第5話

 俺は帝国軍の魔術師団の一つ、【魔女の百合園ウィッチズリリー】の宿舎のとある人の部屋の前に立っていた。


 今日はいつもと違って訓練をするって言ってたけど何するんだろう…緊張するな。


 そう思いながら、ドアを三回ノックすると「は~い」とおっとりとした声が聞こえ、ドアが開かれた。


「よろしくお願いします、マリアンさん」


「あら~サイ様~。さ~入って入って~」


 俺はマリアンの部屋の中に入った。


 彼女の名前はマリアン。シャルロッテと同級生で帝国の軍士官学校を次席で卒業し、

魔女の百合園ウィッチズリリー】の団長を務めている優秀な魔術師。


 そして、【魔女の百合園ウィッチズリリー】も【戦乙女の薔薇園ヴァルキリーローゼ】と同様に、女魔術師のみでこうされ、サイ派に所属している。


 ほんと、俺の派閥って女しかいないな……。男の力も借りたいのだが……。


「あら~ぼ~っとして~どうしたのかしらサイ様~」


 俺が自分の派閥に女しかいないと悲観していると、マリアンが俺の顔を覗き込んできた。


「だ、大丈夫です。心配かけてすみません」


「い~え、大丈夫ならそれでいいのですよ~? では~今日の訓練を始めますね~」


 マリアンは机の上から小さな小瓶を持った。


 あぁ…今日は魔法の実験みたいなことをするのか…。


 いつもは魔力を増加させたり、様々な魔法を習得したりしてたから、こういうのは新鮮…少し楽しみだ。


「サイ様には~この中に~唾液を入れてもらえますか~」


「だ、唾液っ!」


「そうで~す。サイ様の唾液を~このビンに入れてくださ~い」


 小瓶に唾液なんか入れてどうするんだ!? 


 でも、マリアンはシャルロッテと違って変態な女ではない…きっと必要なことなのだろう……。


「わ、わかりました」


「は~い、支えてあげますからね~」


 マリアンが小瓶を支え、俺は試験管に唇を当て唾液を流し込む。


「これで…何をするのですか?」


「この唾液を~媒介にして~魔法陣を展開したいと思いま~す」


 あっ、やっぱりマリアンはシャルロッテみたいな変態じゃないんだな。


 ふ~良かった…マリアンまで変態だったらどうしようかと思った。


 魔法陣を展開するための媒介として俺の唾液を求めたんだな。


 うんうん、マジで良かった。マリアンが変態じゃないくて。


「それで、どんな魔法陣を展開するんですか? 魔物の召喚とか?」


「い~え~違いますよ~今回は~サイ様が喜びそうな魔法陣を展開しますよ~。

 今日は~いつも訓練を頑張っている~サイ様へのご褒美なのです~」


 マリアンが優しく俺の頭を撫でる。


 しかし、俺のご褒美となる魔法陣か…想像つかない。


 まぁ、期待しておくか。


「では、早速見せてもらっても良いですか? 早く見たいです!」


「は~い~行きますよ~えいっ」


 マリアンが小瓶に魔力を込めると小瓶の中から小さな花火が上がった。


 瞬間、俺の心が感動で満ちた。


「ふぁ~~~っ! すごいです! マリアンさん!」


「ふふふ~喜んでくれて良かった~」


 俺はつい、今の体に見合う子どもっぽい応をしてしまった。


 だって仕方ないだろ? 俺は小さい頃から花火が好きだから、この世界でも見れるとは思わなかったから、子どもぽっくなってしまうのは自然なことだ。


 そうか…俺は魔法の認識を誤っていたようだ。


 魔法は人を傷つけることもあるけど、感動を与えてくれることもあるんだ。


 マリアンには良いことを教えてもらったな。


 ここは第九皇子のサイではなく、日本人の……ただの彩として感謝を伝えたい。


「ありがとう、マリアン」


「……! サイ様!」


 俺はマリアンに脇の下から腕を入れられ抱きあげられる。


 こ、これは流石に恥ずかしいな…抱っこされているみたいだ……。


 まぁ、マリアンに俺の感謝の気持ちが伝わったって証拠だよな。


 そうだったら…嬉しい。


 俺もマリアンの首に腕を回して抱き締める。


 そうして、暫くの間、互いを抱き締め合っていた。


「サイ様~また二人で花火を見たいので~唾液~頂けませんか~」


 俺とマリアンが体を離すとそうお願いされた。


 確かに、また見たいな花火。


 よし―――


「はい、僕の唾液でよかったら」


「本当ですか~? 

 ありがとうございます~では~―――」


 マリアンが空間を切り裂き、そこから大量の小瓶を取り出した。


 えっ、こんな多いの? 2、3個だと思ったんだけど…この量はキツいぞ。


 ていうか、わざわざ空間魔法に収納してるの小瓶を。


 魔法の無駄遣いじゃないか、それ。


「は~い、お口あ~んしてくださ~い」


 マリアンが俺の口元に小瓶を差し出す。


 ん~花火見たいからな……。


 仕方ない…いっちょ頑張るか。


「わかりました」


「は~い、どうぞ〜」


 俺はマリアンに微笑まれながら、次々と差し出される小瓶に唾液を流し込んだ。


 全ては花火を見るために……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る