010:夜明け

 歓迎会が終わり、俺とヴァンとイザベラは会社に戻った。

 ミッシェル先輩は今夜から機体の調整をすると言って何処かへと向かってしまった。

 ヴァンに聞けば、別の場所に機体を収容しておくための場所があるようだった。

 L&P社は長期契約によってその場所を確保しているようだ。

 イザベラの機体もそこにあるようで、明日は機体を見に行こうとヴァンが言っていた。


 眠る前に、イザベラはシャワーを浴びるように俺たちに言ってきた。

 彼女やミッシェル先輩は何も言わなかったが……臭っていたのかもしれない。


 俺とヴァンはすぐにシャワーを浴びた。

 ヴァンはシャンプーもボディーソープも自由に使えと言ってきて。

 俺は少しだけ戸惑いながらも、真面な石鹸を使える事に少しだけ感動した。

 シャワー室はヴァンやイザベラは狭いと言っていたが。

 俺にとっては十分すぎるほどに広く。

 最大で二人も使用できるのなら、十分すぎるほどだと思った。


 今まで体を洗う為に使っていたのはただの大きな金タライで。

 湯だって使いまわしであり、誰がどう見ても不衛生だった。

 それが今では、ちゃんとしたシャワー室で温かい湯を浴びる事が出来る。

 俺はヴァンが声を掛けてくれるまでの間、感動のあまり固まっていたらしい。


 そうして、全身を綺麗にして。

 俺は何故か、何時もよりも体が軽くなったような気がした。

 恐らくは、精神的にもかなり応えていたのかもしれない。

 俺が出来るのは部屋の掃除くらいで、自分の体をちゃんと洗う事は出来なかったから。


 ヴァンは俺の為に服を貸してくれた。

 奇跡的にも背丈はお互いに似たようなものだったから服のサイズはピッタリだった。

 青色のジャージと呼ばれるもので、着心地は良い。

 ヴァンは脱いだ服は洗濯するからと言って俺が脱いだものを全て回収した。

 そうして、部屋の隅に置かれていた良く分からなかった横長の黒い箱の中に押し込んでいた。


 俺がそれは何かと聞けば、洗濯機だと言っていて……まさか、たった三分ほどで洗濯が出来るとは思わなかった。


 無音であり、ボタンを押してから三分待てば短い機械音が鳴った。

 そうして、入れた場所とは違う蓋を開けてその中から俺と自分の服を取り出していた。

 汚れは落ちれいるようでこびりついていた臭いも取れていた。

 そうして、乾燥も完了していて……言葉が出ないほどだった。


 俺はこの都市を訪れれて。

 人間たちの生み出したテクノロジーに感動していた。

 そうして、ヴァンと共に別々のソファーに横になって……俺は清々しい目覚めが出来た。


 体の疲れは嘘のように取れていて。

 こんなにも幸せに満ちた始まりは無い。

 心無しか瞳にも光があるような気がして鏡を見れば……何時も通りだった。


 ヴァンは俺の行動をおかしなものを見るような目で見ていた。

 俺は何でもない事を伝えて、ヴァンから渡された歯磨き用のブラシを使って歯を磨いた。

 流石に、兵士の頃も歯はちゃんと磨いていた。

 他の奴らは体を洗ったり、飯はちゃんとしたものを食べていたが。

 歯を磨くという行為が面倒に思っていたのか。

 歯磨き粉や歯ブラシだけは、俺たちの元に新品が届いていた。

 中にはきちんと磨いていた奴もいただろうが……本当に何であれだけは全員分があったのか。


 良く分からなかった想い出。

 それを思いだしながら、俺は歯を磨いてすぐに洗濯したての服に着替えた。

 そうして、ヴァンと共に出かけた。

 朝飯はまだであり、イザベラは起きてこなかった。

 ヴァンが言うには彼女を無理やり起こそうものなら痛い目を見るらしい。

 俺はその事は深く追求せずに、ヴァンと共に車に乗り込んでメリウスを置いている倉庫に向かう。



 

