095:己の責

 次から次に斬撃が飛ぶ――瞼が閉じられない。


 目まぐるしく変わる景色。

 その中心には必ず奴がいて、四方八方から斬撃を飛ばしてきた。

 その一つ一つを己の勘で捌く。

 が、防ぎきる事が出来ずに何発か貰ってしまう。


 浅い斬りつけだ。

 まるで、お前なんて何時でも殺せると言わばかりで――面白いなッ!!


 圧倒的なまでの強者。

 相手の命を掌の上で転がせられるほどの技量。

 とんでもない化け物であり、今、俺はそいつと戦っている。


 溢れてくる。心の奥底から破壊衝動が。

 壊したい。目の前の敵をバラバラになるまで破壊したい。

 そんな衝動を一度でも受け入れてしまえば、後戻りは出来なくなる。

 理解している。一度はそれで暴走したのだ――関係ない。


 此処で力を使わなければ、俺は確実に死ぬ。

 今はこいつの気まぐれで生かされているだけで。

 飽きたらアッサリと殺されるだろう。


 

 どうせ死ぬのなら――出すしかないだろうッ!!


 

《――!》

「は、ははは!」


 溢れ出る黒い炎が体の支配権を奪おうとする。

 させない。この体は俺の物であり、他の人間には渡さない。

 自らの強い意思で、得体の知れない何かを抑えながら。

 俺はアンブルフ全体に黒いエネルギーを駆け巡らせる。


 カッと目を見開けば、奴の攻撃の軌道が見えた。

 残像のように浮かび上がるそれら。

 後ではなく、先の攻撃であり――機体を動かす。


 機体全体の出力が大きく向上した。

 感度が更に跳ね上がり、機体が凄まじい速さで駆動した。

 防ぐだけで手一杯だった攻撃を、俺は難無く防いでいく。

 甲高い音とスパーク音が混ざり合い。

 俺の黒いエネルギーと奴のプラズマが線香花火のように弾けた。

 俺は笑みを深めながらその光景を見つめて――斬撃を放つ。


 奴は機体を大きく下へと降下し回避。

 が、その未来が見えていた俺はそのままブーストし再び奴の前に立つ。

 逃がさない。確実に――殺す。


 連続してブレードを振るう。

 奴はその斬撃を受け流そうとした。

 が、想像以上の重みに苦戦したのか、たまらず機体をよろつかせた。

 そうして不格好のままで、俺の攻撃を防いでいく。


 隙だらけ。そんな姿勢で、何時まで保つのか――違う。


 誘っている。

 此方の全力の一撃を誘発させようとしていた。

 俺は敵の狙いを看破して――全力の攻撃を放つ。


 大ぶりの一撃であり、奴の胴体部にそれが迫る。

 奴は俺の攻撃を認識し、下から俺の斬撃を弾いた。

 刃の側面を膝で蹴り上げて、そのまま俺の胴体はがら空きになる。

 奴はそんな隙だらけの俺のそこに手に持ったブレードを突き刺そうとした。

 迫る刃。それを見つめながら――笑う。


 奴の最速最短の刺突。

 回避不能、防ぐ事も出来ない。

 理解している。理解しているからこそ――待っていた。

 

 装甲を抉られる音。

 残骸が周囲に飛び散り、中のオイルがぶち撒かれた。

 火花が散り、スーツに掛かり僅かに熱を感じた。

 ヘルメットに残骸の一部が当たりシールドに罅が入る。


 

 精確な突きは俺のコックピッドの――すぐ近くを抉って行く。


 

《――!》

「ははは!!」


 

 これが狙い。

 奴の誘いに乗ったのは、この未来が見えたから。

 奴の刺突は防ぎようがない。

 だが、どの位置でどのタイミングで来るかが分かっていれば、機体をほんの僅かにずらす事は出来る。

 危険な賭け。一歩間違えれば死んでいた――が、俺は生きている。


 ひび割れたシールド越しに奴の機体を見つめる。

 そうして、そのまま返す刀で奴の肩から下へと斬撃を放つ。

 勢いのままに振りかぶられたそれが、奴の装甲を切り裂いて――ッ!?


