第52話 キレる


 屋敷――。


「大丈夫でしょうか?」


 ノアがザカンに、不安そうに聞いた。


「ええ。きっと大丈夫ですよ。皆さんはお強いですからね」


 屋敷では、村の非戦闘員が避難していた。

 ザカンとノアが中心に、避難指示を出していたのだ。


「まあいざとなれば、私も……」


 ザカンは拳を作り、窓の外に目をやった。


「……」


 ノアも同じように、窓の外を見た。




◇ ◇ ◇




「よっしゃあ! 進め進め! 壁をぶち破れ!」


 カロンは左の軍の前方まで移動しており、迎え撃とうとする軍と一触即発というところまできていた。


「カロンさんっ! あんま目立つと危ないっすよ!」


 部下が静かにするよう注意した。


「いいのいいの。完全に読みが外れて、向こうが勢いに乗ってんだよ。だったら俺らも相手を一発かましてやろうぜぇ?」


「は、はぁ……」


 ニヤニヤと何かを企んでいるカロンに、部下は少し引いてしまう。


「――うおおおおおっ!!!」


「おっ。始まったな」


 先頭の集団が戦いが勃発したらしい。


「ん?」


「どうしました? 俺らも早く加勢しないと――」


 ピタッと足を止めたカロンを、部下が不思議に思った瞬間、脇に黒い影が通ったのを、目の端に捉えた。


「え――」


 反応した瞬間、すでに黒い影は、カロンの元に向かっていた。

 カロンは咄嗟に1本のサーベル剣を取り出し――。


「うおっ……と!」


 その黒い影は人であると分かった時、剣と剣がぶつかって、けたたましい金属音が辺りに響いた。


「やはりいたか。隠れた曲者が……!」


 カロンに斬りかかったのは、ほぼ単独行動をしていたルシアだった。

 暗殺者のような動きで、カロンを倒そうとしていた。


「――防いだか……。だが、ほんの少し寿命が伸びただけのことだ……!」


「ハッ! 単独のくせに、デカい口叩くじゃねぇか」


 剣と剣が弾き合い、2人は距離をとる。


「悪いが、俺には戦士の誇りとかはないんだ」


「(まさかここまで1人で来るとはな。少し侮っていたが、あの一撃で決めきれなかったお前の負けだ)」


 そう言うと、周囲にいた敵兵が、こちらに武器を向けてきた。


「気にするな。1人でも10人でも変わらない」


「フッ。お前らやっちまえ!」


「おおおおっ!!」


 カロンの指示で、周囲にいた敵兵が一斉に襲いかかってきた。


「フンッ――」


 ルシアは、瞬時に敵兵の位置を確認し、応戦した――。




◇ ◇ ◇




 西の方角――。


「――援護に来たッ! 無事か!」


 ジャッカルが東から寄こした歩兵たちが西に辿り着いた時、そこはすでに混沌と化していた。


「――ギャハハッ!」


「――うっ、うわあああっ!」


 ガウに乗った敵兵が、仲間たちに襲いかかっていた。

 応戦はしているものの、弓兵の多い西の軍は、苦戦を強いられていた。


「マズい! 今助けるぞ!」


 援護に来た歩兵たちは、すぐさま敵に戦いを挑んでいった。


「ハァ……! 助かった!」


 バーンは何体も敵を倒しているが、数か所の傷を負っていた。

 それに対しカショウは、まだケビルドンとの戦いを続けていた。


「――ハァ、ハァ、しぶといナッ……!」


「――そっちこそ……」


 互いに同程度の傷を覆っており、拮抗状態の戦いを続けていた。


「(ここでの援軍はありがたい。俺もコイツに集中できる。まずはアイツが乗ってるガウを……)」


「ンア? 敵が増えタ……」


 こちらの援軍に気づいたケビルドンは、周囲に目をやる。


「――アソコカ!」


 しばらく周囲を見たケビルドンは、監視塔の上にいるジャッカルの存在に気づいた。


「あの女ガ、全部の戦いを見てるのカ……!」


「ッ……!」


「(思ったより察しがいいなコイツ……!)」


「オイお前ラ! あの塔を攻めロ!」


 ケビルドンは、こちらの兵を倒し、ちょうど手が空いた敵兵数人に指示を出した。


「分かっタ!」


 指示を受けた敵兵は、ガウを走らせ、塔に向かって走り出した。

 そこにいた者たちは、走りだした敵兵を止めることができなかった。


「チッ……! 水魔法。【磐の水玉いわ みずたま】」


