090:ユニバース・プラン

 スクーターから降りて、ヘルメットを置く。

 そうして、第四棟の扉を潜ってから中へと入り長い廊下を進んでいった。

 前方から仲が良さそうに話している白衣の男たちがやって来る。

 それらは俺に気づくと苦いを顔をして黙り込んでしまう。

 そうして、互いにすれ違った瞬間にひそひそと声が聞こえて来る。

 

「……なぁ、アイツ」

「……関わるなよ。異分子だ」


 研究開発棟内を歩いていく。

 すれ違う人間はひそひそと話しながら去って行った。

 俺は無言でそれらの視線や声を聞きながら、足早に歩いていく。


 宿舎ではもう誰も俺に話しかけてこない。

 唯一、ライオットやドリスは話しかけてくれたが。

 何処か腫物を扱うような対応で、アイツ等も気にしているんだろうと分かった。

 だからこそ、無理に話しかけなくてもいいなんて言って突き放してしまった……折角できた友人なのにな。


 俺へと向けられる視線。

 そのほとんどが嫌な視線であり、最初の時のような温かさは無い。

 誰だってそうだ。好き好んで異分子に話しかけてくれる好き者はいない。

 戻っただけだ。最初の時のようになっただけで……。



 

 アンブルフが置かれている部屋へと入る。

 中では相変わらず博士がコンソールを叩いていた。

 彼は入ってきた俺に普通に挨拶をしてきた。

 ウッドマンさんは俺の前に駆け寄って「大丈夫ですか?」と心配してくれる……話は伝わっているのか。


 俺は笑みを浮かべながら、問題ない事を伝える。

 しかし、彼には俺が辛そうに見えているのか。

 少しだけ寂しそうな顔をしながら、辛いときは何時でも言うように言ってくれた。

 俺はそれに頷きながら、今日は何をすればいいかと尋ねた。


 カタンとタイピングする音が響いた。

 視線を向ければ、バーナー博士が片手を上げている。

 彼はゆっくりとそのぬらりひょんのように長い頭を撫でてから。

 ゆっくりと俺に視線を向けて来た。


「……君にようやく話す時が来た……新型について話す時がね」

「……? 新型はアンブルフのあれじゃ」

「――違うッ! アレは新型の一部に過ぎないッ!! 君も理解している筈だ。旧型であるアンブルフが新型になるとはどういう事なのか……見たまえッ!!」


 彼はそう言って指を鳴らした。

 すると、部屋全体が暗くなり空中に何かが投影される。

 それはメリウスのような何かに纏わせた”外装”で……これが?


 博士はくつくつと笑う。

 そうして、空中に投影されたそれについて説明を始めた。


「メリウスの強化パックの案は昔から出ていた。しかし、そのどれもが中途半端な出来であり、メリウス自身の特性を百パーセント引き出せるものではなかった。その結果により、愚かにも! 彼らは強化パックの製作を諦めてしまい。今ではただ世代を上げていく事だけを考えたメリウスの研究を行っている……しかし、私は違う。これは私が十年という短い期間で完成させた”ユニバース・プラン”の一つだよ」

「ユニバース・プラン? それは一体」


 俺は首を傾げていれば、バーナー博士はゆっくりと両手を広げる。

 そうして、壮大な口調で説明を始めた。


「ユニバース。それは文字通り宇宙を表す。元々は人類が宇宙への進出を夢見て構想された計画であり、私はそれをメリウスを中心にした計画へと変更した。謂わば宇宙という未知、到達が不可能とされたそこへと至るという意味で名付けた。大いなる希望と果てしない可能性に満ち溢れた計画……あらゆる過酷な環境、あらゆる現象への適応力を追求する事で生まれた”強化外装”たち。それらを既存のメリウスへと装備する事によって、メリウス自体が持つ性能を百パーセント……いや、百二十パーセント引き出す事が出来る」

「……つまり、強化パーツを装備する事によって、新型と成すという事ですか?」

「そうだッ!! 機体自体を一々作り替えるなんて無駄な事はもう終わりだ。メリウス自体を進化させるのではない。既存のメリウスの性能を成長させる事にこそ価値があるッ!! 私のユニバース・プランはありとあらゆるメリウスに対応できる。例え第三世代であろうとも、もっと言うのであれば初期のプロトタイプのメリウスであろうとも装備可能だッ!! これは全てのメリウスを救済する為のもの。あらゆる可能性を殺すことなく活かす為の計画ッ!! それこそがユニバースッ!!!!」


 博士は唾を垂らしながら目を大きく開いて高笑いをする。

 恐らくは、あの怪しげなエナジードリンクを飲んでしまったのだろう。

 俺は彼から視線を逸らして、ウッドマンさんに具体的な説明を要求する。


「……ユニバース・プランで開発された強化外装……つまり、メリウスの強化パックはあらゆる局面において活躍できるように設計されています。簡単に言うのであれば、水中戦用のパックや宇宙空間でのパックなどですね」

