009:きな臭い依頼

「おやっさん! これ滅茶苦茶うめぇーよ!」

「だろぉ? こいつは俺の新作だからな。この鍋も特注品よぉ!」


 目の前に置かれた独特な形をした鍋。

 その中には色々な具材が要られれていた。

 本で見た事のある材料であり、海鮮系と呼ばれる鍋だと理解した。


 大きなエビや貝が入れられている。

 他にも魚の切り身や手頃な大きさに切ったジャガイモなど。

 真っ赤なスープでじっくりと煮詰められたそれは確かに美味かった。


 イザベラがよそってくれたそれを口に頬張る。

 スープの正体はトマトをベースに作られたものだと分かった。

 酸味はそれほど強いものではないが、トマトの風味はちゃんとある。

 魚介から抽出されたエキスがスープと混じり合い。

 昔仲間が言っていた”旨味”とやらが今なら分かる気がした。


 エビは身が引き締まっていて噛めば噛むほどに出汁が染み出る。

 ジャガイモもほくほくとしていて、軽く噛んだだけで身がほろほろ口の中で崩れる。

 この貝はよく知らないが、中の身はぎっしりと詰まっていた。

 ヴァンたちは細長い二つの棒で器用に取っていたが、俺はそれを使えずナイフとフォークで取っていた。

 最初は上手く取れず、出汁が跳ねて熱かったが。

 今では何とか取れるようになって、そのぷりぷりとした身の弾力のある食感を大いに楽しんでいた。


 魚の切り身も美味かった。

 出汁がよく染み込んでいて、元は淡白な白身であっても。

 スープと合わさる事によって奥深い味がした。

 優しい味であり、これらを食べているだけで体が温まっていく。


 エビ、じゃがいも、貝、魚――交互に食べていく。


「ほら、食べてばっかりいないで。飲みな」

「……ありがとう」


 前に座っていたイザベラが手に持った瓶を傾ける。

 俺はコップに注いでもらいながら礼を言った。

 とくとくと音を立てて注がれたそれは、無色透明で水のように見える。

 しかし、コップを持って顔を近づければ独特な香りが鼻腔を擽る。

 アルコールの匂いは勿論ある。しかし、俺が知っている酒の香りじゃない。

 イザベラから貰ったアレも良い香りがしたが、これも良い香りだと思った。


 ゆっくりと口をつけて一口飲む。

 すると、何かの穀物で作ったかのような甘みがする。

 それも前面に押し出るようなものではなく控えめで。

 とても繊細な味でありながら、その存在感は確かに感じられた。

 口の中で転がすように味わいながら、ゆっくりと飲み込む。

 するすると喉を通っていったそれは、後味もとてもスッキリとしていた。


「……美味しい」

「ふふ、そうかい。アンタ、いける口だね」


 イザベラは嬉しそうに飲んでいた。

 俺も少しだけ口角を上げながら飲む。

 鍋と酒によって心はほんのりと温まり。

 ヴァンとミッシェル二人の口喧嘩でさえも、耳心地のいいメロディーに聞こえた。


 俺はゆっくりと店内を見る。

 見たことも無い木造で作られた店で。

 今日は運の良い事に客は俺たち以外にはいなかった。

 外観はとても汚かったが、内装は落ち着いた雰囲気があり清潔感に満ちている。

 温かな暖色の光が店内を優しく照らしていて、耳心地の良い川のせせらぎの音が静かに流れている。

 店主らしき男はシミ一つ無い綺麗な白い衣服に身を包み。

 腰の辺りに青いエプロンのようなものをつけていた。

 黒いドレッドヘアの店主は独特な青いゴーグルを付けていて。

 俺の視線に気づけばカウンターの向こうで金の歯を光らせてニカリと笑う。


 見てくれは怪しくとも、この料理で人となりは分かる。

 丁寧に作られた料理は本物で、確かな気遣いが感じられた。

 この酒もそうであり、客に対していい物を提供したいという心がある。

 だからこそ、隠すことなく店にある酒をカウンターの奥の棚に並べているのだろう。


 良い店であり、とても落ち着く。

 治安が悪そうな場所に建てられていても。

 此処にいれば何故だか安心できるような気がした。


「……ふぅ、やっぱりおやっさんの店で正解だろう?」

「……まぁ、ここ等辺じゃ。この店以上の所なんて無いけど……偶にはサプライズがあってもいいんじゃないの?」

「はは、サプライズはあっただろ。この鍋だ! おやっさんは毎日がサプライズなんだ! なぁ!」

「オウよ! こちとら料理に関しては妥協はねぇぜ! 世界中のありとあらゆる料理を、この俺が作ってやんよ!」

「おぉ! 流石おやっさんだ! これからも頼むぜ!」

「嬉しいねぇ……ところで、先週の飲み代の件だが……まだか?」

「……さぁ、腹も膨れたし仕事の話をだな」

「……はぁぁ」


 おやっさんはガックリと肩を下ろす。

 ヴァンは相変わらずで……まぁ返す気はあるんだろう。


 奴はグラスの酒を飲んでから、ゆっくりとそれを置く。

 そうして、皆に視線を送りながら説明を始めた。


「久しぶりの仕事だが。まぁ大丈夫だろうと判断した……仕事の依頼者はとある名の知れた物流会社だ」

「とある、ね……ケッ、どうせ暴かれたくない秘密があるんだろう」

「まぁな……その企業からの依頼はとある傭兵グループが強奪した荷物を奪い返して欲しいっていうもんだ」

「荷物を奪い返す……荷物は何だ?」

「詳しい事は分からない。ただ、コンテナ一つ分の荷物らしい……傭兵グループは近々その荷物を別の人間に売りつけようとしているらしい。取引が行われる場所は此処から約五百キロほど離れた場所にある旧工場地域だ」

