097:お前の秘密を暴いてやる(side:ヴァン)
物が適当に置かれてそれなりに広い筈なのに少し狭く感じる事務室。
急遽、この部屋を抑える事になって来てみれば前の人間の持ち物が置かれたままで。
捨てるなり持っていくなり好きにしろと言われたそこで、俺はナナシと喋る。
部屋の中は小さなライトが灯っていて……俺は通話を終える。
「……」
カチカチと時計の秒針が刻まれる音が響き。
天井に取り付けられたファンがゆっくりと回転していた。
時計を見れば時刻は十一時頃であり、ハーランドの襲撃事件から四日が経ったのだと認識した。
あの事件が起きてすぐにはナナシと連絡が取れなかった。
きっとハーランドで救助作業や瓦礫の撤去作業を手伝っているのだろうと自分に言い聞かせていたが。
明らかに二日が過ぎても連絡が来ないのは可笑しいと思っていた。
だからこそ、今日の早朝に掛けてみようと思っていれば、まるでタイミングを計っていたかのようにナナシから連絡がきた。
近況報告を聞いてから、俺はアイツの体を心配した。
アイツは怪我は無いと言っていたが、本心で言えばアイツの心の方を心配していた。
俺のそんな不安を見抜いたのかとアイツは笑いながら心配は無いと言っていた。
俺は取りあえずそれを信じて、SAWからの依頼の件を伝えた。
そうして、これから用事があると言っていたナナシに気を遣って分からない事があればまた後で聞くように伝えておいた。
通話を終えて暗いパネルを見つめて、静かに俺はそれを下ろす。
静かに息を吐きながら、端末をテーブルに置く。
そうして、両手で顔を抑えてから天井を見つめる。
声を聞いた限りでは問題ないように思えたが……心配だな。
アイツの顔を見た時は、本当に楽しそうに過ごしているような気がした。
新しい友達が出来て、慣れないながらも試行錯誤を繰り返して新システムのコツを掴んだと。
全力で生きている人間の顔であり、最初の頃とは見違えるように変わっていた。
だからこそ、俺は安心しきっていたのかもしれない……まさか、奴らがアイツのいる所を襲うなんてな。
十中八九、襲撃者の正体はナナシを探っている連中だろう。
ナナシからの情報で、敵は今まで見たことも無いようなメリウスの”無人機”を使っていたらしい。
戦機などの多脚型戦車であれば、無人機は存在していると知っていた。
実際に見た事もあり、アレ等が使うエネルギー兵器などはSAWが開発している。
問題なのは、戦機のような比較的、無人化しやすいものならいざ知らず。
高機動戦が前提で開発されるメリウスを無人機化した例が俺の知る限りでは存在しない事だ。
……未発表の技術。実用段階に至っているそれを量産化し運用している……決まりだな。
今までは可能性というだけで断定はしなかった。
だからこそ、ナナシにも伝えていなかったが。
恐らく、アイツ自身もその答えに行きついている筈だ。
未知の技術を隠し持っていて、ハーランドの重要施設を壊滅させるだけの力を持つ組織。
そんなものはこの世に数えるほどしか存在せず。
国家でも無いのであれば他の二つの企業を除いて――”神の陣営”しかいない。
奴らはナナシを追っている。
その追う切っ掛けとなったのはあのイカれた殺人鬼との戦闘だろう。
何が奴らを動かしたのかと言えば、あの黒いエネルギー以外に心当たりがない。
奴らはナナシのあの謎の力を観測し、独自の情報網でナナシを調べ上げた。
そうして、ナナシが持つ特異性に気づいてアイツを追っていたに違いない。
分かっている。ナナシは普通の人間とはまるで違う。
アイツは実際に死ぬような目に遭って、何度も蘇って来た。
いや、死ぬような目にではなく――実際に死んでいた筈だ。
怪我の治りが異常なまでに速いのも。
ミッシェルから聞いた確実に死に至る様な薬を服用し続けていたのにぴんぴんしているのも――アイツの特異性を表している。
実際、客観的に見れば異常だろう。
僅か一か月にも満たない時間で、全身の骨が砕けたような怪我を治せたんだ。
あの黒いエネルギーを抜きにしたって、真面な人間ではない。
「……狙う理由は十分か……だが、何で施設を襲った?」
もしも、ナナシの確保が目的であるのなら。
神の権限を使えば、如何に三大企業と言えど逆らえない筈だ。
時間を先延ばしにする事が出来たとしても、何時かは会わせる他ない。
どんなにセシリアが優れていても、神という存在を敵に回せると思うような軽率な人間じゃない。
