093:無念を晴らす為に

 熱い――空気を吸い込むごとに熱を感じる。


 周りに目を向ければ昼間のように明るく。

 パチパチと音が鳴り、勢いよく火の粉が舞う。

 あんなにも綺麗だった建物たちは炎に飲み込まれて。

 瓦礫の山の中から人の手が飛び出していた。


 死んでいる。何人も死んでいた。

 瓦礫に潰され、炎に巻き込まれて。

 スクーターで悪路を進むごとに、死体の数が増えていく。


 原型があるのならまだいい。

 運悪くメリウスのライフルから出される空薬莢に当たり、体が半分以上に潰れた死体もあった。

 真っ黒に炭化してしまったそれも人で……吐き気を覚える。


 見慣れた光景だ。

 こんなものは何度も見て来た。

 が、こんなにも悍ましいものに慣れることは無い。

 どんなに死体を見ようとも、完全に慣れてしまえばもう人の心は無い。


 汗をマフラーで拭いながら、俺はそれでも前へと進む。

 そうして、第四棟を視界に入れて更に加速した。

 まだ原型がある。皆は無事な筈だ。

 俺は博士たちの無事を祈りながら、加速して――


 瞬間、メリウスが二機が飛んで来た。


「――ぅ!!」


 メリスウが高機動戦状態で地上スレスレを飛べばどうなるか。

 スクーター何て小さな乗り物は風で吹き飛ばされて、俺自身も空を舞う。

 ハンドルを握りしめながら、ぐるぐると回転する中で俺はハンドルのボタンを押した。

 その瞬間に、地面に激突しそうになったスクーターは変形し。

 タイヤの部分から空気を噴出しながら空中でホバーリングした。

 俺は何とかスクーターによじ登りながら、去って行った二機のメリウスを見る。


 空中で激しいドックファイトを繰り広げながら戦っている。

 警備部隊のメリウスはライフルの弾を放ちながら牽制。

 対する謎の襲撃者はそれを紙一重で回避しながら、仲間に斬りかかる。

 咄嗟に盾で防ぐが、盾はゆっくりと溶けていっている。

 アレは熱によるものではなく、青い光を発しているように見えた――プラズマか。


 プラズマを使った武装。

 その可能性が高く、対物理装甲では防ぎきれない。

 対エネルギー装甲であれば防げるだろうが、彼らの主な装甲は対物理だ。

 エネルギーが広く普及していない事から選んだ装甲。

 それが今回は仇となっていて、状況は不利なように見えた。

 

 あちらこちらで戦闘の音が響いている。

 無数のメリウスが空中で入り乱れていて。

 対応しきれない敵が、施設への破壊工作を行っている。


 俺はホバーリングをしながら、第四棟へと向かう。

 そうして、第四棟に近づけば――ッ!


 

 ――いる。敵のメリウスが徘徊している。


 

 円形の頭部をしており、その緑のセンサーは頻りに周りに向けられていた。

 胴体は厚みがありながらも、手足は細くしなやかで。

 メインスラスターは背部に四つ四角い形状のものが内蔵されていた。

 夜に紛れるような黒いカラーリングの機体であり、それが本能的な恐怖を駆り立てるように感じた


 右手には円柱状のタンクが取り付けられた特殊なライフル……いや、アレは火炎放射器か。


 左手にはあの切れ味のいいプラズマのブレードを装備している。

 肩部には円柱状の何かが二つも取り付けられていて。

 アレは何なのかは分からないが、アイツにはなるべく近寄りたくない。


 第四棟の出入口には奴が立っている。

 侵入するにはアイツの前を通らないといけないが……ダメだ。確実に見つかる。


 全力で走っても、発見された瞬間に火炎放射器で焼き殺される。

 一か八かなんてものじゃない。

 確実な死であり、どうにかして奴の注意を逸らす必要がある。


 俺はゆっくりと、破壊された車の横に降りる。

 そうして、遮蔽物の影から奴を注意深く観察して……何だ?


