096:止まる事は許されない

「どうして、どうして……あぁぁぁぁぁ!!!!」

「アイリ、アイリ……頼むから、返事をしてくれ……頼む、から!」

「…………はは」


 比較的無事であったメリウス収容用の格納庫内。

 多くの人間たちがこの場にいて、俺もその場に立っていた。

 周囲を見れば色々な人間たちがいて、己の感情を曝け出していた。

 俺はそれらを静かに聞きながら、その光景を目に焼き付ける。

 

「……」

 

 目の前には無数の袋が置かれている。

 冷たく動く事のない何かが詰まった袋たち。

 見慣れた黒い袋であり、その中には多くの人間たちが入れられていた。


 原型が残っているのならまだいい。

 真っ黒になった死体に、手足がバラバラになった死体。

 上半身だけや下半身だけ……地獄だ。


 耳を澄ませば、無数の声が聞こえて来た。


 ある者は死体の前で泣き崩れて、恋人の名を叫ぶ。

 ある者は死体を呆然と見つめながら、その瞳に黒い炎を宿して。

 ある者は、ある者は、ある者は――同じだ。


 怒りや悲しみ。

 そして、憎しみに溢れていて……まるで、あの時の俺のようだった。


 エマを殺されて、激しい憎しみを抱いて。

 その宿敵は一人の少女ですら手に掛けた。

 自分が殺した実感はない。だが、その憎き仇は死んだ。


 今、彼らが憎んでいる相手は誰か。

 襲撃者の男か。命無き無人のメリウスたちか……それとも、目的を与えてしまった俺か。


「……っ」


 ずきりと心臓が痛みを発した。

 強い刺すような痛みであり、俺は思わず自分の手で心臓を抑えた。

 この痛みは知っている。何度も感じて来た痛みであり。

 一生なれる事は無い痛みだった。


 俺の所為だ。

 俺の所為で、奴らは此処に攻め込んできて。

 関係の無い人間が巻き込まれて死んでいった。


 もしも、俺が此処に来なければ。

 もしも、俺が新型何て求めずに現状で打開策を講じていれば。

 もしも、俺があの黒いエネルギーをあの場で使わなければ。


 