だったら、何で奴らはナナシのいる施設を襲撃して……いや、待て。
「……まだ確証が無かった……いや、試したのか?」
どんなに情報が集まって、ナナシの特異性が分かっていても。
実際に目にしなければ確かめようがない。
確保してから人体実験を施そうとも、ナナシの特異性を確実に引き出せる確証は無いんだ。
だったら、実際に生死を懸けた戦いでそれを引き出そうとしたのか……だけど、それはリスクが高い。
ハーランドという三大企業の一つを襲撃して。
何の御咎めも無いなんて事は無いだろう。
実際に、ハーランドの施設が襲撃に会った事は世界中で報じられていて。
グループの総裁であるセシリア自らが会見を開き、首謀者は必ず見つけ出すと宣言していた。
アイツは静かな怒りを腹の中にため込んでいた。
決して周りにはそれを見せずに、報復を考えていたに違いない。
神の陣営であれば、隠ぺい工作もお手のものだろう。
だが、ナナシの情報通りならあの場には破壊された敵の無人機が転がっている。
自分たちが隠し持っていた技術が流出した上に、守るべき民に対して牙を剥いた事実も残るかもしれないんだ。
それなのに、奴らはリスクを承知の上でナナシを試す為に襲撃を――何故だ?
如何に、ナナシが普通の人間からかけ離れた力を持っていたとして。
それを確認する為だけに、ハイリスクを覚悟の上で襲撃を考えるものなのか。
単純に考えれば、そんなハイリスクに見合っているか。それ以上のリターンがあるからだと思うが……。
「……ナナシの何かが、神の琴線に触れた……アイツは、何を求めて……いや、待て」
”あの女”の琴線に触れるもの。
奴が求めているものは変わらない。
誰にも自らの願いを明かさない女が、”無垢な子供たちを犠牲に”してでも”生み出そう”としたもの――あり得ない。
ナナシは異分子だ。
いや、普通の人間であれそんな可能性は一ミリも無い。
アイツは特異な経験を積んでいたが。
俺のような理由で”あの場所”に送られていた訳でも無いんだぞ……違う筈だ。
「……っ」
俺の頭は絶対に違うと言っている。
しかし、心はその可能性が捨てきれないと叫んでいた。
もしも、もしもだ――”あの男”の血が流れているのなら?
生み出す事が叶わなかった存在。
多くの命を犠牲にしながらも、その全てが無駄に終わった計画。
あの女の冷たい視線を憶えている。
俺を見下しているように見えて、別の誰かを見ているような不快な目。
あの女がもしも、ナナシという存在を見ているのであれば――確かめるしかない。
「……大丈夫だ……アイツは違う……もしそうだったとしても……俺が」
テーブルに置いた手を硬く握りしめる。
もう二度と家族を失わない為に。
もう二度と大切な友人たちを殺させない為に――俺が片をつける。
俺はゆっくりと端末を手に取る。
そうして、とある人物へとメッセージを送った。
送信をおして暫く待ち――すぐに返事が返って来た。
そこには金を要求する文言が刻まれていて。
俺は提示する金額を全額前払いで払う事を書いて送った。
また暫く待っていれば……来たな。
《分かった。引き受けよう……ただし、もしも危険があると判断すれば手を引く。その場合は、払った金の半分はお前に返す。それでいいな》
「……十分だよ」
俺は了承する旨を伝えてゆっくりと端末を置く。
そうして、椅子から立ち上がりながらゆっくりと窓に近づく。
もう飯時に近い時間であるものの、下を見れば疎らにしか人が歩いていない。
何も無い辺鄙な場所にある小さな街であり。
此処に住む人間たちは素朴で、よそ者が来ても無関心だった。
良く言えば、あまり人の心に土足で踏み込もうとしない。
悪く言えば、困っている人間がいても手を差し伸べずに去って行くような人間たちで……今の俺たちにとっては都合がいい。
SAWの計画が始まる。
書かれていた依頼内容は、災厄の討伐であり。
そこには俺たち以外にも多くの傭兵やSAWの私設軍隊が集まるらしい。
大規模な戦闘が起こる事は必至だろう。多分だが、この戦いで無数の屍が出来上がる。
如何にイザベラであろうとも、必ず生き残る保証はない……だが、行くしかない。
こんな危ない橋を仲間に渡らせたくは無かった。
だが、イザベラは何時も通りの調子で「金になるんだろ? じゃ、私は行くよ」と言っていた。
