第3話 とにかく動け


「クソッ、早急に動かないといけないな。ザカン!」


「はっ!」


「ここから一番近い居住区は?」


「はっ。そこの小さな林を抜けた先にあります」


 館の正面にある道を辿っていくと、確かに林があった。


 寝てたから分からなかったけど、案外近いんだな。


「住んでる民は何人いる?」


「およそ200人だと思います」


「この屋敷にある食料を、200人に分け与えた場合、何日持つ?」


「それは……計算しなければ分かりません。まさか……」


「ああ、その居住区の民を一度、この屋敷に引き入れる」


「なっ……」


 ザカンは驚いているが、今は何より人手がいる。

 少しでも信頼を得て、力もつけさせる。

 兵士を揃えるのは難しいかもしれないが、バリケードくらいは作れるかもしれない。


「では俺は、民に話をしてくる。ザカンはその子に温かい食事を用意し、食料がいつまで持つか計算してくれ」


「し、しかし1人で行くのは……」


「大丈夫だ。なんとかなる」


 なんとかなる。

 いや何としてでもなんとかする!




◇ ◇ ◇




「これは酷いな……」


 そこは、居住区というにはあまりにもひどい有様だった。

 畑は荒れ、建物のほとんどが崩れかけている。

 あれで雨風を凌げるのか?

 そもそも本当に人はいるのか?


「今日からこのサイハテの領主になることになったリンドラである! 誰かいないか!」


 大声を出したつもりだが、返事が返ってこない。


 やはり人はいないんじゃ……。


「りょ、領主様……ですか?」


 建物の陰から、足を引きずりながら出てきたのは、ザカンよりも高齢のおじいさんだった。


「そうだ」


 歩かせるのも酷なことなので、自分から近づく。


「すいません。足が弱くて……」


「気にするな。それで貴方は?」


 おじいさんに目の高さを合わせるため、俺は膝をついた。


「そんなっ。領主様が膝をつくなどっ」


「この方が話しやすいだろう。一刻を争うんだ」


「わ、分かりました。あっ、私はこの居住区の代表、ヨボルドと申します」


「ヨボルドだな。これからよろしく頼む。いきなりで悪いが、ここに住む人たちを集めてもらっていいか? もちろん、来れる人だけでいい」


「わ、分かりました。少々お待ちください」


 ヨボルドは深く一礼をすると、民を呼びに行った。




◇ ◇ ◇




「領主さま。集めれるだけ集めました」


「ああ、ありがとう」


 ざっと見渡すと、30人程の男女が集まっている。

 どちらかと男の方が多いが、ほとんどが目に光がないな。


「今日からこのサイハテの領主になることになったリンドラである! 今日集まってもらったのは、伝えたいことがあるためだ!」


 俺は全員に聞こえるよう、ハキハキと喋った。


「先程屋敷に、盗賊がやって来た。協力すれば、お前の命は助けてやると」


 そう言うと、あちらこちらからため息が聞こえてきた。

 今回もダメだったと落胆しているのであろう。

 帰ろうとする者もいる。


「しかし俺は断った! 盗賊は返り討ちにした!」


 そう言い放つと、帰ろうとするものは足を止めた。

 全員がざわざわと動揺し始めた。


 まだ足りないな。


「しかし! 奴らは再びここにやってくるだろう! そうなった時! 俺の力だけではどうしようもできない! だから! 皆の力を貸してくれ! この通りだ!」


 俺は深々と頭を下げた。


 ど、どうだ?

 ここまでプライドを捨てれば多少は信頼してくれるんじゃないか。


「――お前どうするよ?」


「――簡単な話、生活も厳しいのに、戦えと言ってるんだろう?」


「――そうだぞ。最悪相手はまだガキだ。俺達でもなんとかなるんじゃないか?」


 まあそう上手くはいかないですよねぇ。

 だが、まだまだ手はある。

 

「まず皆には、屋敷に来てもらう。しばらくの間、衣食住は確保する!」


 その発言で、ざわざわが大きくなる。


 もう一息だ!


「怪我人や病人も、できる限りの処置はする!」


 ざわざわとした中に、歓声が聞こえてきた。


 ここで決める!


