第64話 新たな風


「――フゥ。今日は2つの居住区しか回れなかったが、両方ともいい関係を保てたな」


 モンバ居住区でも、カノシズカ居住区と同じ話をした結果、難なく交渉は成功し、郵便制度を設けることができた。

 食料やランタンも、非常に助かるとのこと。


「しかし、このまま順調にいけるでしょうか?」


 帰路で馬に乗っている俺に近づいた兵士が聞いてきた。


「まあ断固拒否してくる所もあるだろうな……」


「その場合は……」


「――その時はその時だ。会ってみなければ分からないだろう?」


「それはそうですが……」


 兵士は不安そうに返事をした。


 大小合わせて、まだ30も居住区があるんだ。

 いちいち不安になってなどいられない……!


 俺は決意を胸に、屋敷へと帰っていった――。




◇ ◇ ◇




「――リンドラ様。カロンは記憶がなくなっていました」


 屋敷に帰って早々、ルシアに呼び出されたと思ったら、衝撃の事実を聞かされた。


「どういうことだ……?」


「私が監視する上で、病室で寝かせていたのですが、今日の昼頃、急に目覚めたと思うと、なぜ自分がここにいるか、すっかり忘れていました……」


「……戦争のこともか?」


「はい。いくつか質問をしたところ、部下に聞いた通りの、臆病な性格に戻っていました」


 性格が戻った……?

 記憶も失っているということは……。


「――催眠の類か」


「はい。私もそう考えました。しかし……」


「しかし……なんだ?」


「あの慎重で臆病な男を催眠であそこまで性格を変える。魔法に違いありません。そして催眠となると、闇魔法の使い手だと予想できます」


「闇魔法か……」


 闇魔法。

 自身の体に、呪いをかけられる代わりに、とんでもない強さの魔法が使えるというもの。


 出会ったことはないが、特殊な魔法もあると聞くし、催眠もそのうちに含まれるだろう。


「ますます面倒なことになってきたな」


「はい……」


「だからこそ、早く全ての居住区と接触しなければ」


「はい。明日からは、カロンを監獄に収監した後、私もお供します」


「助かる。その為にも、今日はゆっくり休んでくれ」


「はっ。失礼します!」


 ルシアは命じられた通り、その場から離れていった。


「……まあ居住区の人たちと仲良くなるのはもちろん、温泉施設も完成させて、周囲の領地にアピールしなければ――」


 俺も明日の予定を立てる為、自分の部屋に戻っていった。




◇ ◇ ◇




「――雨か」


 準備万端で、勢いよく起きた俺は、その勢いのまま窓のカーテンを開けると、激しい雨が降っていた。


 雨を見るのも久しぶりだな……。

 サイハテ領は雨が降りにくいのか。


「今日は無理か」


「――リ、リンドラ様ッ! 大変ですっ!」


 居住区の訪問はできないから、代わりに今日は何をしようか考えていると、ザカンが部屋に飛び込んできた。


「どうした! 敵襲か!」


「い、いえそれが……」




◇ ◇ ◇




「――いやぁ、参った参ったぁ」


 屋敷の玄関には、ずぶ濡れの男が立っていた。

 白衣のような白い服を着て、手には鞄を持っていた。


「どちら様で?」


 見た感じ20代の男だ。

 髪の色は若干茶色。

 ずぶ濡れだし、乾かすついでに武器を所持しているか見るか。


 俺は風魔法を使い、その男に風を吹きかけた。


「あばばばばっ……」


 男に風をかけると、次第に全体が乾いていくと、滴っていた髪の毛がぼさぼさになっていく。


「――うおおっ。これが魔法かぁ」


 今まで見たことがないのか、男は魔法に驚いている。


「それで、貴方は一体……」


 ザカンが質問を切り出した。


「あっ! 名乗るのがまだでしたねぇ。私、王様のいる城下町からやってきました。ポモナと申しますぅ」


 のらりくらりと話す男は、ポモナというそうだ。


「ポモナ? 訪問の予定なんてあったか?」


 俺はザカンに確認した。


「はい。ないはずですが……」


「あれぇ? ここってサイハテ領ですよね?」


 何が何だか分からない2人に、ポモナは聞いてきた。


「そうでございます。そしてこちらが、このサイハテ領の領主である、リンドラ様でございます」


 ザカンは、俺のことをポモナに紹介した。


「あ〜っ! じゃあ合ってますね!」


「ん?」


「ほら。依頼したでしょう? 医者を……」


「医者。もう来たのか!? つい先日ルシアに頼むよう任せていたが!」


 バートゥに頼まれた日にすぐに手配するようルシアに頼んでいたが、まさかこんなに早く来るとは。

 しかもこのサイハテ領に……。


「はいぃ。その医者ですぅ」


「……」


 本当か……?


「あれ? 疑っていますぅ?」


「いやちょっと……かなり」


「いやでも、これ、ちゃんと資格は持ってますよ」


 自分が正規の医者だと証明するための、免許証のようなものを見せてきた。


「ちゃんと本物のようですね」


 ザカンはまじまじと見て、医者であることは間違いないと言った。


「えーっと。あっ、この鞄に専用の道具とか……。あっ、ぐちゃぐちゃになってる……」


 不安だ……。


「いやいや。不安になっているかもしれませんが、ちゃんと医者できますからっ。ほとんど診たことないけど」


 不安だぁ……。


「まあ実際に医者としての働きを見てもらわないと信じてもらえませんよね? 急患はどこですか」


「急患……? まあ早く観てほしい人たちならいるが」


「あれぇ? 前働いていた所から、追い出されるように出発することになったから、てっきり急患を任されたのかと」


 それ多分追い出されたんじゃ……。

 いや実は天才で、手に負えないとか……。


「助手として働いていたんですが、結構ドジしちゃうことが凄いあったんですけど、僕も一人前と認められたんですかねぇ」


 やっぱり追い出されてるぅ。

 不安だぁ……。

 

 サイハテ領に、また新しい大風が吹き荒れる予感がしたリンドラであった。

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