭上の敵を見た。
そこには両手に長大なガトリングガンを装備した漆黒のメリウスがいる。
バチバチと閃光が迸っている事から、アレも災厄から分離したものだろうと判断した。
武骨な見た目のそいつは一気に加速して私を追って来る。
そうして、その手に持ったガトリンガンの照準を私に向けて来た。
システムがロックオンされたことを知らせて来るが、アレにはロックオン機能があるのか――ッ!
何処まで再現している。
何処まで模倣出来る。
心なしかゆらゆらと像が揺れている敵の姿がハッキリとしたものになろうとしていた。
まさか、戦いの中で成長しているとでも言うのか。
それではまるで生体兵器であるが、成長する兵器なんて聞いたことが無い。
思考の合間にも敵から強いプレッシャーを感じて――降下した。
その一瞬の内に真上を弾丸が通り過ぎていく。
ドクドクと心臓が鼓動して、私は乾燥した唇を舌で舐める。
レバーを操作しペダルを踏みながら機体を回転させて背面を向く。
そうして、ハンドガンを腰部に戻してから折りたたんだライフルを展開した。
高機動状態で飛行する敵をサイト越しに見つめながら狙いをつけて――放つ。
炸裂音を響かせて閃光と共に弾丸が飛ぶ。
敵は私の弾丸を見つめながら――回避。
弾丸を見て回避しやがった。
驚異的な反応速度であり、敵はそのまま私の横にブーストし弾丸を放つ。
ガラガラと音を立てて放たれたそれが機体に迫り。
私は迷うことなく逆噴射で機体を停止させた。
凄まじいGを感じながらも、ビリビリと震えるレバーを握りしめて。
ギリギリで弾が通過し、数発がワンデイの肩に当たり弾かれた。
システムが警告を発し、肩に生じたダメージを報告してくる――が、今はいい。
敵は旋回しながら、此方へと迫って来る。
私はその場に停止しながら敵を狙う。
奴は機体を左右に振りながら私の攻撃を誘ってくる。
奴が先か、私が先か――勝負と行こうか。
ぐんぐんと速度を速めてシルエットが大きくなっていく。
敵は此方を狙っていてシステムの警告音がうるさいほどに聞こえて来る。
どんどん距離は縮まって行くが、何方も攻撃を仕掛けない。
最初に動いた方が死ぬ。それだけは分かる。
――まだだ、まだだ、まだだ。
スローモーションに感じる世界で。
ワンデイと敵の機体が見つめ合う。
互いに視界に映るのは敵だけど、互いに命のやり取りをしている。
何方が勝ち奪うかは――もう決まっているよ。
私は弾丸を放つ。
奴の頭部に弾丸が迫り――掠めていった。
破片が後ろに流れて。
奴は此方を狙い、その武装が回転を始めようとして――奴の体がはじけ飛んだ。
下から飛んできた無数の弾丸。
それらが無防備な敵の体をバラバラにしていく。
砕け散った破片が宙を舞い、敵の赤いセンサーが私を見ていた。
卑怯、姑息――それが傭兵だろ?
残骸が飛び散って、千切れた腕がくるくると回転し吹き飛んでいった。
私はゆっくりと目の前に立った草色の機体を見つめる。
《死にたいのか。ババァ》
「死ぬつもりは無いよ。アンタに花を持たせてやったのさ」
《……良く言う……オオイシたちは何処だ》
「今探している所だよ――あそこだ!」
レーダーが仲間の反応をキャッチした。
すると、災厄の胸辺りを飛行する三機のメリウスを見つけた。
一機は両手にブレードを持った漆黒のメリウスで。
もう二機は坊やと同じ草色をした細身の機体で――行くか。
敵と交戦中であり、かなり押されている。
もう一機の姿が見えないのは、そいつだけで分析機を守っているからだろう。
坊やが先陣を切って、二刀流に襲い掛かって行った。
私は少し離れた場所から様子を伺いつつ、敵に狙いを定める。
接近してきた坊やに気づいた敵は赤い双眼センサーを坊やに向ける。
そうして、周りの仲間の攻撃をブレードで弾きながら。
坊やに向かって突貫していく――まずいッ!