 もしも、もしも、もしも、もしも――意味なんて無い。



 あったかもしれない未来。

 そんなものに縋りついたところで、何も変わりはしない。

 過去に戻るなんて事は絶対に出来ない。

 誰かを生き返すなんて奇跡は俺には起こせない。

 過去ばかりを見ても、それが俺や周りの人間に何を齎すのか……結局、これだ。


 どんなに成長しても、どれだけ自信を持とうとも。

 俺は過去ばかりを見て、今も未来も無視している。

 未来を語ろうとした時よりも、過去に囚われる時間の方が多い。

 分かっている。俺は過去を見る事で、今という現実から逃げたいだけだ。


 過去に逃避し、全てを忘れようとしている。

 自己防衛本能で……いや、現実逃避をしているだけだ。


 今、目の前で広がっている光景を作り出したのは奴らだ。

 しかし、原因を作ったのは間違いなく自分で。

 俺の責任である事は変わらない。

 その事実は重く、俺の罪として一生残るものだろう。


 ゆっくりと足元に転がるそれを見つめる。

 その袋はそのほとんどが薄い。

 人間が入れられているが。袋の中には奇跡的に見つける事が出来たその一部だけで……”ヨハン”と書かれていた。


「……ごめん」


 ヨハンは死んだ。

 理解していた。あの攻撃はコックピッドを狙っていた。

 あの攻撃を受けて生きている筈なんて無い。

 しかし、それでも俺はヨハンであればケロッとした顔で姿を見せるんじゃないかと思っていた。


 だからこそ、すぐにヨハンの元へと駆けつけて。

 俺はヨハンの名を叫びながら、アイツを探して……アイツの右腕を発見した。


 憶えている。

 アイツと交わした握手を俺は憶えていた。

 ゴツゴツとした手の感触であり、アイツからは何時も酒の臭いがした。

 大切な親友の武勇伝を楽しそうに語り、何時の日かは自分の事も語ってくれた。


『もしも俺が死んだら、お前が俺の華々しい死を語り継いでくれよ……なぁんてな。はは』

「……っ」


 冗談で言っていただけだ。

 それなのに、アイツらしくない言葉だと思っていた。

 今に思えば、アイツはこうなる未来が見えていたように思える。


 最後にアイツは、俺に危機を教えてくれた。

 もしも、アイツが俺に危険を知らせずに逃げていれば生き残っていたのはアイツだったかもしれない。

 ヨハンは俺の身代わりとなって死んだ。

 俺は固く拳を握りしめながら、ヨハンの亡骸が入った袋を静かに見つめる。


 もうヨハンが俺に話しかけて来る事は無い。

 もう二度と、ヨハンが俺に酒を奢れと言ってくる事は無い。

 もう二度と、ヨハンからアドバイスを貰う事は出来ない。


 現実を受け入れる。

 そうして、俺は亡き友へと言葉を送った。

 

「……忘れない……約束だったな……語り継ぐよ。お前の事を……またな」


 俺は小さく笑う。

 そうして、別れの言葉を最後にその場から離れていく。


 無数の悲鳴を聞きながら、コツコツと足音を慣らす。

 俺の近くを通る人間は小さく会釈をしてくる。

 もう誰も俺の事を異分子として見ていない。

 彼らは俺がコマンダーと戦って退けたと聞いている。

 誰が話したのかは分からないが、その話は既に広がっていて……また、ずきりと心臓が痛みを発した。


 俺は奥歯を噛みしめながら歩いていく。

 そうして、格納庫の開け放たれた扉を潜って外へと出る。


 上に視線を向ければ、雲の切れ目から太陽が見える。

 周囲は瓦礫の山であり、道もズタズタになっていた。

 今は動けるメリウスを総動員して、少しでも早く施設全体を復旧できるように皆が動いている。

 俺の休憩も間もなく終わりであり……あれは。


 視線を向ければ、ウッドマンさんと――バーナー博士がいた。


 二人とも無事であり、俺は思わず駆け寄って声を掛けた。

 ウッドマンさんは笑みを浮かべて、バーナー博士は手を挙げる。


「博士! 無事だったんですか!」

「んぁ? 当たり前だ。ユニバース・プランの達成前に死んでいられんよ。こう見えても、コソコソと動くのは得意なんでね」

「……博士、次からはちゃんと指示に従って動いてくださいよ……いや、本当に」

「ははは! まぁまぁ、我ら三人が無事で…………いや、不謹慎だったな。悪い」

「……いえ、今は無事であった事を素直に喜びましょう……ナナシさんのお陰です」

「――俺は!」

「……ん?」


 ウッドマンさんのお礼の言葉。

 それを受けて、思わず否定の言葉が出そうになった。

 しかし、寸での所で言葉が出てこなかった。

 そんな俺を見てウッドマンさんは首を傾げている。


 言えない。こんな事を言えば、俺は……俺は頭を下げてその場から逃げるように去る。


 後ろの方からウッドマンさんが呼び止めようとしてくるが無視。

 俺はそのまま全力で走って、道を駆け抜けていった。


 

 走って、走って、走って……ゆっくりと足を止めた。


 

「はぁ、はぁ、はぁ……っ」


 半壊状態の建物。

 その近くにある瓦礫の上に腰を下ろす。

 此処にはまだ誰も来ておらず。

 皆は他の場所で作業を行っていた。

 

 俺は影となっている場所で、心臓の鼓動を落ち着かせようとする。

 ゆっくりと呼吸を繰り返しながら……何だ。


 ポケットに入れていた端末が震える。

 ゆっくりと取り出して見れば、ヴァンの名前が表示されていた。


 既にこの件についてはヴァンにメッセージで報告している。

 すぐには連絡に出れないと伝えていたから、このタイミングで掛けて来たんだろう。

 俺はその通話に出ようとして――指を止める。


「……どんな顔で話せって言うんだ……俺は……」


 通話に出ようとしたが、指が動かない。

 端末は暫くの間震えていて……ゆっくりと静かになった。


 俺は静かに端末を持った手を下に下げる。

 そうして、虚ろな目で地面を見つめていた。


 俺は何なんだ。

 俺は異分子で、俺は元軍人で……だから何だ?