 途中で、ヴァンが車から降りて自動販売機らしきもので何かを買っていた。

 緑色の自販機で、彼が持ってきたのは良く分からない何かのキャラクターがプリントされた長細い何かだった。

 ヴァンは運転をしながらフィルムを剥がしてうまそうに齧りついていた。

 俺も彼に習ってフィルムを剥がして食べてみたが……昔食べたチョコレートに似ていた。


 サクサクとした触感で、表面にはチョコレートらしきものがコーティングされている。

 お菓子の類かと聞けば、ヴァンは「朝飯だよ」と言う。


 このチョコレートの棒は、忙しい社会人の為の軽食らしく。

 値段はたったの百バークで、一本で人体が一日に欲する栄養の三十パーセントをこれだけで補えるらしい。

 味のバリエーションも豊富で、最近は激辛カレー味なるものが出て若者に人気だという。

 安さの秘訣は何かは知らないが、一部の人間は人体に有害な物質を入れているから危険だと吹聴しているとヴァンは言った。

 

「たく、うまいんだから何でもいいでしょうが……安くて美味いんだから……はぐ……一々考えてられねぇよ」

「……確かに美味いな」


 ”栄養満点棒”と呼ばれる食べ物を味わいながら。

 俺は窓から見える景色を見ていた。

 まだ、境界線は超えていないがちらほらと警官が現れ始めた。

 ふらふらと歩きながら周りに目を向けていて。

 怪しげな人間がいれば強制的に止めさせて何かを聞いていた。

 特殊なゴーグルと片耳にイヤホンを付けて、黒いプロテクターを全身に付けた”六極警察隊”の警官二人。

 その腰には、暴徒鎮圧用の電磁バトンとエネルギーガンが一丁。

 エネルギーガンは基本的に非殺傷モードであるが、警官の判断で何時でも殺傷モードに切り替えられる。

 アレの威力は本物であり、バカな兵士が警官に暴行を働いてアレで首から上を吹き飛ばされていた。


「……危険な奴らだ」

「……まぁな。アイツ等は人を殺してもそのほとんどが御咎めなしだ……後ろに三大企業がついているからな」


 奴らのバックには三大企業がついている。

 国すらも操り人形にしてしまう奴らだ。

 国際組織であろうとも関係ない。

 アイツ等は企業にとって体のいい操り人形で。

 その気になれば、市民に牙を剥く事もある。


 基本的には真面目な警官が多いとは聞くが。

 そのほとんどは人を殺す権利を持っている事と同じだ。

 なるべく、奴らから声を掛けられれば大人しく従っておいた方が良い。

 特に、俺が異分子だと分かれば何をしてくるかは分からない。

 殺される事は無いだろうが、金品を要求される事はあるだろう。


 車は通り過ぎて、ミラー越しに奴らを見る。

 警官の一人が此方を見てきたが、すぐに視線を戻す。

 俺は静かに息を吐きながら、視線を前に戻した。


「……ま、気にするな。アイツ等だって暇じゃない。問題さえ起こさなきゃ噛みついたりはしねぇよ」

「……だと良いんだがな」

「……ほら、もうすぐ着くぞ! 楽しみにしていろよぉ」


 ヴァンは俺の肩を叩きながらワクワクしていて……何でお前の方が楽しそうなんだよ。


 俺は子供のようにはしゃぐヴァンを見てくすりと笑う。

 そうして、嫌なものを忘れながら道の先を見つめた。



 

「着いたぞ。此処だ」

「……此処か」


 ヴァンはゆっくりと車を停める。

 倉庫らしき場所の横には車一台が停められるようなスペースがあった。

 駐車場では無いが、ヴァンは迷うことなくそこに車を停めてエンジンを切る。

 無言で降りるように促されて、俺は外へと出た。


 此処は境界線沿いに作られた倉庫で。

 横を見れば同じような建物の先に白い壁が見えた。

 道幅はそれなりに広く、恐らくこのエリアは倉庫が大半を占めている場所なのか。

 倉庫の隣は不自然な程に開けていて、そこには巨大な輸送機が置かれていた。

 四つの巨大なプロペラが付けられたカーキ色のそれ。

 腹の部分には巨大なカーゴが取り付けられていた。

 俺が兵士だった頃に世話になったものに似ているが、これはそれよりは古いかもしれない。

 メリウスを輸送する為の物だろうが、乗せられるのは限界で三機までだろう。

 

