3章

第61話 休み


 俺はルシアと話した後、自室に戻って、窓の外を眺めていた。

 その時、コンコンコンッと、部屋の扉が叩かれた。


「――私だ。ジャッカルだ」


「……入れ」


 ジャッカルは許可をもらうと、部屋の扉を開けた。


「珍しいな。お前が俺の部屋に来るとは……」


「ま、まあな。戦争中は話せなかったからな」


「そういえば、西の軍を全員南に寄こしたの、お前の指示だってな。助かった」


 ジャッカルは腕を負傷した後、バーンに援軍の件を頼んでいたのだ。


「監視塔から落ちる寸前、南が劣勢なのが見えたからな」


「お前落ちたのかよ。怪我は?」


「私をなめるな。無傷で着地したさ」


「その腕の傷は?」


「ガウに噛まれた」


「そうか……」


「しばらく弓は引けないがな」


「……ゆっくり治してくれ。狩りも休んでいいから」


「そうさせてもらう。しばらく襲撃はないらしいからな」


「ん? なぜ分かる?」


「聞いてないのか? ルシアがそう言ってたぞ」


 聞いてないな……。

 まあ後で聞いとくか。


「……俺も休みたいところだが、明日からまた頑張らなければな」


「はぁ? 1日くらい休めよ。腕に穴空いたって聞いたぞ。なんたら治療で穴は防げたけど、しばらくは思うように動かせないって」


「詳しいな……」


「はぁ? たまたま聞いただけだし!」


「……あっそ」


「と、とにかく、明日だけでも休むこと! それか仕事減らす! いい?」


「だが……」


「いてもたってもいられない気持ちは分かる。でも、アンタが皆を思うように、皆もアンタのことを想ってるんだ……。休んでくれ」


 ジャッカルは切実に頼んできた。


「ッ……。分かった。明日は最小限の仕事だけする」


「分かってくれたか」


 よくよく考えてみれば、この戦の勝利は区切りだ。

 一旦休むことも大切だ。

 だが――。


「――だが、戦って死んでいった者たちを弔ってからだ。いいな?」


「もちろんだ。私も手伝う」


「ああ。ありがとう」


「……よし。要件はこれだけだ。絶対休めよ」


 ジャッカルは踵を返して、部屋を出ていった。


「フッ。分かってるよ」


 俺は手をヒラヒラさせ、部屋を出ていくジャッカルを見送った。


「……俺はこの地の領主。引きずっちゃ行けないな。明日の1日で気持ちに整理をつけるか」


 俺は一旦戦のことを忘れて、眠りについた。




◇ ◇ ◇




 翌日の昼過ぎ――。


「――ありがとう。共に戦ってくれて」


 俺たちは午前中に、戦死者を土葬した。

 木の杭をそこに刺し、名を刻んだ。


「ちゃんとした墓は、必ず作る。ゆっくり休んでくれ」


 俺は膝をつき、目を瞑った。

 他の者たちも、後ろで目を瞑った。

 その場は、沈黙に包まれる。


「…………」


「――よし。みんな、各自仕事をと言いたいところだが、午後は休んでくれ」


 俺がそう言うと、全員が納得し、各自家に戻っていった。


 俺は彼らの遺族に会いに行こう。

 そして伝えなければ。

 彼らの勇姿を。


 俺も最後に、その場を離れた。




◇ ◇ ◇




「――う、うぅ……。あ?」


「目が覚めたか。カロン」


「テ、テメェ。俺を斬った……ルシアだったか? 何の真似だ」


 カロンは体を鎖で縛られた状態で目を覚ました。

 牢の中に閉じ込められており、ルシアが牢の外から話しかけてきた。


「貴様の部下が全員、監獄に送った。だが、貴様の身だけは我々が暫く預かる」


「なっ……!」


「まあ、貴様が情報を吐けば、すぐに収監してやる」


「情報……?」


「貴様が誰に指示されたのか。知っていること、全部吐いてもらうぞ……!」




◇ ◇ ◇




「――暇だ」


 ジャッカルに言われたように、午後は休養に励もうとしたが、やることがなくて困っている。

 自室の椅子に座って、思考を巡らせるが、何も思い浮かばない。


「……おーい。誰かいるかー」


 誰か相手をしてくれと願いを込め、部屋の外に呼びかける。


「――お、お呼びでしょうか!」


 誰かが慌てて返事とは裏腹に、ドアがそーっと開いた。


「誰だ?」


 俺はドアが開く様子を見ていると、ノアが様子を伺いながら入ってきた。


「おぉ! ノアか!」


 戦いが終わってからも、まともに話していなかったので、俺はテンションが上がった。


「は、はいっ。ノア……ですっ。何の御用でしょうか!」


 あーこの感じ。

 なんかノアって感じだ……。

 なんか俺キモくね?


「いや、特にこれといった用はないんだが……。あっ、最近仕事は覚えてきたか?」


 前もこんなこと聞かなかったか?


「は、はいっ。もう完璧……って訳ではないんですけど、大分覚えました」


「そ、そうか。励んでくれ」


「はいっ!」


 え、これで終わり?

 俺こんなコミュニケーション能力なかった!?


「あと……えっと……」


「りょ、領主様っ」


 話す内容に悩んでいると、ノアの方から話しかけてきた。


「ど、どうした?」


「領主様はどうして、そこまで皆のことを想ってくれるのですか?」


 ノアは不安そうに聞いてきた。


「私の仕事の覚え具合などの些細なことから、この村のこと。別の居住区のことまで……」


 いきなりなんでこんなこと……。

 いや、ずっと思っていたのか。

 今までの領主がよっぽど酷かったからか、逆に不安なのか?


「別に。民のことを想うのは当然だろ。領主なんだし」


「え……」


 俺はケロッとした態度で答えた。


「と言っても、まだまだ別の居住区で苦しんでいる人はいる。俺はその人たちも救わなければならない」


 強大な3つの盗賊団のうちの1つを倒すことができたが、小さな盗賊団はうようよいるからな。

 早く脅威を取り除かなければ。


「明日から盗賊団を倒す討伐隊を結成し、干し肉、ランタンの商売を再開、販売範囲の拡大する。そして、別の居住区にも足を運ぶ。明日からまた忙しいな。アハハッ……!」


 今までがスローペースすぎた。

 そして視野が狭かった。


「そ、その気持ちは本当に嬉しいですっ。でも、無理をなさらず、体は壊さないようにして下さい。私も陰ながら支えますっ!」


「フフッ。助かるよ」


 ――明日からまた、領地開拓を頑張ろう。


 俺はそう決心し、この貴重な休みを、ノアと談笑して過ごした――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る