 こんな得体の知れない力を授かった記憶はない。

 ノイマンという男が何者なのかも知らない。

 神という存在にも会った事が無ければ、会いたいと思った事すらない。


 なのに、何で……俺なんだ。


 俺は才能に優れている訳でもない。

 俺は正義感に溢れた聖人でも無い。

 ただの人間で、世界から疎まれる異分子で――そんな俺に何で。


 力は欲していた。

 俺を拾ってくれたヴァンの為に、もっと成長したいと思っていた。

 しかし、黒いエネルギー何て求めていない。


 全てを破壊する衝動は危険で。

 死から蘇る事が出来る人間なんて、明らかに普通じゃない。

 俺は最早、人間という枠組みに収まらない存在で。

 だからこそ、神に目を付けられたと考えるのが普通だ。


 知っている。

 神は秩序を乱す者を許さないと。

 だからこそ、理から外れた異分子を疎み排除しようとしていた。

 唯一、自らの管理下に入る事を受け入れた異分子だけが生かされる。


 ……だが、俺はどうなる。


 異分子でありながら、得体の知れない力を持ち。

 思いがけず三大企業と深く関わってしまった俺を神はどう思っている。

 理から外れ、自らの手から離れようとしている俺を……これが、俺が払う代償なのか。


 力を求めた結果、俺はこの力を手にした。

 その結果、俺は多くの人間の運命を狂わせた。


 エマも俺と出会わなければ、もっと違う生き方が出来ていたかもしれない。

 大司教も違う人間が護衛につていれば、あんな死に方をせずに済んでいたかもしれない。

 マリアも俺と出会って神父の事を話さなければ、少なくとも何も知らずに生きていただろう。

 俺が災厄を倒す為に新型を求めて此処へ来なければ、彼らが死ぬ事は無かった。


 俺は手からぽろりと端末を零す。

 カタリと地面に当たり、カラカラと転がる。

 俺はそれを静かに見つめながら、片手で己の顔を覆う。


 

 

 理解した。理解してしまった――全て因果なのだと。


 


「……俺が力を求めたから……俺が、知識を欲したから……俺が、俺が……皆の未来を……っ!!」



 

 動悸が激しくなる。

 そうして、視界がぐにゃりと歪んだような気がした。

 胃の中から何かがこみ上げているような感覚を覚えて。

 俺は立ち上がりながら、よろよろと歩いて――ぶちまける。


 胃の中のものが逆流し、体外へと放出される。

 胃液が混じったそれが瓦礫の中にぶちまけられて。

 俺は浅い呼吸を繰り返しながら、瞳からぽろぽろと雫を零した。


 耐えられない。受け入れられる筈がない。

 こんなにも重い代償を、こんなにも苦しい罰を……でも、それでも。


 俺は乱暴に口を腕で拭う。

 瞬間、背後から通知音が聞こえた。

 俺はよろよろと歩きながら、落ちていた端末へと近づく。


 ゆっくりと膝をついてそれを回収し立ち上がる。

 通知されたのは新着のメッセージが入ったというもので……ヴァンか。


 連絡が繋がらず。

 止むを得ずメッセージで何かを伝えに来たのだろう。

 俺はそれを開いて内容を確認し…………遂にか。


 

『SAWから依頼が入った。例の計画が始まるらしい……詳しい事は通話で話す。猶予はあまりないが、準備を進めてくれ……自分をあまり追い詰めるなよ』

「……」


 

 SAWからの依頼。

 それは災厄との戦闘を開始する合図で。

 俺はこの日の為に準備を進めて来た。


 大勢の人間の人生を狂わせた。

 その事実を変える事は出来ない……認めるよ。


 俺が悪い。俺の責任だ。

 でも、それを理由に足を止める事は出来ない。


 取り返しのつかない事になってしまったのなら。

 これから先へと進む義務が俺にはある。

 死んでいった人間に報いる事は出来なくても。

 その死を無意味にする事だけは絶対にしたくない。


 

 

「……進むよ。未来へ……俺は災厄と戦う。それだけだ」




 端末をポケットへとしまう。

 そうして、俺は空を見つめる。

 雲の切れ間から出た太陽。

 その光の柱が地上へと降り注ぐ。

 まるで、暗く冷たい世界に光と熱を与えているようで。

 俺はそんな幻想的な光景を目に焼き付けながら、ゆっくりと足を動かして歩き始めた。

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