坊やは遠慮なしに散弾を撃ち込んだ。
しかし、敵はその散弾をギリギリで避けた。
下方向に流れるように移動しながら、坊やの背後を取り――坊やは後ろに散弾を向ける。
《――死ね》
ガスリと音が響き放たれた弾丸は――空を切る。
《――は?》
坊やの弾丸を避けた敵は彼の頭上で回転している。
まるで、踊りでも踊る様な軽やかな動きで。
敵はブレードをキラリと光らせて、坊やに叩きつけようと――放つ。
奴の死角から放った弾丸。
それは真っすぐに敵へと飛び、敵は攻撃を中断しそれを斬り伏せた。
その瞬間、中に仕込んだものが勢いよく爆発する。
坊や事巻き込んだ爆発であり、坊やが爆風と共に煙から現れる。
彼は私に殺す気かと言って来るが、返事をしている余裕はない。
一気に上へと飛び上がったそれ。
煙から出たそれはだらりと手を下ろす。
二対の剣が淡い光を放っているように見えて、否応なしに汗が流れていく。
アレは強い。他の雑魚とは大違いだ。
《気を付けて。アイツだけ動きが可笑しい。まるで、こっちの動きが見えているようなんだ》
「……似たような奴を知ってるよ」
未来予知というのか。
そういう能力を持った奴がこの世にはいると噂程度には知っていた。
私は出来ないが、ナナシは似たような事をしていた記憶がある。
回避不能。見えている筈がない攻撃を避けていたような場面が幾つもあった。
今に思えば、アレこそが未来を見るっていう力だったんだろう……本当に特別な奴だよ。
薄く笑みを浮かべながら、プレッシャーを放つ敵を見つめる。
そいつはゆっくりとブレードを上げてその切っ先を私に向けて来た。
まるで、かかって来いと言わんばかりで――上等だよ。
分析が終わるまでは暇なんだ。
精々、メインデッシュが来る前の前菜として――楽しませてもらうよッ!!
仲間たちは誰も一言も発する事無く散会した。
分析機の護衛をした二人の女たちは、距離を離しながら手にしたサブマシンガン二丁で攻撃を放つ。
敵はそれを軽やかな動きで回避しながら、私に迫ろうとした。
が、そんな隙を見逃すはずがなく。
死角から迫った坊やが散弾を放つ。
奴は見えていない筈のその攻撃を上に上昇する事で回避。
狙いを私から坊やに変えて攻撃を仕掛けようとした。
二刀のブレードを振るう。
すると、それを坊やはギリギリで避けた。
胴体の装甲スレスレを通過し、坊やはそのまま距離を離しながら弾丸を見舞う。
敵はブレードを拳ごと高速で回転させて打ち払う。
そうして、そのまま逃げる坊やを追いかけようと――させないよッ!!
追いかけようとした敵の背中に弾丸を放つ。
すると、敵は予想通りに左に動いて――弾丸が奴の脇腹に当たる。
破片が散り、敵が驚いているように感じた。
未来を読める敵と戦う時にどうすればいいか。
それを考えていた時に編み出した作戦で、上手く決まった様だ。
未来が見えるって言っても全てが見える訳じゃない。
あの短い時間で見えるのは、精々が数秒後のワンシーンだけで。
こうやって、時間差で敵の動きを予測して放った攻撃は連続して見る事が出来ない。
一発目はブラフで、二発目こそが本命――私は笑う。
「策が嵌る時ってのは気持ちがいいねッ!! そうだろ泥人形ッ!!」
《――》
スラスターの音が鳴き声のように聞こえて。
私はそれに笑みを浮かべながら、小さく言葉を発した。
「受け取れよ」
その言葉を発した瞬間――奴の機体が爆ぜた。
時間差での爆発であり、アレだけの時間があれば敵も離れると考えた。
その結果、私たちから距離を取った敵はたった一人で爆散した。
粉々になったであろうそれの残骸がひらひらと舞う。
私たちはそれを静かに見つめてから、すぐに分析機の元に急ごうと声を掛けて――ッ!