「廃棄された場所で取引ね……益々、怪しいじゃないか」


 イザベラは目を細めながら言う。

 ミッシェルもその言葉に同意していて。

 俺自身もきな臭い話だとは思った。


 依頼した企業の名を明かさず。

 コンテナ一つ分の荷物というだけで何が入っているのかは言わない。

 強奪したと思わしき傭兵グループはそれを何者かに売りつけようとしている。


「……敵の数は」

「確認されている情報ではメリウス乗りは三名。”プライマルバイオPB”が十から二十ほど。ただの歩兵は……ざっと二十ってとこだな」

「……少なくないか……まぁPBは兎も角、歩兵程度なら問題ないと思うけど……姐さんはどうするんだ?」

「ん? 勿論、受けるよ。こういうきな臭い依頼ってのは……総じて報酬がデカいもんだ。そうだろ?」

「……あぁ、その通りだ。移動費に修繕費。二機分の弾薬代を払ってもデカいおつりが来るくらいにはな……ナナシ、受けるか?」


 ヴァンは俺に視線を向ける。

 奴が俺を交えて仕事の話をしたと言う事は、そうなんじゃないかと思っていた。

 まだ仲間になったばかりで、彼らのルールも俺は知らない。

 それでも、ヴァンは俺をこの依頼を俺にも一枚かませようとしていた。


 ……試すつもりなんだろう。俺の実力を。


 俺はゆっくりとグラスを握る。

 そうして、残りの酒を一気に飲み干した。

 ゆっくりとグラスを置きながら、俺はヴァンを見つめる。


「――受けたい。やらせてくれ」

「……よし。それじゃ、イザベラとナナシの二人に任せる。サポートは俺たちに任せてくれ」

「あぁ頼む……イザベラもよろしく頼む」

「ふふ、あぁ頼りにしているよ。新人ニュービィ


 イザベラは笑みを浮かべて酒を飲む。

 隣に座る先輩を見れば、ぶつぶつと何かを言っている。

 俺は心配そうに見ていれば、ヴァンが説明してくれた。


「ミッシェルは今、お前の機体をどうするか考えてるんだよ……と言っても、ウチが保有しているメリウスの中で使えるもんは一機しか残っていないけどな」

「……他はどうしたんだ」

「ん? そりゃ辞めた奴らに退職金の代わりにくれてやったり……大破して使えなくなったガラクタだったりな」


 ヴァンは俺から視線を外して遠くを見る。

 少しだけ寂しそうな目をしていた。

 俺はそんな奴の顔を見つめながら、聞くべきではない事を聞いてしまったのではないかと思った。

 だからこそ、咄嗟に謝ろうとして――奴はニカっと笑う。


「ま、一機だけでも残っていて良かった良かった! アレはちょっと扱いづらいかもしれねぇけど。慣れれば異名付きの傭兵にも後れを取らない筈だぜ」

「……期待しているよ……それで、何時、その取引は行われるんだ?」


 俺が質問をすれば、ヴァンはにやりと笑う。

 

「――明後日だ」

「はぁ!? 明後日だぁ!? ふざけんなよ!」


 どや顔で言えば、隣に座っていたミッシェル先輩が驚きを露わにする。

 イザベラもジト目でヴァンを見ながら「間に合うのか?」と言う。


 メリウスの整備に関しては専門外で。

 メカニック一人で調整するのにどれほどの時間を要するかは分からない。

 しかし、単純に見積もって一日で俺とイザベラの機体を調整するのは……厳しい気がする。


「あぁ分かってるよ……言ってなかったと思うが、アレは俺が手を加えて置いた」

「加えて置いたって……いや、何時だよ!?」

「ずっと前にな……そんな顔すんなって。大丈夫。細かい調整さえしておけば、ナナシなら問題ないって」

「……その自信はどこから来るんだよ……お前も、文句があるのなら言っておけ。あの世に行ってからじゃ遅いぞ」


 先輩は俺の脇腹を軽く小突いた。

 俺は静かに頷きながら、ヴァンを見る。


「……ありがとう」

「はぁ!? 文句だよ! 文句!」

「ははは、やっぱり俺の目に狂いはねぇ! そうだろ、イザベラ!」

「……あぁそのようだね。実物が拝めそうだ」

「は、はぁ? 二人共、何を言ってんだ……?」


 先輩は二人の反応に困惑していた。

 だが、俺は二人が期待している部分を知っている。

 恐らく、彼らは俺たち異分子が戦場でどんな戦い方をしてきたのかを知っているのだろう。

 だからこそ、ヴァンも過去に自分が行った調整でイケると判断した。

 誰が乗るかも分からない機体に俺を乗せる事が出来ると思えたのだ。


 その期待になら――応える事が出来る。


「先輩、調整は大体で良い。後は自分で何とかする」

「な、何とかって……あぁ、もう! 分かったよ! 知らねぇからな!」


 先輩は怒りながらも俺の言葉に応えてくれた。

 俺はそんな先輩に感謝しながら、初めての依頼に少しだけ興奮していた。

 望まれて戦場に立つ事は無かった。

 誰も俺たちが帰って来る事を望まず。

 死ねば喝さいが挙がる事さえあったのだ。


 そんな中で、ヴァンやイザベラは俺が無事に帰還できると信じてくれて。

 ミッシェル先輩は俺の事を本気で心配してくれていた。


 温かい。とても温かい時間で……絶対に成功させたい。


 かつてないほどの熱。

 自らの意思で戦場へと行こうとしている。

 過去の自分では考えられなかった気持ちの変化を――俺は心から祝福した。

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