 この先を行けば、専用のゲートもありそうだが。

 一々、そこを通って行くのは手間だ。

 許可さえあれば、上空から出る事も出来るから輸送機で……肩を叩かれる。


「ほら、ボケっとしてないで行くぞ」

「あぁ」


 視線を戻して、ヴァンについて行く。


 奴はポケットを漁りながら足を進める。

 そうして、バカでかいシャッターはスルーして。

 隣に設置された扉のパネルに黄色いカードを翳す。

 ピピっと音がしてロックが解除された。

 ヴァンは扉を開けて中に入っていく。

 俺も中へと入り――っ!


 中へと数歩入れば、後ろの扉は勝手に閉まった。

 俺の視線の先には”巨人”が二体立っている。

 一体はワインレッドを基調にしたメリウスで。

 ほどよく装甲が付けられたそれは中量二脚型だと分かった。

 無駄な装飾は無く、全体的に丸みを帯びた形状をしている。

 コアがある胴体部は長めに設計されていて、頭部もそれに合わせて前後に長くなっていた。

 背中は見えないが、肩を超えるほどの長さのスラスターが二つ見えている。

 頭部は後ろへと伸びており、センサーを覆うように前面には黒いバイザーが掛けられていた。

 起動状態では無いからどんな感じになるのかは分からないが。

 肩の砕けたリアルな心臓のデカールと合わさって、中々に趣のある機体だと思えた。


「……アレはイザベラの機体だろうな……それじゃ隣が」

「あぁ、そうだ。アレがお前が乗る事になる機体――”アンブルフ”だ!」

「……アンブルフ……どういう意味だ?」

「あぁ、元々はターゲスアンブルフって名前だったんだが。イザベラが長ったらしいって言うからな。アンブルフって名前に変えたんだ。元々の意味は確か……”夜明け”だったか」

「……夜明け、か」


 俺はコツコツと靴の音を鳴らしながら。

 ゆっくりと俺の愛機となるアンブルフの前に立つ。


 灰色のカラーリングをした”狼”をイメージさせる機体で。

 手足は細く胴体部は鋭角に尖っていた。

 背中の方に取り付けられたスラスターと胴体部が一体となっているように見えるな。

 他にも足や腰にサブスラスターらしき物が付けられているようにも見える。

 今は武装は外されているが、肩にマウントさせるための折り畳み式のアームが見えた。

 全体的に言えば、中量型に近い軽量型で……機動力と手数を武器にした戦い方を好む機体だな。


 頭部を見れば、鎧のヘルムのように見える。

 バイザー以外にもそれを守る為の装甲が増設されていて。

 基本的には前面に展開される筈のそれは装甲のせいで双眼センサーのように見えた。

 恐らくは、元々の機体から色々と弄って今の形にしているのだろう。

 

 視覚を損なうような改良では無い筈だ。

 アレは敵の攻撃からカメラと光学装置などが一体化したメリウスのセンサーを守る為のものだ。

 よく見れば、脚部のふともも辺りにも増設された箇所がある。

 何かを収納しているのか展開できるようにも見えるが。

 機体の全体に目を見張れば、同じような亀裂があって……コックピッドが開く。


 ゆっくりと音を立てながら胴体下部のハッチが展開されて。

 中からひょっこりとカーキ色の作業服を着たミッシェルが顔を出す。

 俺たちを見つければ、彼女は何かを叫びながら降りて来た。

 安全ベルトの金具を外してから、ハッチから伸びるロープを掴んで降りて――ヴァンに掴み掛る。


「テメェあれは何だ!?」

「え? アレってアンブルフの事か?」

「あぁそうだよ。それだよ! システムを弄ったって言ったが――こいつを殺す気か!?」


 ミッシェルはものすごい剣幕でヴァンを怒る。

 彼女の言い分を聞けば、ヴァンの設定は滅茶苦茶だったようで。

 凡そ、普通のパイロットでは扱えないようなピーキーな設定にしてしまっていたらしい。

 そして、彼女がそれを直そうと試みたが設定はそれで固定されていて。

 彼女は今の今まで、どうしたものかと思いながら機体をメンテナンスしていたようだ。

 

