第3話 退院
転院してほぼ三か月が経った。
「来週の月曜日に退院ですね。おめでとうございます」
リハビリの経過観察を担当した医師から退院の許可が出た。すると療法士の先生方や看護師さんたちがそれぞれ挨拶に来てくれた。
「退院できるのは嬉しいけど、ここでの生活は結構楽しかったから一寸寂しさも感じちゃいます」
五月は挨拶に来てくれた方々にそう返答していた。
それにしても、もうこんな会話ができるまでに回復したことに驚く。
救急車で運ばれて、手術を受けて、その直後の状況と比べたら嘘のような回復ぶりだ。
大学病院の先生方やリハビリをしっかりと指導してくださった先生方には本当に感謝しかない。何回お礼の言葉を述べても足りないくらいだと、本当に思った。
これはお世辞などではない、素直な気持ちなのだ。
兎に角まずは命を救ってくれたこと。そしてここまでの回復をサポートしてくれたこと。だから感謝以外に何があろうか。
ただこれで全てが終了になった訳ではない。今後三か月間は通院してリハビリを受けることになる。
でも五月はリハビリを楽しんでいるようだし、お気に入りの先生にも大手を振って会えるわけだから、それもまた良し!と思った。
もし自分が若い時だったら、こんな風に思えず、それなりに焼きもちを焼いたかも知れない?とも思った。
これが年を取ったってことなのだろうか!?
だから大きな心? になれたのかな?
そう思って一寸自己満足に浸った。
明日は待ちに待った月曜日だ。
五月が帰って来る。そう思って寝室なども念入りに掃除機をかけた。
「五月は明日このベッドで寝るんだな!」
だからベッドの下も丁寧に掃除機をかけた。勿論ぎっくり腰にならないようにストレッチをして腰に気を付けながら作業した。
洗濯ものもきちんと干した。
迎え入れの準備は整った。
月曜日になった。
病院に向けて車を発進させた。運転しながらわくわくしている自分を感じた。
「久しぶりだな~ こんな気持ち!」、
一寸新鮮だった。
病室に入ると五月は既に着替えを済ませていた。
「おはよう 早いね!」
そう言って病室に持ち込んであった荷物を片付け始める。荷物は大きなバッグ1つと大きな紙袋が3つになった。
「結構いろいろ持ってきていたね」
やはり三か月もいるとこんなものなのだろう。
看護師さんが挨拶に来てくれた。
「五月さん、よく頑張りましたね。また入院しなくてもいいようにしてくださいね!」
退院するときの常套句だとは思ったがおっしゃる通りで、やはり再発は避けたい。でもそうは言ってもどうしたら再発を防げるのか、その方法はよく分からない。
「まぁ、無理をさせなければ、ってことかな?」
などと勝手に思って納得するしかない。
「本当に長い間お世話になりました。ありがとうございました」
看護師さんに深々と頭を下げてお礼を言った。
「ご主人も大変だったでしょ! 退院、おめでとうございます」
看護師さんは笑顔だった。正直なところその笑顔は私に安らぎを与えてくれた。
「何て素敵な笑顔なんだ!」
看護師さんにこの気持ちをお伝えしたいと思ったが、勿論言える筈などない。
断っておくが、決して惚れたわけではないと・・・
看護師さんという職業に敬意を表します!
受付で会計をする。
入院費の清算は毎月末に行っていたので、支払額はさほど心配しなかった。
何故なら高額療養費の補助制度というものがあって上限が定められているから、それを超える額を請求されることがないからだ。
これは大変な医療を受ける側にとっては非常にありがたい制度だとつくづく感じた。
それに差額ベッドの支払いもない。「特別室がいい」なんて我儘を言わなかった五月に感謝している。
ただ勤めは辞めると決めた。何故なら当分の間妻の見守りが必要だからだ。
今の仕事は定年退職後の嘱託であったので給与は少額だったが、それでも生活の足しには大いに役に立っていた。
それがなくなる。
つまり今後の収入は年金オンリーだ。だから生活費の節約は当然強いられる。
残念だがこれは間違いない。
払いを済ませながらそんなこと思って気を引き締めた。
会計を担当していた受付の方も丁寧な対応をしてくれて、病院全体に感謝した。
「お母さん 帰ろうか!」
五月は笑顔で頷いた。
家に着いた。
家の中に祀ってある神棚に向かって二人で手を合わせ、無事に退院できたことを報告した。
「おかえり!」
五月をそっと抱きしめた。
「迷惑をかけちゃったわね」
腕の中で五月はそう言ったが、全く迷惑をかけられたとは感じていない。むしろ今回五月が病んだことで五月の存在が自分にとってとてつもなく大切なんだということを再認識させてくれたと思っている。
「そんなことないさ! これからも仲良くやろうな」
抱きしめる腕に少し力が入った。
スタート やまのでん ようふひと @0rk1504z7260d7t
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