「……過酷な環境って言ってましたけど……普段の任務でそういう状況になる事は少ないんじゃ」

「えぇその通りです。あくまで今説明したパックはそういった特殊な環境で運用されるものですね……ナナシさんが普段使う事になるパックで言えば……”アサルト”と”ライトニング”、後は”バスター”になりますね」

「――! それはどういう」

「気になるかね!!? 気になるよねぇぇ!! そうだろそうだろぉぉ!!」


 俺がウッドマンさんにそのパックの詳しい説明をお願いしようとすれば、博士が横から顔を出してきた。

 俺はぎょっとしながら顔をのけ反らせる。

 博士はそんな俺の反応などお構いなしに、空中に投影された映像を切り替えた。

 映っているのは三体のメリウスであり、それぞれ違う外装を装備していた。


 一番左のものは装甲が厚くなっているが、スラスターなども大きくなっている。

 プロペラントタンクらしきものも二つほど取り付けられていて。

 巨大な砲身のライフルらしきものを装備している。


 中心のものは追加の装甲自体は薄く。

 体全体に外套のようなものを身に着けていた。

 両手には腕と一体化したようなブレードがあり、恐らくは近接格闘モデルだろう。


 右のものは装甲が厚い上に、計四つの射撃兵装を積んでいる。

 頭部には特殊なスコープが嵌められていて、恐らくは遠距離型の気がした。


「君から見て左のものがアサルトパックだ。アレは一番最初に開発されたパックであり、あらゆる局面において広く使う事になるであろう外装だ。独自に開発された可変式特殊兵装”スティールワン”を装備し、装甲を追うように展開された装甲などはメリウスのスラスターを強化する為の機構を備えている。エネルギーはプロペラントタンクを装備する事により不足分を補充して、通常通りの燃料でスラスターの出力を1.7倍にまで引き上げる事が出来る……皆まで言わずとも分かる。可変式という名の通り、アレは三種類の形状に変形する事が出来る。それぞれが遠距離、中距離、近距離に対応している……弾丸に関しても私が開発した特殊弾を使用する。形状変化金属と私は呼んでいるが、それは特殊な電気信号を外部から与える事によって此方がプログラムした通りの形状へと瞬時に変わる様に設計されている。それにより複数の弾丸を所持する必要は無く、兵装の中身で弾丸を生成し火薬ではなく電磁気力により弾丸を移出し――」

「……」


 詳しい説明を要求したのは俺だ。

 しかし、俺はメカニックでは無くパイロットだ。

 専門的な言葉で話されても分からない上に、熱意に伴って説明が長くなっている。

 恐らくは、話したくて仕方なかったのだろうが……長くなりそうだな。


 博士は身振り手振りで説明をする。

 隣に立っている筈のウッドマンさんを見れば、そこには既にいない。

 何処に行ったのかと探せば、ウッドマンさんは人数分のコーヒーを淹れていた……慣れたものだな。


 博士への対応が慣れており、自分の上司だというのにこの対応だ。

 俺はそんなウッドマンさんを少し尊敬しながら。

 熱弁している博士の説明を聞いて、たらりと汗を流していた。




「――と、いう事で!! 私のユニバース・プランとは!! 隙の無いものになっているのだよ!!」

「……なるほど」


 俺は椅子に座りコーヒーを飲む。

 そうして、博士が説明していた内容を頭の中で噛み砕く。


 要するに、アサルトは万能型で三種類の形状に切り替わる銃を装備している。

 そして、ライトニングは近接格闘戦用のパックで。

 あの外套が敵の攻撃を弾いたり、敵から身を隠す為の特殊迷彩機能を備えている。

 あの武装はあらゆるものを切断する超高周波ブレードである。

 他にもエネルギーの消耗率は激しいもののスラスターではない、別の機構によるブーストも出来るようだ。

 瞬間加速は他の比ではないらしく、文字通り瞬間移動に近いと言っていた。

 博士はそれを”縮地”と呼んでいて、それはパックに搭載された安全装置により命の危機はないものの、一瞬だけ呼吸が止まったような感覚を味わうと言っていた。

 乱発はせずに、少なくとも十秒ほどは感覚を置いてから使う事を推奨している。

 そして、最後のバスターは複数の敵を相手にした場合を想定して開発されたパックで。

 広域殲滅兵装である”デッドエンド”はその名の通り、一瞬にして多くの敵を屠る為のものだ。

 これは三つのパックの中で最も危険なパックのようで、滅多な事でも無い限りは使うなと忠告された……まぁ使って欲しそうな目はしていたけどな。


 アサルトはプロペラントタンクもあり、三つの中では一番扱いやすそうだ。

 ライトニングも、一対一の戦闘などでは縮地を使えば一瞬にして勝負を決められるかもしれない。

 バスターに関しては最後の切り札であり、これだけは異彩を放っているので……あまり使いたくはないな。


「……ふぅ、私もコーヒーを頂くよ…………はぁ…………まぁ、それら三つが今、我々が君に提供できるものになるね。これさえあれば――災厄とやらにも勝てるだろうさ」

「――! それを何処で」

「……すまないとは思っている。だが、君ほどのパイロットが新型を欲する理由に興味が湧いてね。独自に調べてみたんだよ……まぁ確証は無かったからカマをかけてみたがね」

「……っ」

 

