第50話 仲間


「ッ……!」


 ノルチェボーグの脇を通り、敵軍は迫ってくる。


 分かってる。

 迷っている暇はない。


「おいお前! 彼を壁の中に運んでくれ!」


「えっ? でも……」


「中の人に任したら戻ってきて一緒に戦ってくれ! それまでは俺がお前の分まで動く!」


「りょ、領主様……ダメだ」


「俺は助けられる命が目の前にあるなら助ける! 二択の選択を迫られても! 新しい選択を見つけ出す!」


 俺は立っている歩兵に彼を預け、敵が来る方角に向き直る。

 そして剣を高く上げ、こう言い放った。


「お前ら! 敵の大軍が来るぞ! 複数人で固まって戦い抜け!」


 なんとか敵の増援が合流する前に、騎兵を仕留め切ることができた歩兵たちは、耳を傾けた。

 援護もしていた弓兵も耳を傾けた。


「残りの数は120ってとこか! 対してこちらは30人ぐらいか! だがこの俺がいれば百人力だ! 困ったら俺を見ろ! いいな! 全員生き残って勝つぞぉ!!!」


「――お」


「おおおおおおおおっ!!!」


 こちらの士気が著しく上がったのを背中で感じた。




◇ ◇ ◇




「――フッ」


 リンドラの声が聞こえたのか、ノルチェボーグは鼻で笑った。


「そっくりだ……。昔の弱い俺に」


 ノルチェボーグは、懐かしむようにリンドラを見た。


「お前ら! あの威勢のいい奴が敵の大将だ! 心してかかれ!」


 ノルチェボーグは歩みを止めた。

 どうやら、後方で戦いを観るつもりのようだ。


「――大将首! 貰ったァ!」


 早速、先頭に立った俺に敵兵が襲いかかってきた。


「ハアッ!」


 俺はこの戦いで、初めて剣を抜き、襲ってきた敵兵を叩き斬った。

 その間も鉄球は宙に浮いている。 


「フゥ……。この鉄球はどけておくか……」


 俺は2つの鉄球をその場に落とした。

 やっと重りが取れたような、そんな表情を浮かべた。


「――オラアッ!」


「――死ねぇ!」


 だが一服する暇を、敵は与えてくれない。

 続々と敵兵が襲いかかってきた。


「風魔法。【鎌鼬かまいたち】」


 俺は左手を前に出し、手のひらを上に向ける。

 するとその中心に、風魔法による風が渦を作り出す。


「喰らえッ……!」


 手のひらに作った渦を、剣を左から右へ、一直線に切り裂いた。

 切り裂くと同時に、前に向かって、大量の斬撃が飛んでいく。


「――ぐえっ!」


「――ギャアッ!」


 迫ってきた敵兵10人程が、全身に切り傷を作り、倒れた。

 もがいているが、戦闘を続けるのは困難だろう。


「――つ、強い……!」


「――落ち着けっ! あくまで村を潰すことが勝利条件だ! 横に広がって周りの兵を片づけるぞ!」


 誰かの指示で、敵兵は横に広がり始めた。

 俺の近くにいた敵兵は、俺を取り囲むように広がった。


「スー! 他の兵の援護を頼む! ここは俺1人で大丈夫だ!」


 少し離れた位置にいたスーに指示を出し、俺は1人で戦うことを決めた。


「ん!」


 スーは二つ返事で、俺から離れていった。


「――ハッ! 1人でどうにかなるとでも?」


「――魔法がいくら強くても、連発して出すことはできねぇだ……ろ!」


 取り囲んだ敵兵が、次々に襲いかかってきた。


「くっ……!」


 1人1人、攻撃をいなして斬る。

 カウンター方式で敵兵を倒していく。


 さっきの【鎌鼬】でもう少しひよってほしかったんだが。

 数的有利もそうだが、慌てない原因があるのか。

 それはやっぱりアイツの存在……。


 俺はノルチェボーグを睨む。


「――どこ見てんだ!」


 よそ見した俺の背後から、敵兵が斬りかかってくる。


「背後から斬るなら黙って斬れ!」


「ぐはっ……!」


 俺はサッと避けて、ソイツを斬り倒す。


 だったら早くノルチェボーグを倒して、コイツらの戦意を喪失させたいが……。

 その間、この軍が全部、仲間に向かってしまう。


「――うわあっ!」


「ッ……!」


 広がった敵軍が、俺らの軍に襲いかかる。

 いくら複数人で固まっていようと、数の暴力でいつやられるか分からない状態だ。

 弓兵も援護射撃をしているが、すぐ目の前まで敵兵が迫ってきている。


「させるかっ!」


 俺は落ちていた鉄球を浮かし、味方に襲いかかる敵兵の集団に向かって投げつけた。

 見事に的中し、2、3人の敵兵を巻き込みながら吹っ飛んだ。

 しかし――。


「――フンッ!」


 その隙を狙って、周囲にいた敵兵が襲いかかる。


「チッ……!」


 なんとか倒すが、少し傷を負ってしまった。


 どうする。

 流石に庇いきれない。

 だが全力を尽くせば……。

 だがノルチェボーグと戦う時の体力が……。

 どうする。

 どうする……。

 

「はっ……!」


 焦りに焦った瞬間、ふと、出陣前にルシアに言われたことを思い出した。




◇ ◇ ◇




「――リンドラ様」


「ん? どうしたルシア」


 南の門から、壁の外に出ようとする時、東の方角に配置される予定のルシアが、話しかけてきた。

 ちなみに、東と西の軍は、北の門から壁の外に出ていっている。


「これから、この戦いの大将となるリンドラ様は、どうしようもない選択を迫られるかもしれません」


「どうしようもない選択……」


「そんな時、すべてを自分でなんとかしようとしないで下さい。それは、己の身を削る行為に繋がります」


「……」


 俺は黙って、ルシアの言葉に耳を傾ける。


「だからそんな時は、仲間を……。我々を、信用して下さい」


「え……」


「ゾルタックスは、リンドラ様はいずれ捨てる判断をしなければいけないと、言っておりました」


 捨てる判断……。


「しかし、こうも言っておりました」


『だが、ただ捨てるという判断をするのは、部下や仲間を駒としか見えていない二流。一流は、互いに信用して任せる。心では通じ合っている。まだ繋がっていると想い、想われる関係になれる器がある者こそなれる』


「これは、リンドラ様だからこそできることなのです」


「俺が……」


「リンドラ様が皆を想うように、皆も貴方様を想っています。誰も頼らない。すべて自分がと思わないで下さい。皆を信用して、前へ進んで下さい」


「信用……」




◇ ◇ ◇




「――そうか。ここなのか」


 俺はふと仲間の方を見る。

 

「――領主様! ここは任せて行ってください!」


「――俺たちだってやればできるんだ! これ以上手をわずらわせる訳にはいかねぇ!」


「――大将首待ってますよ!」


 あちらこちらから、ここは任せて、ノルチェボーグを倒しに行けという声が聞こえてくる。


「お前ら……」


「――俺たちを信じてくれ! みんなも領主様を信じてる!」


「ッ……!」


 そうか。

 最初から悩む必要なんてなかったんだ。

 

「――ああ? なんだぁ急に膝をついて」


 俺は剣をしまい、膝をついて右手を地面に置いた。


「風魔法。【頼旋風らいじんぷう】ッ!!」


 俺の周りに、突風が吹き荒れた。

 周囲にいた敵兵は、空高く宙に吹き飛んだ。


「任されたからには必ず勝たなければな――」


 俺は再び剣を引き抜き、ノルチェボーグに向かって走り出した――。

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