092:紅蓮の炎に包まれて

 強化外装を使用した訓練を本格的に開始した。

 ある時は一個中隊規模の機械兵を相手にし。

 ある時は限界まで飛行し、己の限界を確かめて。

 アサルトやライジングを主に使用してみたが……想像以上のものだった。


 機動力も耐久力も格段に向上し。

 何よりも、それらが使う特殊な武装は此方の想像を遥かに超える性能を持っていた。

 アサルトにて最初に行ったテストでは、一個中隊クラスの敵を相手にしたのに。

 ものの数分で俺は全ての目標を撃破する事が出来た。


 これが使う事を制限されているバスターであれば、もっと凄い戦果を挙げられうのだろう。

 シミュレータで使った事があるが、アレは正に兵器と呼べるものだ。

 いや、兵器以上であり戦略クラスのものだと認識した。

 瞬きの合間に全てを屠るのは……正直、鳥肌ものだ。

 

 強化外装は総じて、その性能が規格外だった。

 操作システムに慣れて、機体全体の動きが良くなったことは分かっていた。

 しかし、強化外装の規格外の性能を目の当たりにして全ての物が止まっているように見えたくらいだ。

 モニターの映像の解像度が上がり、操作システムも一新されて……それでも、博士は不思議そうにしていた。


 俺が敵が止まっているように見えたと正直に話せば。

 博士はその現象は強化外装を装着した事による事が直接的な要因ではないと断言していた。

 恐らくは、操作システムを一新し、強化外装を使う事によってより上のランクへと昇り。

 脳や体がそれらの世界に適応しようとして発生した現象ではないかと言っていた。


 スポーツ選手の”ゾーン”と呼ばれる現象に似ているらしいが。

 俺の場合は更に特殊なようで……要するに、高機動戦状態の時に敵の動きがゆっくり見え始める瞬間がこれからもあるんだろう。


 可笑しな現象は今までにもあった。

 未来予知のように敵の動きが予測できた時もあったからな。

 しかし、その時は相手の動きを注意深く見ていたから予測出来ていたものだと思っていた。

 もしかしたら、俺にはまだ隠された何かがあるのか。

 そうでなければ、あの暴走状態の時の俺も説明できないからな。


 自分自身が何者かは知りたい。

 もしも知る事が出来れば、更なる力を得られるかもしれない。

 もう二度と大切な人を失わない為にも、俺は強くならなければならないから。


 ベッドで横になりながら天井に拳を突き出す。

 そうして硬く握りしめて――何かが俺の顔の前に現れる。

 

 舌を出しながら、ハァハァと呼吸をしている白い犬。

 宿舎の前で立っていた犬であり、今は俺の部屋の中で住んでいた。

 あの後に、オットーさんに犬の事を聞けば、どうやらこの子は施設内に勝手に侵入していたようで。

 やせ細っていなく、毛並みも綺麗な状態であったから誰かの飼い犬だと思っていたらしいが。

 いくら探しても飼い主は現れなかったようで、どうしたものかと困っていたらしい。


 宿舎の前でロープに繋がれたままなのは可哀そうだ。

 流石に雨が降れば入れてはくれるだろうが外は寒い。

 だからこそ、俺はせめて宿舎の中に入れてやろうと思って俺の部屋に泊めさせてあげる事をオットーさんに提案した。

 すると、オットーさんは助かると言って俺にこの子を託してくれた。


 ……正直な所、一時的に預かるだけで連れて帰ると言ってなかったが……あの反応からして……。


 ゆっくりとベッドから体を起こす。

 そうして、ござを掻きながらちょこんと座っている犬を両手で持ち上げた。

 だらーんと足を延ばしていて、尻尾はぶんぶんと揺れている。

 つぶらな瞳は俺を真っすぐに見つめていて、まるで警戒心を抱いていない。


 俺はこういう目に弱いと自覚している。

 あの雨の日の子犬のように、こいつも俺を見つめている。

 此処でさようならで別れるのは簡単だ。

 だが、もしも俺が離れた後にこいつの貰い手が現れなければどうなるか。

 管理人であるオットーさんが飼ってくれるならまだいい。

 しかし、最悪の場合、野に放たれるか保健所へと連れていかれれば……後味が悪い。


「……?」

「……」


 首を傾げている子犬。

 何も分からないと言いたげな顔であり、あざとい奴だ。

 仕草の一つ一つに愛嬌があり、俺はゆっくりと犬の顔に頬をあてた……柔らかい。


 ふさふさの毛は柔らかく。

 そっと当てられた小さな前足の肉球はふにふにとしていた。

 癒される。癒しの塊であり、嫌な視線も忘れてしまうほどだ。

 犬は嫌がる事無く、俺の頬をぺろぺろと舐めて来る……可愛い。


 ゆっくりと犬を下ろす。

 俺の前で行儀よく座る彼……いや、彼女か?