 ヴァンはへらへらと笑いながら「ナナシなら問題ないだろうさ」と言う。

 彼の言葉を肯定する様に頷きながらも。

 俺は念の為に、どのような設定にしたのか二人に尋ねた。

 すると、ヴァンは簡単に「機動戦に特化させた」とだけ言う。

 ミッシェルはヴァンの服から手を離しながら、頭をくしゃくしゃと掻く。


「……簡単に言ってるけど。機動戦に特化させるために、諸々のセーフティを緩くしてあるんだ。後はスラスターの出力も規定値の1.5倍まで引き上げていやがる。速いだろうが、あれじゃ暴れ馬だ。センサーの類は最新のものにしてあるから違和感は無いだろうが……ハッキリ言って玄人向けだな」

「……だが、性能は上がっているんだろう」

「……あぁ一応な……たく、一つのミスでお陀仏になっちまうようなもんを良く新人に渡せるな」


 先輩はヴァンに呆れたような目を向ける。

 すると、ヴァンは暫くの間、首を傾げていた。

 

「……あれ? そう言えば言ってなかったか?」

「あぁ? 何がだよ」

「ナナシは元メリウス乗りの退役兵だぞ」

「あぁはいはい退役兵、ね……はぁぁ!? ちょ、お前幾つだよ!」


 ミッシェルは驚愕を露わにして俺に視線を向けて来た。

 俺はそんな彼女の質問に素直に答える。

 

「今年で二十歳になったと思う」

「二十!? 何時、何時だよ!? メリウスに乗ったのは!」

「……教育を施されたのが二年で……十二の時だな」

「十二……は、はぁ? う、嘘だろ? 何で十二で乗れるんだよ……いや、お前。まさか」


 ミッシェルは何かに気づいたように俺の首に視線を向ける。

 俺は気づいたのなら仕方ないと布に手を掛けた。

 そうして、その下の首輪を見せながら答えを示す。

 

「……俺は異分子だ」

「……っ!」


 少なからず彼女は驚いている。

 だが、嫌な視線は感じない。

 彼女は黙ったまま俺の首輪を見つめて――笑う。


「はは、何だよ。そんな理由があったのか……だったら、納得だ」

「……随分と好意的だな」

「んあ? そうか? まぁ異分子の良い噂は聞かないけど……お前を見てたら、別に普通だしな」

「俺が、普通?」

「あ? だってそうだろ。美味そうに飯食って子供みたいに目を輝かせて……普通の人間だ」


 ミッシェルは笑みを浮かべながらそう言う。

 俺は彼女の素直な感想を心に響かせながら。

 上がりそうになる口角を抑えて、視線をアンブルフに向けた。


「……これは何処の機体なんだ?」

「ん。確か……あぁそうだ。”ハーランド社”製の第四世代型メリウスだ……二世代も前の量産モデルの”ニューライフ”を改修したもんだが。性能自体は最新型にも負けてないと思うぜ……ただ、第五世代や第六世代と違って高性能AIによる補助も無ければ、操作性にも癖がある。おまけにこの馬鹿が弄ったせいでとんでもなくなっちまってる……兵士時代はどんなのに乗ってたんだ?」

「同じ第四世代型だ」

「……うし、ならそこは問題ないか……大体の調整とメンテは終わったから。ちょっと試しに乗って見てくれ。お前の手に合わせておきたいからさ」

「分かった……ヴァン、行ってくる」

「おう。存分に――堪能してくれ」


 ヴァンは腕を組みながら笑う。

 俺は頷きいてから、視線を先輩に向けた。

 彼女の背を追ってコックピッドまで向かう。

 果たして俺の新しい機体であるアンブルフはどんな奴なのか。


 味わう事が無かった高揚感。

 また再び戦いの日々に戻ると言うのに――俺の胸は躍っていた。

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