高鳴る音は、呼び声

せてぃ

高鳴る音は、呼び声

 鼓動を聴く。


 寄せて、返すように、一拍、一拍、音を刻む。


 鼓動を聴く。


 少しずつ、速くなる。


 掌を合わせる。指と指を組み、握り、広げて、離す。手首と一緒に振って、脱力した後、そっとハンドリムに添える。


 前傾に構える。


 ぼくが出来るのはここまでだ。自分の意思で動かすことができるのは、この動作が身体の『一番下』、『末端』だ。ぼくにも脚はあり、足もある。ただ、その部分がぼくの意思で動くことはない。電気信号を受け取る筋肉の反応として、痙攣や関節の曲げ伸ばしを伴うことがあったとしても、それはぼくの意思ではない。

 それを不幸と思うか、と訊かれたことがある。小学生のうちからそういう身体になった。それを不幸と思うか、と。

 だから、ぼくはこう応えた。


「そういうものなのだから、幸も不幸もない」


 両の手を車椅子の外輪ハンドリムに添えて、その時を待つ。


 小学生最後の運動会。


 ほくは支援学級ではない一般の、健常な子どもと変わらない、ごく普通の学校に六年間通った。運動が好きで、スポーツが好きで、走るのも好きで、実際、誰にも負けないくらい速かった。でも、小学一年生の時点で病気に患った。それが原因で歩けない身体になった。

 それでも、学校は変わらず同じ、普通の学校に通った。

 そこにいろんな人の努力や、理解があったこと、十二歳にもなれば理解できる。ありがたいと思う。こうして、健常の同級生と同じレーンで肩を並べて、車椅子で百メートルを走ることができることも、ありがたいと思う。

 勝ち負けだけで見れば、隣に並んだ四人に、絶対に勝てるはずはない。それはわかっている。わかっているけど、そういうことではない。これは、そういうことではないのだ。

 ぼくが走るのは、ぼくの道。誰とも同じではない、ぼくの道だ。これは、そういう道へと続く始まりであって、ゴールは百メートル先ではない。

 もっとずっと先、何年も、何十年も先で、ぼくを待っている。


「位置について」


 声がかかる。


 静寂。


 鼓動を聴く。


 高鳴る。早鐘を打つ。


 静寂。


 スターターピストルの音。


 ぼくは、最初の押し込みで、車輪を回す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

高鳴る音は、呼び声 せてぃ @sethy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