「今まで感じてきた苦しみは俺がなくす! もう一度言う! 俺の名はリンドラ! このサイハテ領に住む民を守り! 導く者だ!!!」


 決まったな。


 満足げな俺とは反対に、場は静まり返った。


 あれ? もしかして間違えた……?


「う……」


「う?」


「うおおおおおおおっ!!!」


 そこにいる全員が、歓声を上げた。


「ハ、ハハッ」


 良かった成功だ!

 いちいち細かく説明するより、一度に大量のメリットを伝える。

 1人が歓声を上げれば、周りに伝染していく。

 計画通りだ。


 上手くいきすぎて、つい口角を上げてしまう。

 

「よし! 善は急げだ! 全員屋敷に移動するぞ!」


「おおっ!」


 今は勢いと流れでどうにかなってるが、これで食料が持たないとなるとマズい。

 頼むぞぉザカン。


「――3日です」


「……え?」


「申し訳ありませんが、1日3食計算で3日です」


「……え?」


 たったの3日!?

 確かに領主がいなくなったから、蓄えがないのは当然かぁ。


「どうしますか? とりあえず、来ていただいた方たちは、大広間に案内しています」


「くっ……。皆には申し訳ないが、1日2食にしよう。大広間に案内してくれ」


「まさかリンドラ様が直接?」


 上げて下げるのは流石に申し訳ないし。

 こういうのは直接俺が謝らないと、後々面倒なことになるんだよなぁ。


「いいから。お願いするのは俺の方なんだ」




◇ ◇ ◇




「ああ領主様。ありがとうございます。これで全員屋敷に入りました」


 大広間に向かうと、ヨボルドが感謝を言いに来てくれた。

 膝をつき、目線を合わせる。


「こちらこそ、俺の提案に乗ってくれてありがとう」


 ヨボルドに一言礼を言って、立ち上がる。


「皆の者。来てくれたこと感謝する。この時期はよく冷えただろう。ゆっくり休んでくれ」


 あちらこちらから、安堵の声が聞こえてくる。


「先に伝えておくが、食料は1日2食で、6日分しかない。満足な食事はできないだろう。申し訳ない」


 大広間は、まあしょうがないといった雰囲気になる。


「しかし、6日までにはなんとかする! 安心していてくれ!」


 と言っても、まだ得策があるわけではない。

 早急にこの件も考えなければ。


「これから病人や怪我人の処置。食事の配給などを行う。動ける者、看病してくれる者は手を貸してくれ!」


 そう言うと、居住区で集まった人を中心に、数十人が立ち上がり、集まってくれた。


「ザカン」


「はい!」


「あの盗賊のアジトは、ここからどのくらいだ?」


「はっ。ここからだと、半日かかるかと」


「この周辺に魔物は出るか?」


 "魔物"とは、動物とは違う、化け物の類である。

 種類関係なく、人間には敵対しているので、みんなが恐れる存在である。


「はい。特に奴らのアジトの周辺は、夜に活発な魔物が多く出没します」


 今は昼を過ぎて間もない頃か。

 だったら今日中に襲撃が来ることはないな。


「よし。俺は今から大監獄に向かう。場所を教えてくれ」


「か、大監獄に向かうつもりですか? 一体なぜ……」


「俺に案がある。ここは任せる」


「と、とにかく急いでいるのですね。分かりました。ここから東に真っ直ぐ行くと、湖が見えてくるはずです。その湖の中心に建てられている真四角の建物が大監獄です」


「分かった。馬はあるか?」


 馬があれば、乗馬経験があるし、すぐに向かえるはずだ。


「屋敷の裏に馬小屋があります。1頭だけですが、十分走れると思います」


「ありがとう」


 話が済んだところで、手を貸してくれる人が揃った。


「よし。手を貸してくれてありがとう。ここも含めて、空いている部屋を、病人と怪我人の治療部屋にする。そして、毛布や食事を運び、全員が今夜を安心安全に過ごせるようにしたい。俺は用があるから、代理であるザカンの指示に従って、動いてくれ」


「ザカンと申します」


 紹介されたザカンは、一礼をする。


「では頼んだぞ」


「はいっ!」


 そこにいる者が元気良く返事したのを確認し、俺は大監獄へ出発した。


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