第14話 姉弟


(※念のため補足)

 ジャッカルの使用武器は弓。

 狩りを行う際は、アジトで部下に保管してもらっていた自分専用の弓を使っている。


 アキの使用武器は剣。

 右腰に鞘に収めて提げている。




◇ ◇ ◇




「リンドラ様の姉だと!?」


 ルシアは驚いた。


「(姉がいるとは聞いていたが、ここまでの強さ……)」


 ルシアはアキの隠し切れていない強さを、肌でビリビリと感じていた。


「ああ。まあ戦う身だから、滅多に会えないがな」


「(まさか、ずっと戦場に身を置いているのか。確かに国同士の話し合いで見たことがない)」


「久しぶりの休暇ができて城に帰ったら何だ? リンドラがいないじゃないか。クソ親……父上に聞いたら大罪を犯して辺境の土地の領主に位を下げたと聞いた」


「アイツ国王のことクソって言ったぞ」


 バーンが思わず口にした。


「まあ、どうせ冤罪だろう。リンドラが罪を犯すなどありえない」


「当たり前だ。リンドラ様がそのような愚かなことする訳がない」


 ルシアもアキに賛同する。


「……それで? リンドラはどこにいる?」


 アキの目つきが変わった。


「……リンドラ様は今出かけている」


「出かけている? フッ、まさか自らが駒となって、領地の為に動いているというのか?」


 アキは鼻で笑った。


「……」


「まさかリンドラが先立って動くとは。相当苦労しているようだな。部下がダメだと」


「……何だと?」


 ルシアの反抗的な目に対しアキは、一切表情を変えない。

 煽っている訳ではないようだ。


「他の居住区の奴らと協力する。移住する。前領主による苦しい生活がずっと続くならいっそ抵抗してみる。やれることはあったはずだ」


 アキがそう言うと、それを聞いたコソ居住区の人たちは俯く。


「だが、今この領地は変わろうとしている。領地の状態を視察しに来たのであれば、そう伝えてもらえると――」


「何を言っている。私はリンドラを連れ戻しに来たのだ」


「……は?」


「当たり前だ。王族が冤罪で、このような辺境の領主になるなどありえない話だ。私が直談判し、城に戻るよう説得してやる」


「リンドラ様は戻らないぞ」


「……? なぜ貴様に分かる」


「リンドラ様は、今この領地を復興させようと、民を苦しみから解放させてくれるよう、身を削って行動しています。私はその意思を尊重し、共についていきます」


「――その通りでございます」


「ザカンさん……」


 屋敷から出てきたザカンは、アキに臆することなく近づき、ルシアに続いた。


「リンドラ様は、この領地を元の姿に……。いやそれ以上にしてみせると私に約束してくれました。私は主の為に、この領地の為に、残りの人生をかけて尽くしていきます」


 2人とも、アキの目を見てそう言った。


「……そうか」


 アキは目を閉じ、納得したように見えた。

 しかし――。


「――ならば、貴様らが本当にリンドラにふさわしい部下かどうか、私が試してやる」


 アキは見るからに名剣と言える剣を、鞘から引き抜いた。


「くっ……。ザカンさん、下がっていてください」


 ルシアは剣を構え、ザカンに下がるよう指示した。


「分かりましたっ。ご武運を」


 ザカンはすぐに察し、その場を離れた。

 周囲の人たちも、後を追うようにその場を離れた。


 林の周りには、アキとルシアだけの2人きりになる。


「――準備はできたか?」


「フゥ……来いっ!」


 リンドラの右腕であるルシアと、王国で上位の実力を持つアキの決闘が、今始ま――。


「ちょっと待ったー!!!」


「こ、この声は……!」


 ルシアは誰かの声を聞くと表情を緩めた。

 そして剣を下ろし、声のした方を向いた。


「みんな無事かー!」


 リンドラが大急ぎで馬を走らせている姿が目に映った。


「リ、リンドラさ――」


「リンドラ!!!」


 その現場にいた誰よりも速くリンドラに駆け寄ったのは、実の姉であるアキだった。




◇ ◇ ◇




 俺は今、何かが屋敷に降っていったので、急いで馬を走らせて戻ってきた。

 そしたら姉がいた。

 なぜ?

