第40話 準備開始


「戦争じゃないか……」


 『戦争』という言葉が重くのしかかる。

 冷や汗が頬をなぞった。


「落ち着いて下さい」


 ルシアが焦る俺に声をかけた。

 ルシアの顔は、焦っているようには見えなかった。


「盗賊ともあろうものが、わざわざこのような宣言をした。つまり、すぐには仕掛けてこないはずです」


 ルシアが自分の意見を皆に伝える。


「その間、最低でも1週間はあると思います。その1週間でやれることはあるはずです」


 1週間でできることか……。


「敵はこの村を狙っている。防衛戦となるならば、監視塔を建てるべきだ。敵の接近をいち早く知らせるようにしなければいけない。戦闘中、上から見下ろして戦況も把握できるしな」


 ジャッカルは監視塔の建設を提案した。


「ああ。だが先に敵の侵入を防ぐ。遅らせるために、防御壁で村を囲むべきではないか?」


 俺は提案を肯定しつつ、防御壁の設置を優先させようと思った。


「悪いが領主様。石の防御壁は無理だぞ。この村に石工術に長けた奴はいねぇからな。仮に作れたとしても、簡単に破壊されちまうだろうな」


 大工のオオヅチが、強固な防御壁は作ることはできないと言った。

 

「大丈夫だ。だから大工のおっ……オオヅチを呼んだんだ。木材で防御壁を作ってほしい」


 そもそも、この村の周囲にはあまり岩や石を手に入れる場所がないしな。


「しかしリンドラ様。林から取れた木材はもう尽きます。調達しなければいけません」


 ザカンが屋敷の前にあった林から取れた木材があと少ししかないこと伝えた。


「そうか。すぐにでも調達しなければいけないか。オオヅチ。防御壁と監視塔。両方完成するのにどのくらいかかる?」


「どのくらい……。木材の調達も含めた上で、監視塔を簡易なものにすれば、ちょうど1週間ぐらいだと思うぞ。木材の加工は慣れたもんだからな。あの家の建築速度を見ただろう?」


 自前の筋肉を前に出し、自信満々に答えた。

 そう言ってくれると、少し安心する。


「あの~。家も防御壁も木が素材ってなると、火攻めになったら不味くないですか~?」


 カショウが気だるげに指摘してきた。


 確かにそうだ……。

 木をあらかじめ水で濡らすか?

 いやそれだと強度が落ちる。


「馬鹿がッ。わざわざ戦争を吹っかけてきたんだ。村の外で戦えばいいだろうが」


 実戦経験豊富なゾルタックスがそう言った。


「私もゾルタックスの意見には賛成です。相手の規模にもよりますが、村の外に兵を配置させ、迎い撃つべきです。火を村に放たれても、今現在水は水路によって豊富にあります。すぐに消火もできます」


 ルシアもゾルタックスの意見に賛成した。


「たかが盗賊、捻り潰してくれる。だが数で押されるとちとキツいが……」


 ゾルタックスが少し言葉を濁した。


「そこなんです。わざわざ宣戦布告してくる。つまり敵も準備をしてきます。武器や戦術もですが、一番厄介なのが――」


「徒党を組むことか?」


「……そうです」


 俺はルシアが言おうとしていることを読み当てた。


 それもそうだ。

 この1ヶ月と少しの間に潰した盗賊のアジトは5つ。

 そう言えば姉がもう1つ潰してたか。

 6つもアジトを潰した新勢力かつ、盗賊には邪魔な存在でしかない領主。

 いなくなってほしいと思っている盗賊は多いはずだ。


「ちょっと待ってくれ」


 ジャッカルが口を挟んできた。


「盗賊たちは互いに敵対視している場合が多い。だから、そのカロンとかいう奴でも、多くの盗賊を束ねるのは難しいはずだ。組んでも3つ程だと思う。傍観して、どちらが勝っても、負けて弱った方を襲おうと考えていると王族の方が多いと思う」


「なるほど……」


 盗賊は盗賊で問題があるのか。

 じゃあ厄介なのと組みそうだなぁ。

 敵についてもっと分かっておきたいけど――。


「よし。戦闘時のことは軍議で話すとしよう。盗賊の話についてもその時聞くことにする。今は全体の動きについて話そう」


 このままではどうやって戦うかという話題になり、主旨が変わってしまうと思った俺は、一度話を戻した。


「ヨボルドは村人に宣戦布告のことを伝えてくれ。緊急事態だ。包み隠さず伝えてくれ。そして、瞬時に動ける人材を集めてほしい」


「分かりました。今晩までには集めておきます」


「ありがとう。ザカンも手伝ってくれないか?」


「はい。お任せを」


 ヨボルドとザカンには、村全体に宣戦布告の件を伝え、動ける人材を集めるように頼んだ。


「ゾルタックス。武器の数は大丈夫だろうか?」


「それはもちろん……知らん!」


 お前本当に騎士団団長か?


