第53話 最初の決着


 監視塔――。


「ん? こっちに向かってくる……?」


 ジャッカルは、抜け出した敵兵が、家と家の間を抜けて、屋敷に、そしてこの監視塔に向かってきている。


「敵が来るぞ! 備えろ! 西の方角だ!」


 ジャッカルは、下の兵士数人に注意喚起した。

 注意を受けた兵士たちは、武器を西に向けて構えた。


「屋敷の方は……。バーンが追ってるが、追いつけそうにないほど早いか……! ガウはともかく、あの人間の足の速さは何だ!」


 ジャッカルは、カーリィの身体能力に驚いていた。


「(瞬間的な速さならば分かるが、あの速度を維持し続ける体力はどこから……?)」


 ジャッカルは、カーリィのことを危険と察知し、弓矢をカーリィの方に向かって構えた。


「だがこの距離ならば、私が外すことはない!」


 ジャッカルは矢を引き、まずはガウに狙いを定めて放った。


「――キャンッ!」


 見事命中し、矢が当たったガウは倒れた。

 追いかけるバーンは、倒れたガウを飛び越えて、走っていく。


「次ッ――」


 ジャッカルはあっという間に、残りの2体のガウも射抜いて倒してしまった。


「ラストッ……!」


 残ったカーリィを狙って矢を引く。

 ガウがやられても、気にせず屋敷に走っている。


「フッ!」


 勢いよく放った矢は、カーリィの走る速度も計算されており、命中するしかない軌道で飛んでいった。

 しかし――。


「バウッ!」


 飛んできた矢を、見事に噛んで捕らえてしまった。


「はっ? 口で? あんなの人間じゃない!」


 ジャッカルは自分の矢が止められたことに、驚愕していた。

 カーリィはというと、ペッと矢を捨てて、歯をギリギリとさせながら、ジャッカルを睨んでいた。


「おっ。足が止まった……!」


 バーンは足を止めたカーリィとの距離を縮める為に、もうひと踏ん張り走った。

 ジャッカルは、睨みつけてくるカーリィに対し、再び矢を構えた。

 すぐに落ち着き、深呼吸をする。


「ここで……わっ!?」


 弓矢を引いて、狙いを定めた瞬間、監視塔がグラッと揺れた。

 ジャッカルは体がよろけ、張った弦を緩めてしまった。


「何だッ!」


 身を乗り出して下を見ると、監視塔の下で戦いが始まっていた。


「あの男は……!」


 一度目を離したカーリィを、もう一度見る。

 カーリィはフイッと屋敷に顔を向け、走り出そうとしていた。

 が、バーンが追い付いて、今にも斬りかかるところまで来ていた。


「任せたぞ。バーン!」


 ジャッカルは目の前の敵に集中することにした。

 身を乗り出し、緩んだ弦をもう一度引き、敵兵に向かって放った。


「ギャッ――」


 敵兵に矢が刺さり、ガウから落とすことに成功した。

 しかし、乗り主がいなくなったガウは、咄嗟に監視塔に体当たりをした。


「えっ! ヤバッ――」

 

 高さ、小人数を考慮した上に、急ぎで建てた監視塔の為、そこまで衝撃に強くない。

 なのでガウ程の魔物の体当たりで、塔は少し揺れてしまう。

 普通はよろけるくらいだったが、身を乗り出していたジャッカルは、そのまま宙に身を投げ出されてしまった――。




◇ ◇ ◇




「――待てお前!」


 立ち止まっていたカーリィに追いついたバーンは、剣を振り下ろした。


「ずっと追ってきてル! ウザイ!」


 ピョンと跳ねて剣を避けたカーリィは、建物の壁を踏み台に、反射するようにバーンに飛びついた。


「ぐっ……! 本当に人か……よっ!」


 カーリィの噛みつき攻撃を剣で防ぎ、腹を蹴って自分から離れさせた。


「ハァ……。全力疾走の後にこれ・・はキツイな……!」


 飛ばされたカーリィは、犬のように体をブルブルと震わせ、バーンを睨んだ。


「決めタ! お前ぐちゃぐちゃにすル!」


「ハッ。魔物と思って戦った方がいいな」


 カーリィの足を止めることができたバーンは、自信満々に1対1を受け入れた。




◇ ◇ ◇




 再び戻り、西の方角――。


「――ギャハハッ。今まで本気じゃなかっタ? 笑わせるナッ!」


 カショウの態度が気に入らないケビルドンは、ガウを走らせ、正面に突っ込んできた。


「水魔法――」


 カショウはケビルドンの言葉を無視し、水魔法の詠唱を始めた。


「死ネェ!」


 ケビルドンが間合いに入った。


「――【千波の槍せんば そう】」


 カショウの構えた槍の先の刃に水の層が纏われる。

 層は上からどんどん被せていき、どんどん大きくなっていく。


「マル?」


 ケビルドンが斬りかかる時には、刃があった箇所には、水の球体ができていた。


「それのどこが武器なんダ――」


 突如、ケビルドンは変な違和感を感じた。

 いや、本能から危機察知だろうか。

 とにかく、攻撃動作を止めて、上体を大きく右に反らした。


「――ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……!」


 ケビルドンは、地面にへたりこんでいた。

 今までで一番息を荒らげて。


「(なんだ今の技は……! あのマルい水から何かが飛び出たラ、俺のガウの頭が消し飛んダ……!)」


 確かにカショウの足元には、頭がないガウの体が横たわっていた。


「見えなかっタ……」


 ケビルドンは、カショウの技を視認しきれなかった。

 直感がなければ、今頃自分も頭が消し飛んでいたんじゃないかと、カショウに対して恐怖を覚えた。


「……」


 すっかり怯えてしまったケビルドンに、カショウは無言で近づいていく。

 刃には、まだ水の球体が残っている。


「や、やめロ! 来るナ!」


 ケビルドンは腰が抜けてしまったのか、ただ座り込んだまま吠えるだけだった。


「――【千波の槍】」


「なっ……。おい見ロ! お前の手下が死にそうだゾ!」


 ケビルドンがどれだけ叫ぼうと、カショウは無視し続けた。

 否、カショウの耳には聞こえなかった。

 それだけ敵を倒すことに集中しており、周囲の状況などの以上敵の動き以外は頭に入ってこなかった。


「ヒッ!」


 カショウは、ケビルドンに槍を向けた。

 そして――。


「ちょ、ちょっと待テ! 待ってくレぇえええええっ!!」


 カショウは槍をケビルドンの頭に突き刺す……。

 寸前で、槍に纏っていた水魔法を解いた。


 ケビルドンは恐怖で、失神してしまったのだ。

 白目を向いて、泡を吹きながら。


「ッ……はぁ〜。珍しく本気になっちゃったなぁ」


 集中を解いたカショウは、伸びをしながらそう言った。


「――ボ、ボスがやられタ……」


 ケビルドンの部下たちは、戦闘をやめ、唖然としていた。


「そんじゃあ。残りも片づけますかっ」


 いつもの口調に戻ったカショウは、敵兵に向かっていった。


 ――西の方角、カショウ対ケビルドンの戦いは、カショウの勝利で終わった。

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