 行き成り、音が鳴り始めた。

 けたたましいアラームの音であり、あの謎のメリウスもそれを聞いた様だ。

 

 奴がセンサーを動かすのを止めて、その車に視線を固定する。

 そうして、足を動かして移動を始めた。

 ずしずしと音を鳴らしながら進んで、そいつはその車の前に止まる。

 そうして、ゆっくりと足を上げて――踏みつぶした。


 ガシャリと派手な音を立てて残骸が舞う。

 そうして、車のアラームはゆっくりと消えていき……パタリと止んだ。


 あの謎のメリウスは、それを確認し終えると。

 また入り口の方に戻って行った……そうか。


 アイツは音などに敏感に反応するのかもしれない。

 先程のように近くで大きな音が鳴れば、そちらへと態々移動して止めるほどには気になるのだろう。

 だったら、それを利用すれば奴の注意を少しの間だけ逸らせる。


 俺はチラリと自分のスクーターを見る。

 確か、機能の説明で教えてもらったアレが使える筈だ。

 タイミングが重要であり、少しでも間違えれば確実に死ぬ。

 つぅっと汗が流れていき、俺はそれを拭いながら覚悟を決めた。


 ゆっくりとスクーターに跨り。

 ボタンを押してエンジンを掛けた。

 そうしてゆっくりと浮上しながら、上空へと飛び上がる。


 奴は入口の方しか見ていない。

 背中はがら空きであり、第四棟の中に隠れ潜んでいる人間を探しているんだろう。

 此方が見えていない間がチャンスであり――加速する。


 

 奴の方へと接近しながら、俺はタイミングを計る。


 メリウスとの距離は三百メートルほど――まだだ。


 メリウスのシルエットが大きくなる――まだだ。


 すぐそこに十五メートルはあるそれがあり――まだまだ。


 そいつがゆっくりと振り返ろうとして――ここだ!


 

 俺は鍵を一気に抜き取る。

 そうして、スクーターから飛び降りた。

 俺のスクーターは乗り手を失いゆらゆらと揺れる。

 

 

 瞬間、スクーターから防犯用のアラームが鳴り響いた。


 

 エンジンをつけっぱなしで鍵を抜いたのだ。

 防犯装置が作動して、周囲にけたたましい音を響かせる。

 まるで、自分は此処にいるぞと教えるように――奴がスクーターを見つめる。


 俺は植込みの中へと突っ込んだ。

 ガサガサと耳元で音がして、枝で体が引っかかれた。

 少し痛むが問題ない。体中が草に塗れたが、これのお陰で衝撃は和らげる事が出来た。

 俺はそのまま全力でダッシュをして入り口を目指した。


 走る、走る、走る――音が聞こえた。


 火炎放射器を放つ音であり、視界の端が真っ赤に染まる。

 空中で浮遊していた俺のスクーターは奴の業火で一瞬にして炭化する。

 俺はその光景を視界の端で捉えながら、奴の下を潜り抜けていった。

 

 

 もう目の前に入り口がある。

 

 もうすぐ中へと入れる。

 

 もう少し、もう少しで――衝撃が走る。


 

 足が軽く浮いた。

 そうして、目の前を何かが防ぐ。

 俺は心臓の鼓動を速めながら、ゆっくりと上を向いた。

 すると、そこには緑色のセンサーを俺に向ける敵の姿が。

 上から覗き込む巨人はゆっくりと武器を動かす。

 その動作を見つめているだけで、体が凍り付いたように動けなくなる。


 動け、動け、動いてくれ――死ぬぞッ!


 俺は自らの死を悟る。

 諦めかけていた瞬間――奴の頭部が爆ぜた。


 右方向から何かが飛んできて。

 それが命中し、奴の頭部を激しく揺らした。

 何が起きたのかと右側を見れば、バズーカかのようなものを持ったウッドマンさんがいた。


「こっちですッ!! 速くッ!!」


 俺は頷きながら彼の元へと急ぐ。

 敵のメリウスは体を揺らしながらもすぐに体勢を整える。

 そうして、センサーを発光させながら火炎放射器を向けようとする。

 ウッドマンさんはマンホールらしきものを開けてくれていて早く入るように促してくる。

 彼が弾を込めてそれを敵へと放っているのを横目に見ながら、俺はするりと穴の中に入る。

 

 爆発音が響き、彼も遅れて中へと潜り込む。

 そうして、蓋をガシャリと閉じれば――大きく揺れた。


「……!」

「絶対に手を離さなないで!」

 

 何度も何度も揺れて、俺たちは必死に取っ手を掴む。

 ビリビリと手が振動し痛いが、下はかなり深い。

 落ちたら即死であり、俺は終わりが来るのを待ち……静かになったな。


 ウッドマンさんは静かに息を吐く。そうして、言葉を発した。

 