 感触が浅い。

 手応えは僅かであり、見れば奴の機体が僅かに後方へと下がっていた。

 知らない筈だ。予測出来ていないのに。

 奴はあの一瞬にも満たない時間で、機体を後ろへと流した。

 凄まじい反応速度であり、恐ろしいまでの技術。


「だったらッ!!」

《――!》


 奴は俺から一気に距離を離す。

 そんな奴を追って俺は機体を加速させた。

 コックピッドのハッチを強制的にパージ。

 ガシュリと音がしてそれがはじけ飛び、有視界戦に切り替える。

 全身に強烈な風を浴びて、呼吸が出来ないほどに苦しい。

 意識どころか、一瞬で体がバラバラになりそうだった。

 辛うじてスーツにより耐えられているが、シールドはひび割れていて空気が漏れている。


 だが、どうでもいい。今はただ奴と――戦っていたい。


 全力で奴を追う。

 奴は背面飛行をしながらバラバラと弾丸をバラまく。

 俺はそれを回転により回避し、ブレードの刃で弾く。

 ロイドは無言で宙を舞うシールドを動かして、奴へと攻撃を仕掛けた。

 奴はロイドの操るシールドユニットを認識し、短距離でのブーストを連続して行う。

 爆発音が響き渡り、奴の周りを飛んでいたシールドユニットは一瞬奴の姿を見失う。

 奴はそのままシールドの露出している機構を狙い、弾丸を見舞った。


 ユニットの弱点。

 奴はそれを短い戦闘の間に看破した。

 そうして、針の穴に糸を通すような至難の技を披露して――ユニットが爆ぜる。


 一気に全てのユニットを破壊し、残骸が此方に向かってくる。

 俺はそれを上昇する事によって回避。

 奴はその一瞬の動きをつくように、一気に下へと降下していった。

 俺も奴を追うが、奴はそのまま施設の方へと向かう。

 何をするつもりなのかと警戒していれば、奴は建物の残骸へと飛び――炎を巻き上がらせた。


 炎の海へと突っ込みスラスターから発せられる風で炎を巻き上げた。

 火の粉が舞い、俺の眼前がそれで埋め尽くされて――突入する。


 灼熱へと機体を突っ込ませれば、体全体に強い熱を感じた。

 スーツの耐熱性が高くとも、強烈な熱は感じられる。

 奴は俺を試した。コックピッドを露出させた俺が火の海に飛び込むかを。

 飛び込むさ。迂回すれば奴との距離が開く――迷う事なんて無い。


 炎の海を突破し、奴を追う。

 奴は機体を回転させながら、地面スレスレを飛行し――弾丸を建物の残骸へ放つ。


 弾が当たれば残骸が砕けて破片が宙を舞う。

 奴はお構いなしでその中を飛び、俺は笑いながら同じように突っ込んだ。

 見える。見えているぞ――破片が装甲に当たる音が響く。


 ガチガチと音が鳴り、細かい破片が内部に侵入し俺のヘルメットに当たる。

 頭が軽く揺れながらも、俺は奴から目を離さない。

 そうして、更に機体を加速させて奴へと迫る。


 遊びは終わりだ――次は俺の番だッ!!


 腕部を奴へと向ける。

 そうして、ロックオンサイトも無い中で奴へと狙いをつける。

 左右に揺れるように飛行する奴に狙いをつけて――レーザーを放つ。


 真っ赤な線が奴へと飛ぶ。

 奴に当たりかけたそれは――回避された。


 連続して奴へと放つ。

 光の線が奴へと迫るも、奴はその全てが見えているように回避。

 片方のレーザーの弾数が無くなりパージ。

 俺はそのまま奴へとブーストにより迫り、ブレードを叩きつけた。

 レーザーでの攻撃を警戒していた奴は俺のブレードを咄嗟に自らのブレードで受ける。

 受け流しも出来ないままに防いだそれだが、俺が全力で振り抜けば奴の機体は地面へと激突する。


 バラバラと残骸が舞い。

 土煙が上がって――ッ!!


 ほんの一瞬。

 瞬きをするような時間だった。

 その間に、強い音が鳴って俺は咄嗟に背後にブレードを振るう。


 確かな手応え、何かを切断した。

 俺は笑みを浮かべようとして――驚愕した。

 

 そこにあったものは、奴が背負っていた筈の大型のバックパックだ。

 バチバチと音がして、それが爆ぜようとして――まずいッ!!


 残りのエネルギー何て考えてられない。

 俺は全てのリスクを無視して一気に上へと加速した。

 数秒遅れて、下から爆発音が聞こえて――ッ!!


 怖気が走る。

 背中から強いプレッシャーを感じた。

 俺はそれを見る事が出来ない――否、間に合わない。


 俺は咄嗟にブレードを手から零す。

 瞬間、背後から俺の機体が斬りつけられた。


 完全な回避は出来ない。

 だが、機体をずらすのが間に合い。

 右腕が切断されるだけで済んだ。

 派手な音を立ててバラバラと残骸が舞い、システムが警告を発して――弧を描くように笑う。


 残った腕を下に向ける。

 そこにあるのは俺が落としたブレードで――レーザーを放つ。


 レーザーの刃に俺のレーザーが当たる。

 賭けだった。強度が足りなければ壊れるだけで、成功する確率は限りなく低い。

 考えている時間は無く、一瞬の判断で実行した。

 ブレードに触れたそれが真っ赤に赤熱し――甲高い音を立てて弾かれた。


 進行方向が強制的に変わり。

 俺の元へと飛ぶ――俺はそれを回避した。


 真っすぐに飛ぶそれは、俺の背後をへ進む。

 そうして、後ろでブレードを振りかぶった状態の奴に――当たった。


《――何と》

「はは!」

 

 奴の驚きの声が聞こえた。

 今の一撃が何処に当たったのかは分からない。

 しかし、確実に機体には当たった。

 そして、奴はその一撃で動きを止めていて――終いだ。


 生成器を起動。

 その瞬間に、肩部の装置が発動し――周囲にエネルギーフィールドが展開された。


 奴は一瞬遅れて回避行動を取る。

 俺が奴へと視線を向ければ、機体の下半部がフィールドに触れてズクズクに溶けていた。

 もしも、あの大型のバックパックを装備していれば回避されていただろう。

 奴がアレを使って俺を始末しようとしたのが、俺にとってはチャンスとなった。


 俺は逃げていく奴へと腕を向けて――ッ!!


