第34話 コソア村
「――何? 今の情報は確かか?」
オンドレラル居住区に、ある情報が出回った。
唯一リンドラと会った、顔を布で覆った男バートゥは、その情報に興味を持った。
今はバートゥの家に駆け込んできた部下の話を聞いているところだ。
「はい。コソ居住区の名が変わり、コソア村になったと……」
部下の言葉を聞き、バートゥは思考を巡らせる。
何回もしつこく訪問してきたルシアって奴がいたが、ソイツと領主がいる屋敷と隣接しているコソ居住区。
なぜ今名前を変えた?
しかも居住区から村……?
心機一転? 充実しているから?
「どうします? 特に意味があるようには思えないですが……」
「いや。昔からある名前を変えたんだぞ。理由があるのは間違いないはずだ。よし。お前を含め、少人数で偵察に行ってこい」
「は、はいっ」
そう命じられた男は、そそくさと走っていった。
◇ ◇ ◇
情報が出回る前日――。
「名前を変える? しかも居住区から村にですか?」
ルシアに提案すると、少し驚いた表情をした。
「ああ。心機一転の意味も込めてるが、何より、名前を変えるという行為。何かあるに違いないと、偵察に来るはずだ」
「……そうですか。では噂を流すように手配します。しかし、その前にコソ居住区の方たちに許可をいただいてからです」
「分かってる。俺から言う」
俺は座ったのも束の間、椅子から立ち上がって部屋を出る準備をした。
「あっ、リンドラ様っ」
ルシアが何かを思い出したように声を出した。
「どうした?」
「役に立っているのですが、あの地図をどこで手に入れたんですか?」
あ〜。
そういえば詳細を伝えるって話だったな〜。
「実はな、怪しいんだが、情報屋と契約をしたんだ」
「情報屋?」
「ああ。月に一度来て、有益な情報を売ってくれるらしい」
「……あの地図は」
「ぎ、銀貨50枚……」
「銀貨50枚!?」
その驚きようだと、やっぱ高いのか?
「ちなみに相場は……?」
「サイハテ領程の広さならば、銅貨10枚から30枚です!」
「嘘ぉん……」
「あまり情報がない場所の地図なら分かりますが、かなり値段が高いです。騙されてますよ! 怪しい人は信じてはいけません!」
「……はいぃ」
小学生を叱るお母さんみたいだ。
登下校の注意みたいな感じ。
「次出会ったら、必ず私を呼んで下さい。正当な値段で取引します」
「はい。分かりました。では行ってきます」
ちゃんと反省したことを態度で示し、コソ居住区代表者のヨボルドの元に向かった。
◇ ◇ ◇
「名前を変える……と?」
「ああ。ちゃんと考え合ってのことだ。しかし、ヨボルドたちがこれまで過ごしてきた場所の名前を勝手に変える。こんなことされたら抵抗はあるだろう。だから直接許可を貰いに来た」
新居に夫婦で過ごしている所にお邪魔してもらった。
こういう時間邪魔してほしくないよね。
タイミング間違えたねごめん。
「もちろん、嫌だったら嫌と言ってくれ。頼んでいるのはこちらの方だからな」
「い、いやいやっ! 滅相もありません! 領主様のおかげでここまで立ち直せることができました。名を変え、居住区から村に変える。私も賛成です」
「そうかっ。ならば――」
「し、しかし、1つだけお願いしてもよろしいでしょうか」
頭を低くして頼んできた。
「……聞こう」
「やはり、少しだけ寂しいので、似たような名前だと嬉しいのですが……」
「似たような名前……」
「いやっ、もちろん老い先短い者の頼みごとなので、気にしなくてもいい――」
「だったら、コソア村というのはどうだろうか? コソ居住区が成長したみたいな感じで」
「……」
えっ。
反応がないのは少し辛いんだが。
そんなにネーミングセンスなかった……?
「あっ……ありがとうございますっ! もう役目がない私の意見を聞いて下さるなんてっ」
「何を言ってるんだ。貴方は今日から、コソア村の村長だぞ。村民のことを頼んだぞ。あっ、でも他の者たちにも許可を取らなければいけないか」
「いえ。領主様の言ったことに、我々は従いますし、きっと喜んで受け入れてくれるでしょう」
「そうか。では掲示板などで知らせよう。今回、私の要望を受け入れてくれたこと、感謝する」
俺は深く礼をした。
これ以上お暇する訳にはいかないので、すぐに家を出る支度を始める。
「また何かあれば、是非話しかけに来て下さい」
「ああ。その時はまた頼らせてもらう」
ヨボルドにそう言うと、家を出て屋敷に戻っていった。
◇ ◇ ◇
そして今に至る――。
「おいっ。偵察するって本当か?」
バートゥの支持を受けた部下が、3人の仲間を集めていた。
男3人と、女1人だ。
「ああ。名前が変わったことの確認を兼ねてな」
「うむ。本来の目的は敵情視察だな」
ガタイがいい男は理解している。
「でもバレたら不味いんじゃないかい?」
女は少し不安そうだ。
「これは偵察だ。危険を犯して有益な情報を得るものだ」
集めさせた男がそう言い聞かせ、早速コソア村に向かい始めた。
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