第29話 怪しい男
「――マジか」
辺りは赤く染まり、そろそろ日が沈んで夜が訪れる手前のことだ。
「本当に在庫がないのか?」
「ん……」
俺は振り返って確認すると、スーが空の木箱を見せてきた。
なんと売り切れてしまったのだ。
まだ長蛇の列ができているというのに。
「す、すいません! 今日はもう在庫がなくなってしまいました!」
最後尾にも聞こえるように叫ぶと、落胆の声が所々から上がってきた。
「でも安心してください! 今から予約を取るので! 順に欲しい肉と数、ご自身の名前をお伝えください! 明日別口でお渡しします!」
もしかしたらと思って、名簿を持ってきておいて良かった。
落胆の声が、一気に歓喜の声に変わった。
今日急いで帰って仕入れないといけなくなったな……。
人手も増やさないといけないし。
でもこの列だと帰るのは深夜だなぁ……そうだ!
◇ ◇ ◇
「――久しぶり。まだ潰れてないか?」
俺はスーと片づけを済ますと、契約を結んだ御者組合『ホクロウ』に足を運んだ。
「んあ……。あー!」
受付の若い男が声を上げた。
「大変だ―!」
そして走って建物の奥に。
なんかデジャブだな……。
若い男が奥に姿を消してしばらくすると。
「おうおう誰だ! って、サイハテの領主じゃねぇか!」
逆立った白髪が目立ったおじいさんが出てきた。
「相変わらず元気だなアンタは」
「おうよ。俺が声を出さなきゃ誰が出すってんだ。……それで、まさかもうできたのか? ランタンが」
「いや、それはもう少しかかる。今日は別の話だ」
そう言うと、スーが袋から、ほんの少し残しておいた干し肉を取り出した。
「それは何の肉だ?」
2人は恐る恐る、肉を盛った小皿を受け取る。
「魔物の肉だ。安いし美味い。今日から屋台を出したんだが、まさかの完売だ」
「魔物の肉で完売!?」
2人は驚きながらも一口食べてみた。
「――結構美味いな」
美味しいと分かると、バクバクと食べ始めた。
「美味しいだろう。これをホクロウでも売りたいと思っていてな」
「ん……。構わないぞ。完売するだけの美味しさだ。こっちの商売と合わせれば繁盛しそうだ」
「よし。1週間後に大量に持ってくるから、それまでに準備してほしい」
「ああ。だが、こんな夜中に来たんだ。それだけじゃないだろう?」
「流石。よく分かってるな」
俺は今日の収入を確認し、銅貨が何十枚も入った袋を差し出した。
「俺の屋敷まで送ってくれ」
◇ ◇ ◇
「――まさかアンタが、ウチの馬車を使うとはな」
「そっちこそ、まさかアンタが手綱を握るとはな」
俺とスーは、ほとんど手ぶらで馬車に揺られていた。
今回の御者はホクロウのおじいさんだ。
スーも疲れてるだろうし、今日は本職の人に運んでもらおう。
護衛は俺がやるからそんなに金がかからないし。
まあ相当強いのが来ると、傷の問題もあるし、倒すのは難しいだろうが。
「疲れてるだろうし、スーは寝ていてくれ」
「……ん」
そう言われたスーは、遠慮することなく眠りに入った。
「……ちょっとは遠慮してもいいだろ」
「おーい。ここから森に入るぞー」
おじいさんから気を付けるようにと声が入った。
基本昼間は何もないが、夜になると活発になる魔物も出てくる。
だから夜は値段が高いんだが。
「何かあったら俺が出る。逐一報告してくれ」
「頼んだぜ」
馬車は暗い森に入っていった。
月の光も通らず、馬車に提げているランタンしか明かりがない。
その時、おじいさんが前方に微かな光を見つけた。
「――んん?」
馬車が足を止めた。
「ッ……! どうした!」
俺は荷物の中から愛剣を取りだし、窓を開けた。
「いやよ……。馬車が1台停まってるんだ」
前方を見ると、確かにポツンと馬車が停まっていた。
提げているランタンの光がチラチラと辺りを照らしている。
「どうするよ?」
「どうするって……。様子を見た方がいいんじゃないか?」
問に対して至極真っ当なことを言ったが、流石に不気味すぎる。
スーは寝てるし、俺が見に行くしかないのかぁ。
「ここで待っていてくれ。少し見てくる。何かあったらスーを起こしてくれ」
俺は馬車を降り、剣を抜いた。
「気をつけろよ」
馬車に提げているランタンを1つ手に持ち、足元を照らしながら近づいた。
「――誰かいるか?」
馬車の外から中に人がいるか話しかけてみるが、返答はない。
魔物に襲われたにしては、馬車が綺麗すぎる。
荷物を置いて逃げたのか?
俺は用心しながら、馬車の扉を開けた。
「誰かいるか……?」
中も綺麗なままだった。
しかし誰もいない。
ここまで来ると本当に不気味だ。
俺は上半身を車内に入れ、隅々まで見る。
座席に手を触れてみる。
「……まだ暖かい」
ちょっとやってみたかっただけだが、つい先程まで誰かが乗っていたのは確かなようだ。
「誰かいないのか!」
外に出て叫ぶ。
しかし返事は――。
「いるよ~」
「うおっ!?」
背後から能天気な返事が聞こえた。
慌てて振り返ると、誰かが車内で座っているのが見えた。
「だ、誰だ!」
その人物はキッチリとしたスーツに、フェルトハットを被った男だった。
それも全身黒色。
しかし声は年若く聞こえた。
「人に名を聞く前に、自分が名乗るべきではないのかい?」
片手で帽子のツバを摘んでそう言った。
「……リンだ。お前は?」
俺はとっさに本名は隠した。
「カズキと言う。よろしくリン君」
疑う様子もなく、その男はカズキと名乗った。
日本人っぽい名前だな……。
「いつからそこにいた?」
「……いたさ。ずっと」
さっき見た時はいなかっただろうが。
「魔法が使えるのか?」
「普通の人間は驚きのあまり声が出ない。もしくは怖がっているのを相手に悟られないよう嘘の怒りを露わにする」
カズキは心理学的な話をし始めた。
「じゃあ俺は異常か?」
「今のところはね。僕は好きだよ」
なんだコイツ。
「まあお前の素性は一旦置いといて、こんな所で何をしていたんだ? よく見たら馬もいないじゃないか」
「いや〜。魔物が出たら馬と御者が僕を置いて逃げ出しちゃったんだ。やっぱり護衛はつけた方がいいね。ついケチっちゃった」
「……お前は逃げなかったのか?」
「逃げ遅れちゃってね。どうしようか困ってたんだ。そこに君が現れた」
カズキは指をさしてきた。
「何? 乗せろと?」
「もちろんタダでとは言わないさ。リン君が知りたいことを教えてあげるよ」
「はぁ?」
「僕は情報屋だからね。様々な国、領地のことは大抵知ってるよ。最近の話題と言えば――」
カズキが突如姿を消した。
「なっ……!」
驚くのも束の間。
背後から悪寒を感じた。
そして耳元で――。
「ドラゴンの卵を盗もうとして、辺境の領地に飛ばされた王子の話とか……」
俺は目を見開いた。
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