 強い殺気。

 それを感じて機体を操作しようとした。

 しかし、それよりも早くに何かが俺の腕をごっそりと削り取って行く。

 遥か彼方から放たれた砲弾であり、そちらに目を向けても敵影は確認できない。


 かなりの距離が離れている。

 恐らくは、レーダーでも探知できないほどの距離が離れているのだろう。

 メリウスであろうとも、あちらこちらで煙が上がり視界不良の中で超長距離射撃を出来るかと言えば――不可能に近い。


 強い風も吹いており、腕一本を狙うのなら。

 それこそアリの眉間を撃つようなものだ。

 エネルギーフィールドを展開していたからこそ、安心しきっていたが……迂闊だったな。


 俺は左目が血に染まる。

 額に傷があったようで、血がダラダラと垂れていた。

 黒いエネルギーがゆっくりと消えていく。

 一時的な強化もここまでであり、これ以上はまた暴走しかねない。

 俺は空中で浮遊する奴を見る。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……っ」

 

 脚部はズクズクに溶けているが。

 メインスラスターは無事であり、武装もまだ持っている。

 対して俺は両腕を破壊されて、あるのはスラスターだけだ。

 エネルギー残量は残り僅かであり、奴から逃げる事しか出来ない。


 ……良い所、引き分けだ……が、奴はどうする。


 俺はジッと奴を見つめる。

 互いに膠着状態で――奴が両手を下げる。


《……ありがとう。素晴らしい物を見せてくれて……目的は達した。何れまた会おう……その時こそは、互いに……》

「待て、お前たちは一体――ッ!」


 またしても強い殺気を感じた。

 ブーストにより一気に後退。

 瞬間、俺の目の前を砲弾が通過していき。

 奴はその隙をつくように反転して遥か彼方へと飛んでいった。


 周囲を見れば、先ほどまで戦っていた他のメリウスも去って行く。

 やはり、アレがコマンダーであり……何故か、退いていった。


 目的は新型では無かった。

 あの口ぶりからして、目的は俺であり……奴は何者だ?


 アレだけの機体を用意して、アレほどの手練れで。

 不可解な点があるとすれば、奴にはまだまだ余力があるように感じた事だ。

 試すような戦い方で、終始、値踏みするような視線を感じていた。

 アイツからは殺気らしい殺気は感じず。

 逆にあの遠方からの狙撃手は態と殺気を放っていたように感じた……まるで、避けろと言わんばかりだったな。


 奴らが何者なのかは……少し心当たりがある。


 一番関わりたくない連中で、危険だと思っていた組織。

 この世界で最も敵に回したくない奴らだが。

 もしもそいつらであるのなら、かなり困った状況になったかもしれない。


 SAWだけでも手一杯なのに、今度はアレなのか……ヴァンに報告する他ないな。


 俺は静かに息を吐く。

 そうして、後から痛みを発し始めた体を手で押さえる。

 もしかしたら、骨が折れているかもしれない。

 また負傷した事をヴァンたちに言うのは心苦しいが、この状況では仕方が無かった。


 俺は破損したアンブルフを操作して、第四棟へと戻って行く。

 視線を地上へ向ければ、火は益々強さを増していた。

 あんなにも綺麗だった施設が一瞬にして破壊された。

 見れば、メリウスから降りた警備部隊の人間たちが救助活動を始めている。


 俺は機体を置いてきたら、すぐにそれに加わる。

 少しでも多くの人間を救わなければならない。

 この状況を作り出したのは……他でも無い俺なのだから。


 ずきりと心臓が痛みを発した。

 俺が原因となり、奴らは此処に攻め込んできた。

 もしも、俺が奴らに先にコンタクトを取っていればこんな事にはならなかった。

 俺が悪い。俺の判断が遅かったせいで――多くの人間が死んだ。


 瓦礫に埋もれていた人間も、火で焼かれて炭化していた人間にも。

 等しく未来があった筈なのに、俺のせいでそれが消えた。

 死んだ人間が蘇る奇跡なんて、神以外には起こせない。

 俺は生き返る事が出来たとしても、他の人間を蘇らせる事はきっと出来ない。


 その事実を認識しただけで心臓がチクチクと痛みを発する。

 吐き気も感じて、今にも気を失いそうだった。

 地獄のような光景を網膜に焼き付けながら――俺は血が滲むほど唇を噛んだ。

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