091:試練を与えよう(side:ナナシ→ベン)

 コックピッド内でコンソールを叩く……事はもうしない。


 今までのような調整は、AIであるロイドがしてくれる。

 俺はそれを確認しながら、音声によって微調整をしていた。

 従来の方法で確認をすれば、それなりの時間が掛かるが。

 人間よりも優れた処理能力を持つロイドに掛ればものの数分で終わってしまう。

 それも簡単なチェックだけでなく、細部に至るまでだ。


「……凄いな。お前は」

《恐縮です……戦闘システムを起動します。よろしいですか?』

「あぁ、頼む……よし」


 腕を前へと軽く動かす。

 その動きに連動してアンブルフの腕も動き。

 俺は感度は良好であると確認しながら、ゆっくりと今回の”任務”を確認した。


 任務と言っても、傭兵の時のような正式なものではない。

 あくまでハーランドが出した仮初の任務なだけだ。

 アンブルフを使っての模擬戦は何度か経験し、今回は実戦を想定しての訓練を行う。

 実弾も積んでおり、強化外装の一つであるアサルトも使用する。

 武器を収納しているカーゴから、特殊兵装であるスティールワンを掴む。

 ガコリと音がしてロックが外されて、俺はそれを両手で装備した。


 ロングバレル状態のそれから光のラインが現れて。

 ガシャガシャと音を発しながら、その形を瞬時に変えていった。

 長く細身の形状から、少し大きめの黒光りするライフルへと切り替わる。

 銃身は箱のようになっていてマズルは無い。

 後方部分が少しだけ大きくなっており、そこが弾丸の元となる液体金属を注入している部分となる。

 銃全体には青いライン状の光が走っていて、俺の指示で瞬時にその形態を変える事が出来る。

 

 先ずは、中距離モードで運用する。

 電磁気力による発射と説明されたから、想像するのはレールガンだ。

 射程が格段に上がり貫通力も速度もかなりのものになるが、連射は出来ない遠距離モードと。

 威力を損なうことなく連射力を底上げした中距離モード。

 そして、近距離での破壊力を突き詰めた近距離モードがあるが。

 基本的に使う事になるのは中距離モードだろう。


 エネルギー兵器のように、エネルギーそのものを発射する訳ではない。

 だからこそ、エネルギーの消耗はそれらよりは遥かに少ない。

 唯一、電磁気力を高めるための動力で使うだけだ。

 あの禍々しいカートリッジは使わないで済んだ。それだけでも安堵した。


「……ふぅ」


 コアが稼働している。

 機体内の温度が上昇しており、その僅かな音も聞こえて来た。

 意識を研ぎ澄ませていく。

 何度もシミュレーターで練習はしていた。

 ヨハンとも模擬戦をしたお陰で、この操作システムにも大分慣れた。

 後はこの強化外装を使いこなして――俺自身が自分の実力を認めるだけだ。


 モニターに映る景色を眺める。

 時刻は昼頃であり、雲一つない空の上から太陽が熱線を地上に送る。

 小高い丘の上から見えるのは、道を疾走する複数の装甲車で。

 その装甲車を守る様に、空を覆うような数のドローンが飛んでいる。

 そして他には、地を揺らすほどの巨体の大型の無人兵器が並走している。

 ドローンたちは近づいた瞬間に爆発し、距離を離せば動きを阻害する特殊粘着弾を発射してくる。

 多脚型の大型無人機たちは、複数の銃火器を装備しており、それらは全て――実弾を装備している。


 本気だ。本気で俺を殺そうとしている編成。

 バーナー博士は言っていた。”自信が無いならやめておきたまえ”と……上等だ。


 自信なんて無い。

 まだ自分が災厄と戦えるほどの腕になったかも確証がない……それでも、戦いから逃げる事はしたくない。

 無いならこの場でつけてやる。他の誰でも無い俺自身の力で――自分自身を認めてやる。

 

 一個中隊規模の数であり、そのほとんどが軍用のモデルだろう。

 操作を一つでも間違えれば死に繋がる。

 間違っても意識を逸らしてはいけない。

 集中が切れたが最期であり……俺はくすりと笑う。


 これだ。これだよな。

 この緊張感に、死の気配……これが戦いだ。


 純粋な力しか存在しない世界。

 此処では身分も権力も意味は無く。

 ただ強い奴だけが生き残れる。

 俺はこの世界で生きて来た。この世界で戦ってきた。


「さぁ、行こう」

《えぇ、行きましょう》


 ロイドの声を聞き、俺は笑みを深めた。

 そうして、スラスターを噴かせて飛び上がる。

 そうして瞬きの合間に、単機で敵の隊列へと突っ込んで行く。

 軽く負荷しただけでこのスピードか――堪らないなッ!

