第6話 勧誘


「囚人番号875番。釈放だ。出ろ」


 小さな牢屋の中に設置されているベッドに、フード付きのコートを着た女が寝転がっていた。


「――釈放? アイツらか?」


 女はベッドから立ち上がり、牢屋の扉に近づく。


「ん? 誰だお前は……」


 看守の後ろにいた俺に気づいた女は、警戒した様子で睨んでくる。


「――お前がジャッカルだな?」




◇ ◇ ◇




「――おい出てきたぞ!」


「――ボス!!」


「お前ら……」


「あれ? 領主はどこに?」


 ジャッカルだけが橋を渡ってきた。


「あの男……。領主だったのか」


「そうなんですよ。俺らを部下にする代わりにボスを解放するって言って」


「……私の部下を奪うと?」


「いや、ボスは家臣にするらしいです」


「はぁ? まとめて部下にするつもりか?」


「どうします? 信用できないんだったらこのままトンズラすんのも……」


「……いや、話は聞こう。仁義というものがある」


 ジャッカルと元盗賊たちは、橋の入り口でリンドラを待つことにした。


「だがお前らも、よく信じきったな」


「アハハ、俺たちも疑ってたんですけど……」


「何か惹かれることがあったか?」


「あの領主、1人でアジトに来たんですよ。話を聞いてみると、俺たちの行動に非があったと分かったのに、罰を与えなかった。他にも――」


「もういい。十分分かった」


「まあ色々ありますけど、一番はボスを助けてくれたことですかねっ」


「……そうか。前の奴とは違うのかもな」




◇ ◇ ◇




「流石にもう1人は男にしとくか。バランス良く」


「分かりました。ではこちらに」


 この監獄は、男女で収監されている牢屋が違う。

 先程のジャッカルもそうだが、服装などは特に縛っていないらしい。

 小さな部屋の中で、配給される最低限の食事を取り、寝る。

 この繰り返し。

 トイレも部屋に常備されており、週に1回体を水で洗える。

 監獄という割には厳しくない。


 だけどそこの費用も俺から出てるんだよな?

 その点もちゃんと考えないとな。


「着きました。釈放させる者が見つかったら、私に言ってください」


 看守はそう言うと、重そうな扉を開けた。


 ここから先は、俺1人で進めということか。

 それだけ凶暴な奴らが多いのだろうか。


「……よし」


 俺は覚悟を廊下を歩きだした。

 両側に牢屋があるので、冷たい視線が飛び交う。


 見るの怖っ!

 でも見ないと分からないし……。


「……チラッ」


「ああ?」


「……チラッ?」


「んだテメェ?」


「…………チラッ」


「コロス」


 よし帰るか!

 ジャッカルと盗賊たちだけでも十分だしね!


