第62話 狙いは


 翌日――。


 コンコンコンッ。


「――来たか」


 自室で待機していた俺は、ある人物が来るのを待っていた。

 部屋にはザカンとノア、そして俺がいた。


「入ってくれ」


「――失礼します」


 部屋に入ってきたのはバートゥだった。

 今回は武器を持たず、部下も連れず、1人でやってきた。


「まあ座ってくれ。ノア、お茶を頼む」


「はっ、はいっ!」


 ノアは紅茶を淹れる準備を始める。

 バートゥは言われた通り、俺と向き合う形で、ソファに座った。


「バートゥ。そしてオンドレラル居住区の民たち。まずはこの戦いに参加してくれたこと、感謝する。君たちがいなければ、どれだけの被害が出ていたことか」


「いえ。俺がしたのはほぼ奇襲に近いですから、そこまで感謝されるようなことはしていません」


 敬語で話してくれるようになったのか。

 目つきは悪いし、淡々としているからちょっと怖いけど……。


「いやいや、君たちがいなかったら壁が破られていたかもしれなかった。それ相当の報酬は用意したい」


「そこまで言うのならば、1つお願いがあります」


 俺から報酬の言葉が出るのを待ってたな……。


「何だ? 言ってみてくれ」


「はい。医者を導入してほしいのです」


「医者? それは病気の治療を主にした医者か?」


 兵士のほとんどが、外傷に対する治療の知識は持っている。

 だが病気はなぁ……。

 戦争の前に考えていたが、忘れてしまっていた。


「はい。実は、オンドレラル居住区にて、ほとんどの者が寝込んでおり、熱も出ているのです」


「何……? 今までそのようなことは?」


「いえ。初めてのことなので、ただの風邪ではないと思い、早急に手配してほしいのです」


「そうか……」


 マズいな。

 一刻も早く医者に診せないと、手遅れになるかもしれない。

 それに、食料を届けているから、こちらにも広がる可能性がある。

 

「分かった。すぐに手配する。ザカン」


「かしこまりました」


 ザカンに合図を出すと、部屋を即座に出ていった。


「ありがとうございます」


「よし。じゃあ一時中断していた葡萄の件は、それが解決してからだな――」


 その後、医者を手配することは、こちらとしても助かるので、治療を無料で受けることを報酬にするということを、話し合いで決めた。




◇ ◇ ◇




 バートゥを返した後、ルシアが俺を呼んでいると、ザカンから伝えられた。

 呼ばれた場所は、地下にある牢屋である。

 バーンに、研究の為にと与えた地下室とは別の場所にある者だ。


「――わざわざ牢屋に呼び出すなんて……。まさか俺を監禁するつもりじゃ……!」


 地下への階段を降り切った時、つい不安が頭をよぎった。


「しませんよそんなこと」


「わっ!」


 階段下の薄暗い場所で待っていたルシアがツッコんだ。

 俺はつい変な声が出てしまった。


「す、すまない。取り乱した」


 俺は声を落ち着かせ、平静を装う。


「……こちらです」


 ルシアも本来の目的の為、俺を案内する。


「そういえば、暫く襲撃はないと聞いたが……」


 両側に牢屋が並ぶ廊下を歩きながら、俺はルシアに質問した。


「……私も会ったのです。カズキと名乗る男に」


「何!? アイツが……?」


 まだ1ヶ月経っていないが……。


「はい。リンドラ様がおっしゃっていた容姿と酷似していたので、間違いありません」


「まさかアイツが言ってたのか?」


「はい。噂を流したから、暫くは襲撃はないと」


「……お金取られた?」


「いえ。今回はやりたくてやったから無料でいいと言っておりました」


 珍しい。

 金なしで動くなんて。


「敵の情報が正しかったこと。あの地図の正確性。それを見て、信じるに値すると思いました。念の為、私の部下に、周囲の警戒をさせていますが」


「まあ大丈夫だと思うんだがな。まだアイツの本性が分からない分、警戒しておいた方がいいか」


「私の勝手な行動を認めて下さり、ありがとうございます」


 ルシアは立ち止まり、深々の頭を下げた。


「いい。気にするな」


 ガンッ!!


「――ここから出せ!」


 ルシアを許すと、先の方から怒号が聞こえてきた。


「この声は……」


「捕らえたカロンです」


 ルシアが頭を上げ、声が聞こえた牢屋に、俺を案内した。

 そこには鎖で縛られているカロンがいた。


「――テメェ! ガキ領主じゃねぇか! ここから出せ!」


「貴様ッ!」


 ルシアは牢屋の檻を叩き、俺に対する無礼に激怒する。


「待て待て。なぜカロンがこの牢屋にいる。全員監獄に収監しなかったのか?」


「申し訳ありません。この男、怪しいことが多いので、情報を吐かせようとこの牢屋に」


「怪しい?」


「――怪しくねぇよ! 早く出せ!」


「黙っていろ貴様ッ!」


「……具体的には、どの点が怪しいと?」


「……はい。まず、わざわざ宣戦布告をしたこと。そして、こちらの戦力を把握していたこと。そして最後に――」


「なっ! 待っ――」


 ルシアの言うことを、カロンが遮ろうとしたが、ルシアは無視してこう言った。


「この男。今まで大きな盗み、襲撃をしたことがないんです」


「へ?」


 どういうことだ?


「多くの部下を上手く分担し、荷馬車や小さな居住区を狙って襲っていたと、実際にコイツの部下から聞きました」


「つ、つまり、わざわざ戦争吹っかけて、発展している村を襲いに来るような奴ではないと?」


「はい。慎重と言うより臆病で、自分より強い敵には絶対挑まない小心者です」


「い、言い過ぎだろ!」


 ルシアの冷たい発言に、思わずカロンは声が出た。


「……と、部下が言っていました」


「アイツらがぁ!? そんなこと言ってたのぉ!?」


「プッ……」


 つい吹き出してしまった。


「何笑ってんだ! このガキ――」


「貴様ァッ!!」


ガキ・・って言葉がダメなのか!?」


「と、とにかく! コイツが戦争を吹っかけてくるとは思えないんだな?」


 俺はなんとか場をまとめようと、ルシアに問いかけた。


「ハァ……ハァ……。はい。これは、カロン以外の誰かが指示を出したに違いないと推測しました」


 カロン以外の誰か……。


「ルシアは誰だと思う?」


「カロンよりも強い盗賊に脅されて……。いや、それならば絶え間なく攻めてくるはず。となると……」


「もっと上か?」


「おそらく、別の領地か。周囲の国からの指示ではないかと」


「わざわざこの廃れたサイハテ領を? いやまさか……」


「――俺(リンドラ様)を狙っている?」


 俺とルシアは同じ答え辿り着いた。


「お、俺は誰にも指示されてない! 俺が決めたことだ! 俺が……。俺が……?」


 否定するカロンの様子が何かおかしい。


「おいどうした! おい!」


「ち、違う! 俺! 俺は……!」


 カロンは苦しんだ様子を見せたと思うと、ガクッと意識を失ってしまった。


「気絶した……?」


 ルシアも驚愕しながらも、牢屋の鍵を開け、カロンの安否を確認する。


「い、一体、何が起ころうとしているんだ……」


 俺は自分の身に危険を感じ、顔を引きつらせた――。


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