 

 全身に掛かる心地の良い負荷を浴びながら、俺は笑う。

 俺の接近をレーダーで捉えたのだろう。

 敵が一斉にセンサーを俺へと向けてきて攻撃を仕掛けようとしてきた。

 俺はそんな敵を見つめながら更に機体を加速させて。

 ガシャリと開閉した銃口を敵へと向けながら、バチバチというスパーク音を聞き――



 〇〇



 端末を操作しながら、今までの調査結果を送信する。

 本来であれば直接報告するべき事であるが。

 今はすぐにでも情報を主に渡すべきだと判断した。


 私はゆっくりと端末を持った手を下げる。

 そうして、部屋から見える景色を眺めた。


 交易都市ヴァレニエ。

 ヴァルハラと呼ばれる大型のメトロターミナルを有する都市であり。

 多くの人間が観光に訪れる美しい街だ……が、それは中心部に限った話だ。


 外に目を向ければ、隔離する様に大きな壁が聳え立つ。

 それはまるで、臭いものに蓋をするようなもので。

 至極単純なやり方だと思いつつ、私は扉をノックする音を聞いて誰なのかと聞く。


「セラ・ドレイクです」

「……開いているよ。入りなさい」

「失礼致します」


 セラが扉を開けて中へと入る。

 そうして、扉を閉めてから鍵を掛けた。

 彼女が来る事は知っていたので鍵を開けていたが。

 律儀な彼女は態々ノックをしてくれた。

 私はそんな彼女に笑みを浮かべながら、適当に座るように指示する。

 しかし、セラは座る事無く立っていて……困ったものだ。


 私は近くの椅子に座る。

 すると、セラは私に断りを入れてから対面に座る。

 私は端末をテーブルに置きながら、映像を投影する。

 そこに映るのは一人の男であり、死人のように虚ろな目にぼさぼさの黒髪で。

 この男が我々が探しているナナシという元軍人だ……今は別人のような顔つきらしいが。


「ナナシという男の情報は君から聞いている。元カメリア青騎軍の第404特務執行大隊所属で階級は上等兵……にわかには信じがたいが。異分子としては最も過酷な”エラー部隊”に配属されておきながら、最後の任務でも唯一生還した男……何度も死の淵に彷徨いながら生還する姿を見た人間たちは彼の事をとても恐れていたようだ……セラ、君はどう思う」

「……生命力が強い……という訳ではないと思います。何度も死の淵をではなく、この方は実際に”死んでいた”のではないかと思えるほどです。そうでなければ説明がつかないような記録ばかりです」

「……私もそう思う。彼は実際に死んで不死鳥のように蘇ったと私は考えた……だが、死から蘇るなど普通の人間には出来ない芸当だ。ましてや、特殊な機械を使用せず、神の手も無い中でだ……彼は異常だ。特異点と言っても過言じゃない……私は早急に彼という男を試す必要があると考えている」


 彼への興味は尽きない。

 だが、それと同じくらいに私は彼を”警戒”している。


 神が統治する世界で、不穏分子は生かしておく事は出来ない。

 異分子という存在を囲い国を作り上げたあの男も。

 異分子たちを救済し、理想郷を作ろうとしているテロリストも――早急に始末するべきだ。


 出来る事ならすぐにでもだが、今の状態では全てを燃やす事は出来ない。

 少しでも燃え残りがあれば、それが何処かへと飛び。

 新たな火種を生み出し、この世界の秩序を脅かしかねない。

 神であろうとも不完全な状態では、力の全てを使う事が出来ない。

 不完全であることを知られるだけでも、心の弱い民にとっては毒となる。

 