私は一気に機体を動かした。
そうして、空中で停止している女の機体を蹴る。
女は悲鳴を上げて――私たちの間を何かが通り過ぎて行った。
半月状のそれは黒いエネルギーで――飛ぶ斬撃だ。
煙が一気に晴れる。
その中心には、体を半ばから失った敵がいる。
奴の腰辺りからぽたぽたと黒い何か滴り落ちて――再生した。
「マヂかッ!」
《そんな!》
驚いている女共。
蘇って来たゾンビを見つめていれば、奴はブレードを振るい――斬撃を飛ばしてきた。
再び散開しながら、敵の攻撃を避けていく。
機体の動きが速くなっていて、狙いの精度も格段に――ッ!
敵がセンサーを光らせた。
瞬間、遠く離れていた筈の敵がすぐそこに迫っていて――敵がバラバラになる。
《ババァ!!》
散弾を連続して放ちながら、ゾンビに攻撃を続ける。
ガシュガシュと空薬莢を排莢しながら、敵は体から破片を飛び散らせた。
体がバラバラになっていく。しかし、その目からは光は消えていない。
坊やは私たちに向けて叫んだ。
《行けッ!! 此処は俺が食い止めるッ!!》
《ユイト!? 何言って》
《ババァ!! テメェもだ!! 護衛は出来ないが、こいつだけは絶対にお前に近づかせないッ!! さっさと秘密兵器装備しておけッ!!》
「――分かった」
私はアッサリと承諾する。
坊やの覚悟は本物であり、これ以上の問答に意味はない。
ごねようとした女共を引き連れてその場を後にすれば、背後で炸薬の音が連続して響く。
「分析はもう終わるか?」
《……えぇ、そろそろよ……来た。データを送る》
「……さぁ、仕事だよ」
送られてきたデータを反映する。
表示された災厄の体。
その胴体の右肩下あたりに僅かに反応がある。
巧妙に隠されていたようだが、アーテックスの分析機の力で暴く事が出来た。
十中八九、それが私たちにとってのコアであり――後は、破壊するだけだ。
二人にすぐに此処から離れるように指示する。
奴らは私の護衛をすると言いだしたが、それは無理だ。
「スラスターが不調だね? 敵のアレが当たったか」
《――どうして!?》
「見たら分かるよ。護衛がしたけりゃすぐにそれを直してきな。分かったね?」
《……分かった。武運を》
「はいはい」
通信を切り、私はその場から離れる。
追って来ている敵はいない。
カメリアの兵士や傭兵たちは、雑魚を片付けている。
しかし、誰も奴へと攻撃を仕掛けられない。
仕掛けたとしても、奴らの仲間を増やすだけだと理解しているから。
手をこまねいている奴らを見つめながら、私はヴァンたちに合図を送る。
すぐに受託した事のメッセージが送られてきた。
私は肩を鳴らしながら、唇を舐める。
「ジャイアントキリングといこうかね――アンタの分は無いかもしれないよ。ナナシ」
私は闘志を滾らせる。
そうして、向こうから向かってくるカグツチを見つけて勢いよく加速する。
互いに限界まで速度を上げて――私は背中を向けた。
カグツチは私の腕に迫り、ガシャリと接続される。
内蔵されたアームが一瞬で私の機体とパイプを繋げる。
機体と武装がリンクし、足元には空中移動用のフライトユニットが通過しようとした。
私はそこに機体の足をつけて、ガチャリと脚部を固定させた。
大型のハイエネルギーライフルを装備し。
機体のサイトが拡張されて更に情報が刻み込まれる。
私は静かに息を吸ってから、敵に銃口を向けた。
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