「……お前はオスか?」

「ワン!」

「……そうか。なら名前は……白米」

「……くぅん」

「……嫌か」


 お米のように綺麗な白色に見えたから白米と呼んでみたが。

 あまり嬉しくなかったようで悲し気な顔をされてしまう。

 俺はもう一度、こいつに相応しい名前を考えてみた。


 考えて、考えて、考えて――思いつく。


「豆腐だ」

「……」

「…………すまん、冗談だ」


 真顔だった。

 鳴く事もせずにジッと見つめられた。

 無言の圧を感じて、俺は犬なのに謝ってしまう。

 犬はプイっと顔を背けてからひょいっとベッドから降りて歩き出した。

 何処へ向かうのかと思えば扉の方に行って止まる……何かあるのか?


 俺は靴を履いてから、マフラーを巻く。

 そうして、犬の元へと言ってから扉のロックを解除して開いて……。


「……よ、よぅ」

「……こ、こんばんは」


 扉の前にはライオットとドリスが立っていた。

 ぎこちない笑みで片手を上げる彼と、申し訳なさそうな顔の彼女

 チャイムも鳴らすことなく何故、扉の前で立っていたのか……いや、分かっている。


 俺が彼らを突き放した。

 もう関わらない方が良いと思ったからだ。

 しかし、彼らはこうしてやって来てくれた。

 見ればいつぞやの時のようにジュースや軽食を持って来てくれていて……視線を向ける。


 共有スペースには何人かが座っている。

 モニターを見ているようで、チラチラと此方の様子を伺っていた。

 俺が視線を向ければサッと視線を逸らしてしまう。


 無理もない事だ。

 世間一般の常識では、異分子に関わると碌な事にはならない。

 もしも同じ感染者になれば、希望も何もかもなくなるのだ。

 それが嫌だからこそ、誰も異分子と関わろうと思わない。


 無視するのならまだマシだ。

 虐げで蔑むようになれば、異分子の立場は更に劣悪なものになってしまう。

 誰も救わない、誰も近づかない……だったら、突き放すしかない。


 此方から突き放せば、誰も関わろうとして来ない。

 不幸な目に遭うのは自分だけであり、俺はそれでいいと思っている。

 本当に信頼できる人間と過ごせるだけで幸せだ。

 彼らはまだ会って間もないからこそ、此処で面倒事に巻き込みたくはない。

 

 俺はゆっくりと扉を閉めようとした。

 ライオットたちは何かを言おうとしたが言葉が出てこない様子で……それでいい。


 扉が閉まっていき――犬が外に飛び出す。


「……!」

「うぉ、何だ!?」

「わわ!! い、犬?」

「わん!」


 犬がライオットたちの周りを走る。

 そうして、元気に鳴いたかと思えばライオットの足を押し始めた。

 まるで、中に入れと言わんばかりの行動で――くそ!


 俺はこのまま部屋の前で騒がれたくなかった。

 だからこそ、扉を開けてから二人を中へと入らせる。

 共有スペースの奴らはそんな俺たちを訝しむような目で見ていた。


 ガチャリと扉を閉めてからゆっくりと息を吐く。

 チラリと足元に目を向ければ、犬が俺の事を見つめていた……また、助けようとしてくれたんだな。


 優しい奴であり、俺は笑みを浮かべた。

 そんな俺を見ていたライオットは「ごめん」と謝る。


「……何で謝るんだ」

「……俺、お前が異分子だったって聞いた時に思っちまったんだ……俺も感染者になるんじゃないかって……たぶん、表情に出てたんだろ。今なら分かる……だから、ナナシは気を遣って俺たちを遠ざけようとしてくれたんだろ?」

「……私も謝りたいです。本当にごめんなさい……異分子でも、ナナシさんは悪い人じゃないのに……いえ、異分子とかなんて関係ない。ナナシさんは私たちの友達で……ぅぅ、何て言えばいいんだろぉ」