 廊下の端の手前まで行った俺は、勧誘を諦めて回れ右した。

 まだ他にも牢屋があるとかどうでもいい。 

 もうお家帰る。


 帰りは極力誰とも目を合わせないように歩いていく。

 その時――。


「――リンドラ様?」


 突き当りの牢屋から、自分の名前を呼ぶ者がいた。


 まだ見ていない牢屋か。


「いかにも私はリンドラだが、お前の名前……は」


 振り返り、牢屋を見やると、何やら懐かしい空気を感じた。

 周りの目を気にせず、俺は声のした牢屋に近づく。


「――お前は、まさかルシアか!」


「その通りでございます! リンドラ様がまだ小さい時、私が住む隣国に来ていただいた際、良くしていただきました」


 そう語るのは、俺が今いるガイザーという国の隣国にあるナートで、騎士団に所属していたルシアという男だった。


「久しいな。10年ぶりか?」


「ええ。あの時はまだ私も12歳の半人前でした」


「昔よく遊んでもらったな~。なんで俺って分かったんだ?」


「その黒髪に、目の下の小さな傷跡。昔と同じ赤いマント。間違えるはずありません」


「いつかしようと思ってた俺の容姿の説明ありがとう」


 逆に今俺が見てるルシアのことを説明しよう。

 銀髪のショートヘアの上に背が高い。

 超絶イケメン。

 なんとなく感じるけど相当強い。


「……スペック高っ」


「しかし、なぜこのような場所に?」


「まあ色々あって、ここの領主になっちゃったんだよね。それでこの領地を復興させようと思っててさ、是非ルシアの力を借りたいんだけど」


 少し腰は低くしよう。

 頼んでるのはこっちだし。


「……なぜ私が捕まっているのか聞かないのですか?」


 そういえば囚人だったな。

 すっかり忘れてた。


「別に。どうせ事情があって捕まったんだろ? だったら無理に聞かないし、なにより俺は、ルシアを信じてるからな」


「リンドラ様……」


 早くここ出たいから了承してくれ。


「ですが、リンドラ様の名を汚してしまいます!」


「気にするな。冤罪とはいえ、俺は大罪を犯してるからなっ」


 ルシア粘るな。


「――分かりました。このルシア! サイハテ領の領主リンドラに仕えることを、ここに誓う! 私にできることがあれば、なんでも申し付けください!」


「お前がいれば百人力だ。よろしく頼むぞ」


 よっしゃ!

 外にいるジャッカルはまだ分からないが、とりあえず家臣1人目ゲットだぜ!


「では看守を呼んでくる。ちょっと待っててくれ」




◇ ◇ ◇




「――あっ、帰ってきた」


「待たせたな〜!」


 俺がルシアと共に橋を渡っていると、入口にいるアイツらが見えた。


 逃げてなくて良かった〜。


「領主さんよ。ソイツは誰だい?」


「ああ、もう1人の――」


「貴様! 口の利き方に気をつけろ!」


 気軽に話しかけてきた盗賊の男に、ルシアは怒鳴る。


 適応早すぎだろ。


「わ、悪かったって。だ、だがそう言っても! まだ領主様の部下じゃないぜ。ボスが決めるからな」


 もう付けてるじゃん。

 屈してるやん。


「――そうだ。私を釈放した理由を詳しく教えろ」


 ジャッカルが、男たちをかき分けて前に出てきた。


「そういえば伝えてなかったな。端的に言うと、俺の家臣になってほしい」


「コイツら含めた全員、お前の部下になれと」


「ああ、この廃れた領地を復興させたいんだ。そのためにお前らが必要なんだ」


「私もコイツらの上に立つ人間だ。そう易々と受け入れる訳にはいかない。何より、お前は元盗賊を部下にすると言っているんだぞ」


「ルシアにも言ったが、俺は罪を犯してここに来ているんだ。冤罪だけど。そんな俺の下につくんだ。何も問題ない!」


「……少し暴論な気もするが」


「簡単な話。俺が全責任を取るつもりだ。あと一応冤罪ね。ここ重要」


 そう言うと、ジャッカルは少し考える素振りを見せた。


「――いいのか? 本当に」


「もちろんだ。お前らが盗賊になったのも、この領地が廃れたせいだろ。その時点で、領主の俺にも責任がある。だから、元の姿に戻したいんだ。この領地は、まだスタート地点にも立ってないんだ」


「ッ……!」


 ジャッカルは、ハッと何かを思い出したような表情をするのが、フードの隙間から見えた。


「だから、俺と一緒に、この領地を復興するのを、手伝ってほしいんだ。この通りだ!」


 俺は深々と頭を下げる。


「リンドラ様! 頭を下げるなど……」


 ルシアは慌てて俺の行動を止めようとする。


「本当に、あの頃の姿に、戻してくれるのか?」


 ジャッカルは肩を震わせながらそう答えた。


「必ず戻す。いや、それ以上の領地にするつもりだ」


 俺は姿勢を戻し、そう言った。


「……約束だぞ」


「ああ!」


 ジャッカルはその場で跪いた。


「――私、ジャッカル、及び部下48人。領主様の力になることを、ここに誓う」


 ジャッカルがそう言うと、後ろの男たちも同じように跪いた。


「ありがとう。よろしく頼むぞ!」


 俺は今日、新たな家臣2人と、兵士48人を部下に招き入れた。


「では帰るぞ。俺たちの家に」


「うおおおおおっ!!!」


 男たちは叫んだ。


「帰ったらすぐに会議だ! 早速200人規模の盗賊と戦ってもらう!」


「――え???」


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