第44話 大人になるとは
「剣の特訓……?」
剣の特訓なんて、願ってもない話だ。
「何をするか迷っていたところだったんだ。こちらこそよろしく頼む」
俺は腰に提げている剣に手をやる。
「まさか、その鉄球を浮かしたままやるんですか?」
「当たり前だ!」
「……分かりました。ではこれから毎日。昼過ぎから夜までやりましょう」
半日か……。
「半日も使って大丈夫か?」
「はい。今ある仕事も少ないですし、もし何か起きても、午前中には終わらせるので」
「そうか。じゃあ今からいいか?」
「はい! よろしくお願いします!」
◇ ◇ ◇
リンドラが訓練場を去った後――。
「――おいゾルタックス。訓練は順調か?」
ちょうどリンドラと入れ替わりで、ルシアが訓練場にやってきた。
「むっ。貴様がこんなところに来て、何の用だ?」
柵の外にいるルシアにゾルタックスは、近づく。
「少し話があってな。今時間いいか?」
「……いいだろう。お前ら! 昼休憩だ!」
区切りが良かったのか、ゾルタックスは訓練を止めさせた。
「できれば人気のない場所がいい」
ルシアはそう言い、茂みの方に歩いていった。
「……?」
不思議に思ったゾルタックスは、柵に斧を立てかけた。
そして柵を乗り越え、ルシアの跡をついていった。
「――一体どうした? こんな所で話など……」
足を止めたルシアに、ゾルタックスは聞いた。
足を止め振り返ったルシアは真剣な眼差しで、ゾルタックスを見つめた。
「ん?」
「――ここ数日のリンドラ様。どう思う?」
「我が主のことか……?」
「ああ……」
ゾルタックスはリンドラのことを思い出す。
「最近風魔法の鍛錬をしていたな。やる気があるのはいいことだ。大将が弱いのはゴメンだからなっ」
ゾルタックスはやれやれという手の動きをする。
「……」
しかし求めていた答えじゃなかったのか、ルシアは何も反応しない。
「……あーっ。分かった分かった。貴様がキレると思って言わなかったんだが――」
「……」
「――多分死ぬな。あのままじゃ」
「ウッ……。やはりそう思うか」
ルシアはその言葉で、自分の考えが確信に変わったようだ。
「平然を装っているように見える時がチラホラあった。村の奴らには気づかれなかったようだが」
「明らかな焦り。あの鍛錬もそうだが、ここ数日の動きを見ると、前のめりになっていると感じた」
「考えられるとしたら、この戦の兵力差。強大な敵。そして、死なせてしまった村人が関係しているだろうな……」
「……だが、どう対処すればいいか分からないのだ。変に抑制すれば、こちらの士気に関わってくるかも――」
「――放っておけ」
「……は? 今なんと?」
深刻そうに話すルシアに、一言そう言った。
「だから、放っておけと言ったんだ」
「……なぜだ?」
ルシアはキレることなく、ゾルタックスに聞いた。
「我が主はまだ子供だ」
「……子供だから、落ち着いて成長する様子を見守れと?」
「見守るとまでは言わないが……」
「教えてくれっ。リンドラ様は、本当はどういう状態なのか……」
ルシアは切羽詰まった様子でそう言った。
ゾルタックスは少し間を開けて話し始めた。
「――我が主は子供のように、自信に満ち溢れ、思い切りがいい時がある。だが、大人のような場面を見せる時もある。多分、ちょうど境界に立っているんだろう」
「境界……。大人と子供の?」
「ああ。例えばそうだな……。貴様は、子供は何を得て、大人になると思う?」
上手く説明ができないと感じたのか、今度はゾルタックスが、ルシアに質問して、伝え方を変えた。
「それは……『責任』ではないのか?」
「なぜそう思う」
「大人に近づけば、何をするにも責任がついてくるようになる。その責任を全うすることをきっかけに、大人になっていくと思う」
「フッ。至極当たり前の意見だな」
ゾルタックスは煽るような反応をした。
「我が考えるのは――」
◇ ◇ ◇
「ッ……! まさか貴様からそんな言葉が出るとはな……」
「その時が来たら教えてやるといい」
「その時……」
「分かるだろ。一番近くにいる貴様なら」
「……」
「ではそろそろ訓練に戻る。貴様もあまり気負いすぎるなよ」
ゾルタックスは、そう言い残し、訓練場に戻っていった。
「――その時か。残りの時間で、少しでも長く近くで見るべきだ」
ルシアもやることが決まり、リンドラの元に向かっていったのだ。
◇ ◇ ◇
俺とルシアは動きやすい格好に着替えた。
そして屋敷の外に出て、人気のない場所に移動して剣の特訓を始めた。
「――
正直、とてもルシアの練習になるとは思えない動きで、何度も倒れた。
「リンドラ様。立って下さい」
ルシアはいつにも増して真剣だ。
念の為、直前に真剣を木剣に変えて正解だった。
真剣ならば、何度死んでいたか……。
「ぐっ……おおっ!」
俺はなんとか立ち上がった。
一緒に落ちてしまった鉄球も、風魔法で持ち上げる。
「――いきますよっ!」
「――来いっ!」
◇ ◇ ◇
その日の夜――。
「……まるで歯が立たなかった」
俺は大の字で夜空を仰いでいた。
もちろん鉄球も落ちて転がっている。
「――立てますか?」
少し息を切らしていたルシアは、すぐに呼吸を落ち着かせ、手を差し伸べてくれた。
「ありがとうっ」
俺はその手を掴み、ルシアの力を借りて立ち上がった。
「まだまだだな。明日までには、今日よりは動けるようになるから、落胆しないでくれ」
俺はそう言って、鉄球を拾い上げた。
それはそれでキツいが……。
「リンドラ様……」
手を放してもらうと、ルシアが恐る恐る話しかけてきた。
「ん? どうした?」
「リンドラ様はこの戦い……。どう見えてですか?」
「……」
俺はつい黙ってしまった。
カズキの言葉がフラッシュバックしてきた。
『勝つためには必ず犠牲が出る。犠牲が出ない戦争なんてないんだよ』
「……」
「いやっ。無理に考えてくれなくても――」
「――ハッキリ言って分からない」
「分から、ない……?」
「この戦いに勝つ為には、必ず犠牲が出るというのは分かっている。だが、そのことを受け入れられないんだ」
俺は拳をギュッと握りしめた。
「……」
「ただの兵士として戦場に出た時は、こういうことを考えたことがなかった。最初から不利と分かっているからか。大将としてこの戦いに臨むからか……」
「リンドラ様……」
「……すまん。分からないんだ」
俺はふらふらした足取りで、屋敷に戻っていった。
「……」
ルシアは何も言わず、俺の姿が見えなくなるまで、俺の背中を見続けた。
――そしてその5日後、宣戦布告されてから、8日が経った日のことだ。
完成した監視塔から、そして、念の為村から離れた場所で監視していたジャッカルの部下たちから、敵の接近を確認したと報告が来た。
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