第46話 予想外


 ノルチェボーグの軍は、騎兵と歩兵で分断されていた。

 横一直線に舞い上がった火によって――。




◇ ◇ ◇




「なぁ領主様。渡したいものがあるんだが……」


 軍議が終わり、各自配置に向かう中、バーンが俺を呼び止めてきた。


「渡したいもの?」


「屋敷の前に用意してある。来てくれ」


 バーンは俺の返事を待たず、屋敷の外に向かっていった。


「ん……?」




◇ ◇ ◇




 俺は言われるがまま屋敷の前に出ると、20個程度の樽が置いてあった。


「樽……?」


 不思議がる俺の前に、バーンは1つの樽を持ってきて、蓋を開けて中を見せた。

 樽の中には、黒くドロドロしたものが零れそうなくらい入っていた。


「ま、まさかっ……!」


「そう。スライムだ!」


 お前何回出てくんだよ。

 大ベテランじゃねぇか。


「だが今回は色が黒いが、どういう性能を持っているんだ?」


「今回のスライムは、強力な着火剤に加工した」


「強力な着火剤!?」


「ああ。これに火を点ければ、火は高く燃え上がり、手のひらに乗せただけの量でも、かなりの時間燃え続ける」


 バーンは手ですくって見せてきた。


「これはいいな。ぜひ使わせてくれ!」


「よし分かった。おい! 南門まで運んでくれ!」


 バーンは仲間を呼んで、樽を次々と持ち出した。


「他のところにも教えたのか?」


「一応教えたんだが……。断られた。領主様の所で使うべきだとよ」


「そう言うんだったら、遠慮なく使わせてもらうか……」


 規模がどのくらいか分からないが、直接敵に攻撃するために使うのはもったいないような気がする。

 3倍の数の兵と戦うんだ。

 何か有効活用することはできないだろうか……?


「――そして思いついたのがこれだ」


 先に地面にスライムの着火剤をばら撒き、火の矢を準備したのだ。

 そして機動力のある騎兵を孤立させ、先に潰す。


「うおおおおおおっ!!!」


 策が上手くハマったからか、こちらの歩兵の士気は最高潮だ。

 2人1組になり、恐れることなく突っ込んでいく。

 俺はスーと組んで敵に向かっていった。


「――おいどうする!? 後ろには火のせいで退けねぇぞ!」


「――クッソがぁ! なめやがって! 俺たちだけでやっちまうぞ!」


「――まだ何か仕掛けてくるんじゃないのか!」


 明らかに敵の騎兵は動揺しており、意思がバラバラになっているのが分かった。


「かかれッ!」


 もちろん俺たちはその隙を逃さず、騎兵に攻撃を仕掛けた。

 2人で騎兵1人を相手にし、馬上に届く槍を使ったり、馬上から敵を落としたりと、順調に倒していく。


「おっ。あったあった」


 俺は先程投げた鉄球を見つけ、風魔法で引き付け回収した。


 まだまだ未熟だな。

 風魔法の操作できる範囲が狭い。


「――このままやられてたまるかよ!」


 怒り狂った騎兵が襲い掛かってきたが、隙が多すぎる。

 2つの鉄球を操り、次々に吹っ飛ばした。

 