「……行ってください。説明は後ほど」

「……分かりました」


 俺はカツカツと音を発しながら下へと降りていく。

 謎の敵の襲撃に、奴らの目的は何か。

 全てを知っている訳では無いだろう。

 しかし、説明できる事があるのなら手短に聞きたい。

 俺はそう思いながら、深い穴の下へと降りて行った。




 下へと降りれば扉があり、そこにウッドマンさんは自らのカードを提示した。

 そうしてパスワードを入力すればガシャリと音がして扉が開く。

 俺は彼について行って中へと入り……これは。


 中へと入れば無数の人間がいた。

 その多くが研究者たちであり、怪我人もいて治療を施されていた。

 此処はシェルターの一つであり、全員が此処へと逃げて来たんだろう。

 俺はそう思いながらウッドマさんの後についていく。


「敵の目的は不明ですが。恐らくは、この施設の破壊工作だと思われます。新型を盗むのであれば、隠密行動を取る筈。そうせずに、虐殺紛いの行為を繰り返している事から。敵は我々に深い恨みを持つに個人、もしくは組織でしょう……ただ、奴らは恐ろしく統率がとれています。それらを纏めている指揮官を討たない限りは退く事は無いでしょう」

「……っ」


 ウッドマンさんは冷静に敵を分析する。

 それを聞きながら、俺はチラリと視線を向けて……後悔した。


 すれ違う人間は俺を見れば嫌な顔をする。

 数名の呟きが聞こえてきて、俺を疫病神だと言っていた。

 分かっている。こんな事態になって心に余裕が無いからだ。

 俺はそれらを無視してついていき……また扉か。


 避難している人間たちが此処にいるのなら。

 もう一つの扉の先には何かがあるのか……何となくは分かる。


 ウッドマンさんがその重厚な扉を力づくで開ける。

 そうして、先に入るように言われて中へと入れば――そこには幾つかのメリウスがいた。


 警備部が使っているメリウスもあるが。

 見たことも無いメリウスの方が多い。

 多脚型やタンク型もあり、その他にも規格外の大きさのものもあり……これは。


「……此処はメリウスの保管場所です。主に最重要機体を格納していたんですが……ナナシさんのアンブルフもギリギリ此処へと搬入出来ました」

「……強化外装は?」

「……残念ながら、今から取りに行くのは間に合いません。それらは別の場所で厳重に保管していたので……博士の指示で、アンブルフを優先して搬入したお陰で、何とかナナシさんへと繋げる事が出来ました」

「……何で、俺の機体を……博士は?」

「…………此処にはいません。バーナー博士は我々の制止を振り切り、単身で強化外装を守りに……大丈夫です。あの人はそう簡単には死にませんから」


 ウッドマンさんは笑みを浮かべる。

 しかし、その笑みは誰がどう見ても無理をしていると分かるもので。

 俺は何もいう事が出来ずにいた。


 彼はそんな俺を無視して、何処かへと走って行く。

 俺はそんな彼の後を追っていき、コンソールを叩いている彼を見た。


「……そこのケースの中に、ナナシさんのサイズに合うパイロットスーツがあります。アンブルフの整備は完了していて、エネルギーの補充も万全です。後は」

「――行ってきます」


 俺はそれ以上は不要だと彼に伝える。

 すると、彼は手を止めてからギュッと拳を握る。


「……こんなことを貴方に言うのは、大人としても人としても最低だとは分かっています……此処では貴方が一番強いと私は思っています。そんな貴方だからこそ、私は願いたい……どうか、仲間たちの仇を取ってください」

「……そのつもりです」


 彼はそれだけ言って拳を解く。

 そうして、またコンソールを叩き始めた。

 収容されている機体たちが動き始めて、奥の方から俺の愛機が運ばれてくる。

 俺はそれをチラリと見つめてから、ケースへと駆け寄る。

 下のスイッチを足で押せば、ガシャリとケースが展開されて黒いカラーリングのスーツやヘルメットが出て来た。


 近く深くにあるこの場所にも、戦場の音が伝わって来る。

 小さな音でありながら、火薬の爆ぜる音や何かが落下する音が響いていて。

 小さく揺れているのを感じながら、俺は拳を固く握りしめた。


 ウッドマさんの想いは受け取った。

 必ず俺がこの手で――彼らの無念を晴らして見せる。

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