ドアの向こう側【肆】
僕は【愛結島琉之輔商店】で、すでに貴重になっているガソリンを購入して軽トラに入れた。ガソリンは、ぼったくり価格だったが、この際仕方ない。
もちろん元いた世界の通貨は使えない。
こちらの世界で手に入れた通貨だ。
さて、渕上さんを探さなくては。
そもそもまだ生きているのかも解らない。
僕は渕上さんと会った街を周った。
凍えた街に出て来る人は、あまりいなかった。
あの時、どこに住んでいるのか聞いて置けば良かった。
街の景色は、元いた世界に似ている所もあれば、まったく未知な所もあった。
少しだけ慣れてきた街の景色を眺めながら運転していると、衝撃が走った。
銃声が先だったのか、車の窓が割れたのが先かは、解らなかった。
銃弾が、運転席の窓から目の前を通り過ぎて行った。
正確には解らないけど、すぐ目の前で銃弾が風を切る音がした。
僕は瞬時に、修羅モードに心のギアを切り替えた。
自分の命が最優先する事は、きっと正義に違いない。
軽トラの周辺で悪そうな奴らの叫ぶ声が聞こえた。
氷河期が訪れたこの世界では、良い意味でも悪い意味でも、自警団が出来ていた。
多分、奴らは悪い意味の方の自警団だろう。
状況を考える間もなく、僕はアクセルを踏んだ。
軽トラの前に悪そうな奴らを、跳ね飛ばしたのが解った。
そいつが、本当に悪そうな奴らなのかは不明だが、止っていては明らかに僕が死ぬ。
アクセルを踏んだまま十字路を周ると、軽トラが何かにぶつかった。
多分、家の廃材の様な物だろう。
僕の腕がハンドルを捌いている最中、僕の目は街を彷徨うように歩く渕上さんを捕らえた。
「!!!!!!」
その時、僕は何も考える事無く、自動的に背後から迫る悪そうな奴らを確認後、ブレーキを踏んだ。
街に大きなブレーキ音が響き、僕は軽トラを降り、驚く渕上さんの手を掴んだ。
元の世界の平和な学校にいたのであれば、そんな行動は何億回生きてもなかっただろう。
でも、渕上さんと視線を交わしてしまった結果、僕の修羅モードギアが停止、通常の思考回路が動き出してしまった。
そんな暇はないのに!
僕の通常の思考回路は、渕上さんの気持ちの確認を指示した。
そんな暇はないのに!
僕は渕上さんの嬉しい顔が好きだった。
僕が陸上で良い成績を残すと、渕上さんが喜んでくれた。
だから僕は陸上部で活躍できたんだ。
僕は意を決して、渕上さんの表情を確認した。
渕上さんは今まで見た事がない程、恐怖していた。
僕に対しての恐怖だ。
そんな目で見られるなんて!
僕は悲しさのあまり目頭が熱くなった。
でも!
僕は渕上さんの手を握り、軽トラの車内に押し込めた。
例え渕上さんが僕を恐れ嫌おうと、僕は渕上さんを安全な世界に連れ戻したかった。
悪そうな奴らの声が、背後で聞こえた。
「勝手に降りたら殺すよ」
そう渕上さんに告げると、僕は軽トラを発進させた。
あの【愛結島琉之輔商店】へ向けて。
僕の隣で恐怖する渕上さんの表情に、心がとても痛んだ。
つづく
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