 火種も毒も、必要ない。

 世界という体を蝕むものは、すべからく排除するべきだ。

 そうでなければ、世界というものが維持できなくなる。


 ……が、まだ私は判断できない。


 そのナナシという男は確かに危険だ。

 灰燼を使った形跡は確認しており、何度も蘇り今も生きている事を知った。

 神にしか起こせない奇跡を起こし、人の手に余る力を得て……彼はそれを何に使うのか。


 

 

 復讐の為、大切な者を守る為、自らの欲望を満たす為――知る必要がある。


 


 彼の目的を、彼の願いを私は聞きたい。

 そして、それに納得できるのであれば――我らの元へ導きたい。


 彼には資格がある。

 死を経験し乗り越えて。

 高みに至ったものだけが使える力を得ているのだ。

 完全に覚醒できていないのなら、私がそれを促そう。

 更なる高みへ昇りたいのであれば、私たちが手を引いてあげよう。


「……ルイス様、嬉しいんですね」

「……あぁ、嬉しいさ……我らの隣に立てるかもしれない男だ……会ってみたい。そして、彼を試したい」


 投影された映像の彼。

 世界に絶望し何も信じないといいたげな黒い瞳をした彼。

 私はそんな彼を見つめながら静かに口角を上げた。


「……彼の居場所は特定した。だが、すぐには会えないだろう。ハーランドは我々を警戒している……ならば、強引にでも彼を試す必要がある……例のものを用意する様に指示を出してくれ。一機は私が操作する」

「……アレをお使いになるのですか? それなら私も」

「――必要ない。目的は殲滅ではなく、試練を与える事だ。君は映像から彼の解析を頼むよ」

「……承知致しました。それでは、速やかに準備を」

「あぁ頼む」


 セラはそう言って立ち上がり一礼。

 足音を立てる事無くさって行き、部屋から退出していった。

 端末の映像を止めてそれを握りしめて、背もたれに背中を預けながら一息つき……ふ。


 連絡が掛かって来た。

 誰なのかは見ずとも分かる。

 相手は主であり、私はゆっくりとした動作でそれを繋ぐ。


《結果報告は見ました……アレは災厄と関わろうとしています。可能であれば、私の前に連れてきなさい》

「……生死は問わないと?」

《……いえ、必ず生かした状態で連れてきなさい……災厄と接触した後が望ましいです》

「……了解しました」


 私は主とのやり取りを終える。

 そうして軽く息を吐いてから端末をポケットに仕舞う。

 椅子から立ち上がりながら、窓へと近づき再び外を見る。


 白く穢れの無い街並み。

 自然も違和感なく配置されていて、道を歩いている人間たちにも品がある。

 天上から差す陽の光は、平等にその人間たちを照らしていて……唯一、異分子だけが相応しくない。


 首輪を嵌められて、道を歩く人間に態と足を掛けられて犬のように地べたを這う。

 綺麗な服も与えられず、奴隷のように扱われて――ひどく無様だ。


 異分子だからではない。

 異分子であると認識し、自らの立場を受け入れている。

 これが正しいと、これが自分の役割なのだと。

 殴られ虐げられて、自分という存在が可哀そうで……だから、どうした。


 自らの立場が受け入れられないのであれば立ち上がればいい。

 殴られ虐げられるのが嫌ならば、抵抗の意思を示せばいい。


 無様であるのはその姿や病気の所為ではない。

 何もせず、ただ悲観するだけのその心が醜いのだ。


「……弱者はいらない。抗う事をやめたものなど、家畜以下だ……君は違うのだろう。ナナシ」

 

 窓にそっと触れながら、壁の向こう側を見る。

 此処にはもう彼はいない。

 しかし、彼はこの場所へと帰って来るだろう。

 主からの任務もあるが、私は個人的な感情で動きたい衝動に駆られていた。


 強引であろうとも構わない。

 私は彼に試練を与え、彼はそれを受ける他ない。

 死んでしまうのならそれまでだ。

 だがもしも、私からの試練を乗り越え災厄を退けたのであれば――歓迎しよう。


 

「楽しみだ……心の底から……ふふ」


 

 資格なきものなどどうでもいい。

 有象無象の弱者が死んでも、私の心が痛む事は無い。

 だが、資格があるのであれば、私は何処へでも向かおう。


 

 同じ道を歩む者――私は真の意味での”友”を欲していた。

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