「はぁ……。そのぐらい管理してくれれば、こちらの仕事も減るというのに……」


 ルシアがため息をついた。


 色々苦労させてるんだな。

 本当にありがとね。

 今度うんと休み上げるから。

 いやその前に勝たないとか。


「武器は剣、盾、弓矢を中心に、かなりの数が余っています。ゾルタックスが適当に調達したせいですが……」


「そ、そうか。まあ武器は大丈夫だな。となると兵の数か」


「はい。ジャッカルの部下が、バーンを含めて48人。ゾルタックスの部下が、カショウ含めて30人。この村に残り、最近本来の力を取り戻している兵士。並びに私が指導している村人を合わせて21人。我々も加えると、102人ですか……」


 102人か。

 個々の能力が高いものが多いけど、心許ないな。

 だがそれを補うことも考え、ヨボルドに人集めを頼んだんだ。

 残り180人程いる村人の中なら、結構な数が集まってほしいけど。

 今思ったら、200人の居住区って結構デカかったんだな……。


「ヨボルドに集めてもらった人に、兵士として戦ってもらう」


「1週間で戦えるのか? 穴になる可能性もある」


 ゾルタックスは反対のようだ。


「分かってる。だから後衛で頑張ってもらおう。1週間の間で、弓矢ならば、長距離は無理だろうが、近距離なら当てれるぐらいには使えるようになるんじゃないか?」


 自分で言っときながら、無理があるかと思ってしまった。

 だが、後方で弓矢を構えていてくれれば、兵の数も多いと思わせられるし、一斉射撃すれば少なからずも敵軍にはダメージを与えられるだろう。


「……分かった。俺を中心に教えてみよう」


 今まで黙っていたバーンが教える役割に立候補した。


「頼んだ。あとで集めた人に会いに行く時、一緒に来てくれ」


「ああ」


 あっ、監視塔を建てるまでの間、別の方法で監視した方がいいよな?


「ジャッカル。監視塔が建つまで、お前の部下に村の周りを警戒してほしいんだ」


「私の部下を?」


「ああ。目が利くだろ。頼んでもいいか?」


「まあ、それぐらいなら断る理由もないけど。手が空いた奴に監視させる」


「……よし。とりあえずこんなとこだ。異論はないな?」


 俺が立ち上がり、8人に確認を取った。

 8人はそれぞれに頷いた。


「――では解散!」




◇ ◇ ◇




 会議が終わると、各々部屋を出ていった。

 ゾルタックスは、暇があれば訓練に参加するよう言って、部屋を出ていった。

 ルシアからは、常に剣を持つようにと忠告された。

 そして、オンドレラル居住区に葡萄の件を一旦置いといて、襲撃に備えるよう伝えに行くと部屋を出ていった。


「――ん? カショウは行かないのか?」


 会議室には俺とカショウの2人が残った。


「んー。温泉の工事も一旦止まるし、訓練はほどほど・・・・でいいし……」


 まったくやらない訳ではないんだな。


「あっ。そういえば、温泉に詳しい人なんですけど。このことを察してか、すぐに温泉の工事止めたんですよね。ことが収まるまで工事は禁止って」


 工事の監督やってもらってるのか。

 そういえば一度もあったことないよな。

 この村の人ではないけど、どこで寝てるんだ?

 そもそも、ゾルタックスたち騎士団の家ってどこだ?


「へぇ。すぐ判断できる人なのか。今まで会ったことないが、工事以外はどこにいるんだ?」


「さあ? 神出鬼没ですからね。あの人」


 カショウも知らないのか……。


「あっ。でもでも~。今日領主様の部屋に行って挨拶するって言ってましたよ」


「えっ? いつ?」


「会議に呼ばれる前に言ってました」


 じゃあもしかしなくても待たせてるじゃん!


「じゃあ行かなければな。本当はゆっくり話したいところなんだが……」


 俺も部屋の扉に向かって歩き出した。


「――あっ。一応名前なんですけど~」


 扉の前でカショウがその人の名前を教えてくれるようだ。


 まあ名前ぐらい知ってから会った方がいいか。

 温泉のこと任せっきりだし、失礼のないようにしなければ……。


 俺は過少の言葉に耳を傾けた。


「――カズキって言うんですよね。確か……」


「…………は?」


「何か顔に変な模様があって……。あれ?」


 カショウが扉の方を見ると、そこには誰もおらず、勢いよく開けられただろう扉だけがあった。

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