第28話 初日



「――D、D地区……?」


「はい。D地区の57です。地面に番号が書いてありますので、明日からそこで屋台をお開きになってください」


「D地区って結構キツくないか?」


 俺は屋台の管理をしている組織の職員に聞かれないよう、小さな声で聞いた。


「ん……」


 干し肉が完成して数日後、俺はスーを連れて、干し肉を売る商売をするため、バイハル領のバリエキの町にいた。

 領主の俺がここにいるのはマズいが、まあ1カ月は仕事がないはずなので、実際に来て商売をすることにした。

 激しい運動をしない限り、傷も痛む様子はない為、体の心配はしなくていい。

 領地に関しても、時々仕入れのために戻るし、多分大丈夫だろう。

 患者も元気になってきた今、スーも手が空いているだろうし、御者の役割も含めて、手伝ってもらう。


 しかし意気揚々と屋台の場所取りに向かったところ、言い渡されたのはD地区だった。

 ABCDのD。

 つまり上から4番目。


 幸先悪いなぁ。

 一番下のE地区よりはマシか。

 A地区は町の入口から中心の噴水広場まで。

 E地区は入口から離れ、噴水広場からも離れた地区である。


 ガッカリしてもしょうがないので、2人でその場所に向かうことにした。




◇ ◇ ◇




「――アンタ、今日からここでやっていくのかい?」


 横から頭にタオルを巻いたおっさんが話しかけてきた。


「はい。干し肉を売るんです。貴方はいつからここに?」


「ゲンでいい。俺は夫婦2人でエールを売ってるんだ」


「若いのにご苦労だねぇ。お互い頑張りましょうね」


 ゲンの屋台からひょこっと奥さんが顔を出してきた。


「よろしくお願いします。あっ。ちょっと味見してみてくれませんか?」


 俺はスーに屋台の組み立てを一旦任せ、3種類の干し肉を取り出した。

 皿の上に爪楊枝のような串で刺した状態で、2人に差し出した。

 試食用に用意してあったのだ。


「ほぉ。いい匂いがするじゃないか」


「本当! 美味しそうね!」


 2人は3種類の干し肉を順に食べていく。


「これは……売れるな!」


「味が落ちてもこんなに美味しいなんて。しかも数カ月は持つ保存食なの!?」


 2人は大絶賛の声を上げた。


「そう言ってくれてありがとうございます。実はそれ魔物の肉なんですよ」


 【魔物の干し肉!?】という看板を見せながら、肉の正体をばらした。


「は、はぁ!? 魔物の肉はこんなに美味うまいのか!?」


「魔物の肉なんて食べれるものではないと思ってたけど、案外いけるのね! そうだ! ウチのエールも飲んでみなよ!」


 奥さんはそう言うと、木で作ったコップにエールを注ぎ、屋台を出て、俺とスーに手渡してきた。

 スーも組み立ての手を止めてコップを受け取る。


 エールか。

 ビールとは製造方法が違うお酒……だよな?

 確か比較的造りやすく、安価で手に入るとかなんとか。


「ありがとうございます!」


 俺とスーは勢いよく飲み込んだ。


「――おおっ。サッパリしてて飲みやすい!」


「ん~」


 俺とスーは同じように、大絶賛の声を上げた。


「へへっ。そうだろう。そこらのと違って、本来の味をかしているからな」


「まあおかげで浮いちゃって、この地区まで来ちゃったけどね~」


「何を言うんだ。あんな甘くしたり、辛くしたりと、俺はこの本来の味が好きなんだ! 果実のような酸味と、ほんの少しの甘味が好きなんだ!」


 ゲンは熱く語った。


「ごめんねぇ。エールのこととなると熱が入っちゃって」


「いえいえ……。あっ! お互いに協力しませんか?」


 いいことを思いついた。


「協力だぁ?」


「はい。この干し肉、エールのお供になると思うんですよね。特にこの油が多い部分」


「まぁ確かに……」


「片手に肉。片手にエール。交互に食べて飲んで……。もう止まりませんよ!」


「そんなに上手くいくのかねぇ?」


「きっといけます。このサッパリとしたエールなら、この干し肉と相性がいいんです」


「そんなに言うなら……。アンタどうする?」


「……分かった。お互いに宣伝していこう。今は朝方で人がいない準備時間だが、昼時は大声を出し合って、たくさん売るぞ! いいな!」


「はいっ!」


 勢いで言ったけど、これで失敗したら次の日から気まずいぞこれ。




◇ ◇ ◇




「いらっしゃい! 携帯食や保存食にもできる干し肉はいかが! 試食もあるよぉ!」


 いくらD地区と言え、昼時にもなれば人通りは増える。


「干し肉……」


 若い男が足を止めた。

 剣を腰に提げているが、装備がボロいところを見ると、駆け出しの冒険者だろうか。


 説明しよう!

 冒険者とは、魔物や盗賊を退治したり、依頼されたことをこなす、比較的自由な職業だ。

 だがその分、危険であり、お金の工面も大変な職業だ。


「はい! なんと魔物の肉を使っているから安いんです! 試食もありますよ!」


 干し肉が乗った皿を差し出した。

 客に出す試食では、串で刺した肉以外を提供する。

 これも売上を上げるため。


「ま、魔物かぁ。まあ試食ぐらいは……」


 かかったな!


 男はまず苦いほうの干し肉を食べさせ、次に普通の干し肉を食べさせた。


「す、凄い! 魔物の肉はこんなに美味いんだ! でもなぜこっちは苦いんですか?」


「それはね。味が落ちるかわりに、3ヶ月も保存できるんです。こっちは味が美味しい上に、1ヶ月も持ちます。どうですか? 3日分の食料として売ってますよ?」


「へぇ。値段は……ええ!?」


 財布を取り出した男は驚愕の声を上げた。

 他の通行人も、こちらに目を向けた。


「普通で銅貨2枚!? 苦い方は銅貨1枚!?」


「やっぱりそうなるわよねぇ」


「その場で食う串刺しの方は銅貨5枚だが、ありゃ安すぎる」


 ゲンたちも苦笑いを浮かべる。


「どうします?」


「か、買います! 1つずつ下さい!」


「毎度ぉ!」


 こういうお金がない駆け出し冒険者は、食費をなるべく安く済ませたいよな。

 まずはそこを狙って軌道に乗る。


「――なんだなんだ?」


「――銅貨1枚の干し肉?」


 寄ってきた寄ってきた。


「はいはい安いし美味しいよー! 串刺しの方は、隣の屋台のエールと一緒に飲むと美味しいよー!」


「そうだぞー! ウチのエールはサッパリしてるから、油が多い肉でもスッキリ食べれるぞー!」


 俺とゲンの声に、ぞろぞろと人が集まってきた。

 俺は注文を受け取り、会計する。

 スーが注文を聞いて、干し肉を串に刺したり、袋に詰めたりする。


 これはもしかしたら――。


 なんて期待しながらも、その日はとにかく注文を受け取り続けた。

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