ミッシェルもナナシが行くと決めたのなら、自分も最後まで協力すると言っていた……俺は馬鹿だ。
アイツ等が戦うと言っているのに、俺自身が弱気になっていた。
実際に戦うのはイザベラとナナシなのに……情けねぇな。
俺は自らの不甲斐なさを恥じる。
そうして、二人のサポートを全力でする事を誓った。
今、イザベラはミッシェルと共に機体の調整を行っている。
大規模な改修とはいかないが、災厄戦に向けてワンデイに改良を加えるとミッシェルは言っていた。
それはセシリアの武器に関するアドバイスからヒントを得たものだと言っていたが……一体何をするんだろうな。
前々から計画はしていて、後はそれを作るだけだと言っていた。
必要なパーツに関しては俺が掻き集めて来て、機材に関してもレンタルする事が出来た。
設計図は完成しており、災厄との戦闘が始まるまでには完成させると意気込んでいたな。
気にはなるが、出来上がるまでは秘密だと言っていた。
俺は俺の仕事に集中しろと言われて、俺はそれに従い必要な物資の手配や情報屋を使っての情報収集を行っていた。
何処で戦闘を行うかは聞いていたし、ある程度の雇われた傭兵の情報も集まっている。
そいつらと連携を取れるかは、正直微妙なところだが……まぁ、情報だけは持っておきたい。
後で同業者である傭兵派遣会社には連絡する。
今回は敵ではなく、同じ目的を持った仲間だ。
個人の傭兵なら話を聞くような奴はいないが。
会社で雇用されている奴らならば、話しくらいは出来るだろう。
傭兵との連携を取れるようにしつつ、討伐対象である目標の情報も得たい。
少しでも災厄に関する何かが分かれば御の字だ。
弱点でも特徴でも何でも構わない。
その情報を使う事によって、二人の生存率を上げられるのならそれでいい。
……まぁ前から依頼はしているが。全くとっていいほど進捗は無い……こっちはあまり期待できないな。
災厄に関する情報には規制が掛けられている可能性が高い。
SAWのような企業であれば集められるものでも、俺では望みは薄いな。
まぁそれはそれだ。今しがたの連絡で依頼した事はそれとは関係ないが。
災厄の情報と並行して、その情報も集めておく必要がある……本人から聞けたのなら良かったがな。
ナナシは昔の事を憶えていないと言っていた。
簡単に人から聞いた情報しか知らず。
己の名前であるナナシというのも……周りが勝手につけた名前だろう。
アイツが何処の出身で、名前は何て言うのか。
いや、本当に知りたいのはあの男と関係があるのかどうかで……。
恐らく、調べても詳しい事は分からない筈だ。
あの女であれば、真っ先にそれを疑って調べている筈だ。
もしも、あの男の血縁であるのならリスクも何もかもを無視して真っ先に捕えに行っている。
分からなかったからこそ、ナナシの力を強引にでも試させた。
そして、ナナシが生き残っていて敵が退いていったのであれば必要な情報が集まったのだろう……近々、奴らは接触してくる。
血縁者かどうかが分からなくても構わない。
あの女が望むものを扱えて動かせると分かったのなら……危険だ。
あの女の目は本気だった。
本気でこの世界を変えようとしている奴の目で。
その為なら、どんなに犠牲を払おうとも関係ないと言いたげだった。
あの女とは関わってはいけない。
あの女はこの世界を見ていない。
あの女は別の世界、別の何かだけを見つめていて――その為にこの世界を利用しようとしている。
「……二度と会いたくないと思っていたのによ……これも、運命なのか」
俺があの場所へと行きやられた事。
今でも鮮明に覚えており、集められた人間たちの叫び声が鼓膜にこびりついている。
アイツを許す事は無い。アイツの顔を見たいと思った事は無い。
出来る事なら、アイツの目の届かない所で生きたいと思っていたほどだから。
だが、やはり運命には逆らえないのか。
どんなに奴から離れようとも、俺はまた奴の元へ行くことになる。
ナナシを見捨てる選択肢なんてはなから無い。
俺はアイツの相棒であり家族であるから……来るなら来いよ。その前に、お前の真の目的を暴いてやる。
俺は拳を握りしめながら、空を見つめる。
どんよりとした曇り空であり、綺麗な青空も太陽も見えない。
不安を煽る様な空を見つめながら、俺は心の中に小さな”恐怖”の火を燻ぶらせていた。
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