 中距離ならば、ブーメランのように自分の元に戻ってくるな。


「――オラアッ!」


 ちょうど鉄球が手元にない時、背後から騎兵が襲い掛かってきた。


「やべ……!」


「――魔法使いなんぞ! ここまで近づけ……バッ!?」


 そういう時のための2人1組。

 組んだスーが、その敵の背後から、胴体を槍で突き刺した。


「助かった!」


「ん」


 やはり隙ができてしまうな……。

 剣に切り替える時を見誤らないよう気をつけよう。


「――ボス! 前の方が詰まっています!」


 火のせいで前に進むことができない歩兵は、ノルチェボーグに助けを求めた。


「……これを狙っていたのか」


「どうしますか?」


「前で止まっている奴らに伝えろ。少しでも火が弱い所を見つけ、全員で土でもかけて突っ切れと」


「で、ですが、油に火をつけたにしては、威力がデカすぎる気が……」


「……無駄に突っ込ませて兵を減らすのは悪手……か」


 ノルチェボーグは突然、前に向かって歩き出した。


「――ボスっ!?」


「どけ。道を開けろ」


 言われるがまま、部下たちは道を開けていく。


「ど、どうするんですかボスっ!?」


 先程の部下も後をつけて聞いてきた。


「俺が道を作る――」




◇ ◇ ◇




 東の方向――。


「――ん~? なんか兵の数が多いような気が……」


 カロンは、東に待ち受ける兵の数が多いように感じた。


「気のせいじゃないっすか?」


 そう言うのは、ひと際目立つ大きさの、バートという男だった。

 ゾルタックスよりも体格が少し大きく、肩には金棒を担いでおいた。


「どうだろうな。まあ大半の優秀な奴らは、南のノルチェボーグに集めてるだろうし、それを補う為に雑兵ぞうひょうを増やしてる可能性はあると思うぞ」


「ハッ。そんな雑魚共。俺が一振りで沈めてやりますよ」


 バートは鼻で笑ってそう言ってみせた。


「フッ。それもそうだな。この3方角からの攻め。本命は俺たちだからな。わざわざ1週間かけて作ったアレ・・もあるしな」


 どうやらカロンたちも、とっておきの何かがあるらしい。


「おっ……?」


 左側から、叫び声と共に、砂煙が舞い上がっているのが目に入った。


「どうやらノルチェボーグが最初に仕掛けたようですぜ」


 目線が高いバートは、目を凝らしてそう言った。


「そうか。じゃあぼちぼち俺らも……あ?」


 カロンが攻撃の合図をしようとした瞬間、西側に配置されていた軍に動きが見られた。


「まさか向こうから仕掛けるつもりか?」


 そう。

 西の軍は、何かきっかけとなる仕掛けもなしに、カロンの軍に向かってきたのだ。


「馬鹿が……!」


 しかし、カロンには焦りは見えなかった。


「(俺らの軍は、軍の半分が騎兵。それ以外は歩兵というように、突破力がある攻撃型の陣系だ。騎兵の機動力、数を利用して圧倒してやる)」


「お前らぁ! 格の違いを見せつけてやれ!」


「――おおおおおっ!!」


 部下に渇を入れ、真正面からぶつかるよう指示をしたことで、カロンの軍も敵に向かって走り出した。


「バート。何かあるまでは俺の近くにいろ。いいな?」


「うすっ!」


「(敵はほとんどが歩兵。最初のぶつかりの時点で俺らが勝てると思うが、念の為、バートはすぐに指示ができるようにしておこう)」


 カロンは軍の中央にいることで、何かあった時に柔軟に動こうとした。

 しかしその何かが、両軍がぶつかった瞬間、早々に起こってしまった――。


「――うわあああっ!!」


「ぶつかったか……!」


 明らかにぶつかったことによる叫び声が一斉に聞こえてきた。


「よし。このまま押し込めッ!」


 しかしカロンの指示に対し、軍の進む速度が上がらない。


「……なぜだ? なぜ進まない?」


「ボス……。アイツって……」


 バートが指さした場所を見ると、大きな砂煙が舞い上がっていた。

 カロンは兵士と、砂煙の隙間から、全身甲冑で斧を振り回す者を視認した。


「な、なぜ奴がここにいる! ノルチェボーグと戦わせると思っていた奴がなぜ……!」


「――ハーッハッハッ! 威勢のいい奴だけ前に出ろ!」


 その男は軍の戦闘に立ち、次々と向かってくる騎兵を、馬諸共なぎ倒していた。


「このゾルタックスが、貴様らを地獄に送ってやる――」


 南に続き、東の方角でも、戦いが始まった。

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