 しまった。

 博士にしてやられたようであり、俺は眉を顰める。

 博士は笑っていて、俺の肩を叩く。


「そんな顔をするな! 別に私は気にしないよ。他の人間にも言いふらしたりはしない……まぁセシリア君は知っている様だがね」

「……?」

「いや、君がアンブルフの洗浄を行っていた時があるだろう? あの時に我々は彼女に呼び出されて向かったんだが……その時に災厄の話を聞かされてね。何でも、彼女以上にお偉い連中が災厄とやらと関係がある君に面会したいらしい……にわかには信じがたいが。君の反応からして無関係でも無いんだろう……言いたくないのなら良いが……何故、そんな危なげな存在を?」

「……初めはSAWからの依頼でその話を聞かされて……個人的な目的で北部などに行っている内に、それが俺の目的を果たす上で、倒さなければいけない存在だと知りました……存在しているかも分からないものですが。SAWから依頼されたのなら、恐らくは……」


 俺は自分の目的や碧い獣については伏せた。

 災厄は知られているからもういいが。

 その二つに関しては、まだ話さない方がいいだろうと勝手に判断した。

 俺の話を聞いていた博士は、顎に手を当てながら考える。


「……ふむ、それならば災厄とやらはまだこの世界に存在している可能性が高いね……いやぁ初めて聞いたよそんな摩訶不思議な話は!! 過去の亡霊、魔王と呼ばれたもの……んん!! 良い!! 実に良いよ!!! そうだろぉウッドマン君!!」

「……博士、危ない事に関わるのは止めてください。我々は研究者であり技術屋で……後方でこうやってパイロットたちの為にメリウスや武装を開発するのが仕事なんですよ。我々が前線に行っても足手まといで」

「あぁぁ!!? そういうのはいいんだよ!! 私は君の個人としての意見を聞きたいんだ!! 君は災厄という強大な力を持つ存在がこの世界にいると知ってどう思ったんだ!!? 全く興味がないのかね!!? ええぇぇ!!?」


 博士はカップを突き出しながらウッドマンさんに聞く。

 彼は両手でカップを持ちながら、ゆっくりと中身を見つめる。

 そうして、ぼそりと言葉を発した。


「……そりゃ興味はありますよ。そんな伝説上の存在……御伽噺みたいな話の魔王ですからね……でも!! 私はまだ死にたくありませんから!! ぜぇぇぇぇたいに! 調査には行きませんからね!!」

「……ふん、つまらんなぁ……まぁいいさ。どうせ、此処にいるナナシ君は奴と戦う事になるんだ。我々はその戦闘データを貰い解析できる!! これほど素晴らしい事は無いよ!! ははははは!!」

「……え、そんな約束は」

「したよ!! したんだよ!!! 君が知らないだけで、もうとっくにね!!!」

「……」


 そんな話は知らないし、恐らくヴァンも何も聞いていないだろう。

 しかし、新型を提供してくれた彼らの願いを無下には出来ない。

 まだそれほど時間は経っていないが、何となく彼らの人となりは分かって来た。

 多分だが、俺の戦闘データを手に入れたところで悪用はしない筈だ。

 それなら、報酬として渡すくらいはするのが当然だと思えて来る。


 俺は笑みを浮かべながら、それでいいことにした。

 そうして、ハッと思い出したように俺との面会の件はどうしたのかと尋ねた。


「ん? あぁそれか……確か、セシリア君が上手い事はぐらかしていたよ。あれなら恐らく、一月二月は大丈夫だろう。その間に、彼女が色々と手を回してくれる筈だ。だから、此処にいる限りは危害は加えられないよ……ま、出て行ったらどうなるかは知らんがね!! ははは!」

「博士!!」

「怒るな!! 私は正直に言っただけで――」


 喧嘩を始めた二人。

 そんな彼らを見つめながら俺はコーヒーをちびちび飲む。


 災厄の事は既に知られていて。

 俺に会おうとしている人間が確実にいる事も分かった。

 それは恐らく、その神の遣いである可能性が高い。


 ……既に、俺があそこで戦っていた事は知られたみたいだな。


 ヴァンたちから連絡が無いから、まだ接触はしていないんだろう。

 いや、ハーランドに連絡をしてきた事から、ヴァンたちは無視して俺に直接会おうとしているのか。

 何方にせよ。奴らは自分たちの立場を明確に明かしていない。

 それは神の遣いであると分かれば、俺が警戒すると思っているからだろう……その考えは正しい。


 もしも、そうであるのなら俺は会いたくない。

 神とは普通の人間にとっては崇めるべき存在でも。

 異分子にとっては恐怖を振りまく存在だ。


 俺たちが虐げられて、いわれのない暴力を振るわれてきたのも。

 神が俺たちの存在を認めなかったからだ。

 そんな存在に会いたいと思う異分子は絶対にいない。


 

 ……だが、何れ奴らは俺と接触してくるだろう。


 

 その時にならなければ分からないが。

 もしも、目の前に現れたのであれば……覚悟を決める他ない。

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