 ライオットもドリスも沈んだ顔をしている。

 二人の謝罪の意味は理解できた。

 根が優しく真面目だから、それだけ気落ちするんだろう。

 責めるつもりはこれっぽっちもない。寧ろ、当然の反応だと思えてしまう。


 俺は暫くもじもじしている二人を見つめて……ため息を吐く。


 二人はびくりと肩を震わせる。

 恐る恐る、二人は顔を上げて俺を見つめて来た。

 俺はそんな二人の間を通って行く。


 そうして、足を止めてからひょいっと歩いていたそいつを持ち上げた。

 二人の前にそいつを掲げながら、俺は真顔で頼みごとをする。


「こいつの名前を一緒に考えて欲しい」

「……え?」

「……えっと、名前ですか?」

「そうだ……俺は異分子だ。今までいろんな経験をしたから分かる……お前たちは優しいよ」

「「……!」」


 二人は大きく目を見開く。

 俺はそんな二人を見ながら笑う。


「怒ってないし悲しんでもいない。面と向かって謝ってくれただけで、もう十分だ……だから、もう忘れよう」

「……そうだな……うし! もう忘れたぜ!」

「……私も忘れました……それで、そのワンちゃんの名前ですよね……うーん。何がいいかなぁ」

「はいはい! ケルベロスとかどうだ!! カッコいいだろ!」

「……この子の何処にケルベロス要素があるんですか? こんなにちっちゃくて可愛いのに……ミルクちゃんはどうですか!」

「因みにオスだ」

「……ミルクさん?」


 二人はそれぞれの意見を言い始めた。

 あぁでもないこうでもない。

 俺はそんな二人のやり取りを眺めながら、くすりと笑う。


 俺は異分子だ。それに変わりはない。

 だが、この世界の見方も少しずつ変わってきている。


 軍人時代のように全てが色褪せて見える事は無い。

 エマと出会い世界に興味を持ち。

 ヴァンたちのお陰で、人間というものを知った。

 その後も、様々な人間と出会い絆を育んで……今の俺がある。

 

 この世界には、俺の知らないものが沢山ある。

 知って行こう。その一つ一つを確かめて行こう。

 その旅の中で出会う人間たちと絆を作っていきたい。


 二人は俺の視線に気づいて首を傾げる。

 そうして、ジュースや食べ物を食べながら話そうと言って。

 俺はそれに同意しながら、机を用意しようと――ッ!!


 

 部屋全体が大きく揺れた。

 立っていられないほどの振動であり、二人は床の尻をうちつけた。

 俺はベッドに手を当てながら何とか耐えて。

 パラパラと天井から埃が落ちてきて、照明がカチカチと点滅している。


 

 ――瞬間、またしても揺れが連続で発生した。


 グラグラと揺れる中で、俺たちは必死に耐える。

 そうして、パッと灯りが消える。

 そうして、真っ赤な非常灯が点灯する。

 

《非常事態発生。職員は速やかにシェルターに避難を。繰り返す。非常事態発生――》

「非常事態? 一体何が――っ!?」


 揺れと共に何かが爆ぜる音が聞こえて来る。

 ライオットはドリスの体を支えながら端末を操作していた。

 何が起きたのか調べようとしているようだ。

 俺は彼を暫く見つめて……ダメか。


「連絡が繋がらない……通信網が阻害されているかもしれねぇ」

「それって、敵襲?」

「……恐らくはそうだろう。だが、一体誰が」


 ドリスの言葉に俺は肯定した。

 ハーランドの研究施設に襲撃をする人間がいた事に驚いた。

 狙うものがあるとすれば、今、研究開発中の新型であり……まさか、それを強奪しに?


 可能性としては十分にある。

 他の企業がそれの情報を得る為に傭兵を雇って。

 それらが警備が薄くなる時刻を狙って襲撃してきた。


 テストパイロットしかいない宿舎が襲われていないのがその証拠で……行かなければ。


 俺は二人にシュルターに逃げるように指示する。

 部屋から出ようとすれば、ライオットが何処に行くのかと聞いて来た。


「アンブルフを――俺の愛機で戦う!」

「は!? そんな無茶な――おい!」

 

 ライオットの制止を振り切り飛び出す。

 共用スペースにいる先輩たちはこの状況に狼狽えていた。

 俺はそれらにすぐに避難する様に声を掛けて外に出た。


「……あれか」


 スクーターに駆け寄りながら目の前に広がる火の海に恐怖する。

 普段であれば星空が淡く照らし、研究施設の灯りだけが灯る場所に。

 あちらこちらで紅蓮の炎が舞い上がり、もくもくと黒煙が立ち上っていた。

 無数のメリウスが空中戦を行っている。

 戦っているのは警備部の人間たちであり、恐らくはヨハンたちもいるだろう。

 俺は恐怖を振り払いながら、ヘルメットを装着しスクーターを発進させた。


 爆弾が爆ぜる音。

 無数の銃声に、建物が崩壊するような地響き。

 火薬の臭いが此処まで漂ってきて、夜なのに昼間のように熱い。


 誰もが安心して研究を行っていたこの場所が、戦場になってしまった。

 俺は奥歯を噛みしめる。

 相手がどんな目的があって攻めて来たなんて関係ない。

 アンブルフに乗り込み俺も戦い――後悔させてやる。


 フルスロットルで加速すれば、耳のあたりで風きり音が響く。

 上空を謎のメリウスと警備部のメリウスが飛んでいき突風が吹いた。

 必死にスクーターを安定させながら飛んでいったそれらに視線を向ければ――!


 警備部のメリウスがコックピッドを貫かれる。

 真っ赤に輝くブレードがずぶりと抜かれて。

 やられた機体がひらひらと落ちて――大地が揺れた。


 砂埃を舞わせるそれを一瞥し、俺は前を見つめる。

 速く。もっと速く――間に合えッ!!


 俺は強く願う。

 大切な仲間を救う為に、戦う力を求める。

 死なないでくれ。もう誰も、殺させはしない――絶対に。

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