 カショウがそう唱えると、頭上に何個も小さな水玉が生成された。

 そして手をケビルドンに向ける。

 すると生成された水玉が、次々とケビルドンに向かって発射された。

 まるで、機関銃のようだった。


「チッ!」


 ケビルドンは、ガウに合図して避けさせた。


「(監視塔には数人の兵士がいる。そっちまで気にしたら、一気に崩れる。向こうは向こうに任せよう)」


 カショウは水玉を連射するが、なかなか当たらない。

 水玉が消えたタイミングで、ケビルドンは大きく息を吸った。


「――カーリィいいいいっ!!!」


 ケビルドンは大声で、カーリィという言葉を発した。


「おいおい今度は何だ!」


 バーンは周囲をキョロキョロする。


「ウゥゥゥゥ……」


 獣の唸り声のようなものが、どこからか聞こえてきた。


「――バァアッ!!!」


 唸り声が止んだ瞬間、ほぼ消えかかっている霧の中から、1人の男が飛び出してきた。

 その男は、全身に何かの動物の毛皮を被っていた。


「なっ……!」


 カショウが驚くのも無理はない。

 その男は、ガウに乗っている訳でもないのに、自身の跳躍力だけで、防御壁を飛び越えてきたのだ。

 飛び込んできたその男は、ボスに近づいた。


「ウゥ……。ボズッ! もうみんな、中に入っダ!」


 どうやら、敵の最後の1人だったらしい。

 獣のような声で、ケビルドンに報告する。


「よし。よくやったゾカーリィ・・・・。お前のおかげで、俺らは壁の中に入れタ」


 その男の名は、カーリィというらしい。


「ボズ。次はどうずル? アイツ食い殺ズ?」


「待テ。人間の匂いが強い場所はどこダ?」


「(人間の匂い……?)」


 カショウが、ケビルドンの発言を疑問に思っていると、カーリィが、鼻をスンスンと鳴らした。


「スン……見つけダ! あそこにいっぱイ!」


 カーリィが興奮気味で指さしたのは、避難民がいる屋敷だった。


「おいまさか……」


 カショウは、ケビルドンの狙いが分かった。


「よし。そこを襲エ」


「分かっダ……。ウゥゥ、ガウッ! ガウッ!」


 カーリィが、乗り主がいない3体ガウに、何か叫んだ。

 すると3体のガウは、カーリィの元に近づいた。


「バーン!」


 カショウもバーンの名を叫んだ。


「な、なんだ!」


 バーンは目の前の敵を倒し、カショウに近づいた。


「ワオオオオンッ!」


 カーリィと3体のガウは、バーンを呼んでいる間に、屋敷に向かって走り出した。


「なっ……! アイツら屋敷の方に!」


「バーン! 頼んだ!」


「……よし分かった!」


 バーンはカショウに話を聞く前に、カーリィたちを追いかけた。

 

「(バーンを離れさせるのは痛いが、今ここに、アイツを止めれる兵士は俺かバーンしかいない……!)」


「じゃあ、再開といくカ!」


 指示を終えたケビルドンは、カショウに向かって攻撃を仕掛けた。


「クソッ……!」


「(【野狐霧中やこむちゅう】が破られたのも、あのカーリィとかいう奴のせいだな。ガウと意思疎通して、匂いを嗅ぎつけて霧を抜けたんだ。矢の匂いか……?)」


「何考えていル! こっちに集中しロ!」


 ケビルドンは、ガウを使った瞬発力で、カショウを追い込んでくる。


「(ここまで攻められると、周りの状況が掴めない。今こっちはどんくらい不利なん……クソッ! 攻撃してくるところがキモくて反撃しにく……)」


 その時、カショウの中で、何かが切れた。


「はぁ……」


 カショウはうんざりした様子で、ケビルドンとの距離をとった。


「どうしタ? センイソウシツってやつカ?」


「うっさい……」


「アァ?」


「柄にもなく焦ってる自分にイラついてんだよ」


 カショウは頭をかいて、イライラした様子でそう言った。


「強がるなヨォ」


 対してケビルドンは、ニヤっと口角を上げた。


「もういい。一旦周りのことは忘れる」


「ア……?」


 カショウは槍を構え、体の周りの水を作り、漂わせる。


「もう終わらせるからね――」


 周囲のことを気にしない、本当の1対1の戦いが始まった。

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