 みんなは唖然としてるし……。


「どこへ行っていたんだリン」


 アキが昔からの呼び方で聞いてくる。

 言いにくいから、ここからは姉としよう。


「姉上こそ、なぜここにいるのですか?」


「質問を質問で返すな。あと私のことはお姉ちゃんと呼べ」


「……ある居住区に足を運んでいました」


 なんで1人でこんな所に来たんだこの人は。

 改めて説明しておこう。

 俺の前にいるのは、アキ・キンドレッド。

 俺よりも4年早く生まれた実の姉。

 俺が生まれたときには、剣術の訓練をしたり、遠方に出向くことが多く、滅多に顔を合わすことがない。

 城に帰ってくるのは1年で10回にも及ばない。


「そうか。それで、なぜ私がここにいるかだったな」


 表情があまり変わらず、何を考えているのかは分からないが、強い。

 とんでもなく強い。

 だから王女としてではなく、騎士として振舞っている。

 国の軍事力が傾くレベルの強さなので、父も基本自由にさせている。


「はい。なぜこのサイハテ領に?」


「お前を連れ戻すためだ。帰るぞ」


「え?」


「私は、お前が冤罪でこの地に飛ばされたことは分かっている。どうせあのバカが嵌めたんだろう。私が訴えて、位を戻してやる」


 バカと言うのは、兄のことだろう。

 昔から、姉は兄のことを嫌っていたからな。


「いや、私はこの地で頑張っていくから心配無用です」


「……何だと」


 空気が変わった。


「私はこのサイハテ領の領主として、この地を復興していきます。だから城には戻りません」


「この地を復興させるのは無理だ。我々も頭を抱えている問題の1つだ。リン1人でどうこうするなど――」


「部下がいます! 私の優秀な部下が! 皆で知恵を絞り、力を合わせれば、必ずこの地をより良いものにすることが!」


「私がザッと見た限りでは、優秀な奴はいないようだが?」


 アンタが強すぎるんだよ!


「いえ。私には全員が必要です」


「……」


「そもそも、この地がここまで酷くなってしまったのは、我々王族の責任でもあります。見捨てる訳にはいきません!」


「……いいのか? 位が戻ることはもうないぞ?」


 俺は一瞬考えてしまったが、率直に答えた。


「――構いません!」


 そう言い放つと、姉は少し考えた。


「――分かった。今日の所は、帰るとしよう」


 姉は納得したのか、抜いていた剣を鞘に収めた。


「ッ……! ありがとうございます」


 俺は深々と礼をした。


「礼なんていらん。確かに、ここまで荒れ果てたのは、我々の責任でもある」


「じゃ、じゃあ少しでもいいので支援を……」


 頼む頼む頼むッ!


「フッ。兆しが見えたらしてやるかもな。それより、久しぶりに会えたんだ。リンの屋敷で話でも……」


「申し訳ないんですけど忙しいので……」


「だったら私も何か手伝おう。見る限り、林の木を伐採していたようだな。ならば私も――」


「いや、姉上の力じゃ他に影響が出るかもしれないので……」


 これで畑の元となる土が吹っ飛んだら困るからな。


「だ、だったら――」


「もっと時間に余裕ができたら、菓子折りも用意して話しましょう」


 みんなビビってるし、とりあえずここは帰ってもらおう。


「ほ、本当にやることはないのか?」


「……あっ」


「何かあるのか!」


「今ゴドルーっていう奴がいる盗賊に困ってて……」


「ソイツのアジトまでの方角と距離は?」


 おおっ。

 急に食いついてきたな。


「ザ、ザカン分かるか!」


「はいっ! ここから南に進んでいった森の奥地にアジトがあるはずです!」


 離れた位置から、ザカンはそう言った。


「だそうです姉上」


「分かった。今すぐ行って来よう。今は昼時だが、昼食を食べ終わるまでには潰してくる」


 姉はそう言うと、振り向いた。

 その甲冑の背中の肩甲骨辺りに、小さな穴が開いていた。


「光魔法、【天使の道標みちしるべ】」


 姉がそう言うと、その小さな穴から光が溢れてきた。


 そう言えば光魔法が使えるんだった。


 光はどんどん形がハッキリしていき、最終的に天使が持つような翼になった。


「では少し待っていろ――」


 そう言った直後、瞬く間に姉の姿は、上空に消えていった。


「……行ったか」


 あの光魔法でここに飛んできたのか。

 使者を寄越すことなく単身で……。

 いやそんなことを考えている場合ではないな。


「リ、リンドラ様……?」


 ルシアが恐る恐る俺に近づいてきた。


「バカ野郎! 早く姉上が帰ってくる前に、何か手土産を用意しておけ!」


「わ、分かりました!」


「皆の者も! できる限り作業を進めておけ! どうせ無傷でゴドルーの首持ってくるから!」


 アキの強さをよく分かっているリンドラは、血相を変えて指示を出した。


 ああ……。

 やっぱり今日倒れるかも……俺。

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