大正ロマンなレストランで【弐】

隣には小汚い格好をした少女が座っているのだが、この娘は誰だろう?


元いた世界だと、中高生って感じだ。


松の妖精ぴな族のいろはが飛び回っているが、この少女には見えないみたいだ。



「もう・・あたし、ダメみたい」


隣の小汚い少女が言った。



隣りに座られると僅かに匂うが、まあ、良い。未来が無臭過ぎるのだ。



俺がこの時代のこの世界に来る前の事情が不明なのだが、俺とこの少女との間に何かあったのだろう。



でも、今の俺にとってそもそも「お前誰だよ?」なのだ。



いろはに尋ねようとしたが、どこかに飛んでいってしまった。


大正ロマンを満喫したいのだろう。空飛ぶ生き物は人間以上に自由だ。


あの妖精を呼ぶには、本名の長い48文字の名前を呼ばないと来てくれない。



いろはにほへと ちりぬるを・・・えーと、これより先が浮かばない。却下。



「助けてくれる?」


隣に座る小汚い少女が言った。



「君は誰だい?」



【君は誰だい?】


なかなか大正デモクラシーらしき響きじゃないか。


俺は少し自惚れた。いやかなり自惚れた。まあ良い。



俺の問いに小汚い少女は、


「つぐみ・・・もう自分ではどうしようもない状態に陥った女の子だよ」



大正ロマンと浮かれたところで、最悪な状態の人間はいるし、最悪な状況は存在する。


きっとこの少女は、そんな状況から抜け出せずにいる少女なのだろう。



俺はポケットの中にあった財布を確認した。


大金とは言えないにしても、そこそこのお金があった。



この時代のこの世界の【愛結島琉之輔】は、そこそこのお金がある生活をしているのだろう。



この世界の【愛結島琉之輔】のお金は、もちろん俺のお金でもある・・はずだ。


使っても問題ないだろう。



大体、こんな小汚い少女が隣にいて、惰眠をむさぼるこの世界の【愛結島琉之輔】が、行けないのだ。



「とりあえず銭湯にでも行かないか?綺麗になってから何か食べに行こう」


「えーお腹空いたけど、まあそう言う事なら」



俺はそこまで綺麗好きと言う訳じゃないが、さすがに何らかの知り合いと思われる少女が小汚い状態でいるのは、心が痛む。



銭湯に行くと、あまりの少女の汚さない銭湯の婆さんが嫌な顔をしたが、迷惑料として少しだけお金を渡して勘弁してもらった。



「ふふ」


自分の金じゃないと思うと、俺は羽振りが良い。



銭湯の前で待つこと30分。


少女はまだ出てこない。


1時間たっても出てこない。



銭湯の婆さんに尋ねると「大丈夫だよ」って答えるだけだ。



2時間後やっと出てきた少女は、すっごく未来的な顔をしていた。


ここで言う未来とは、21世紀よりも未来って意味だ。


未来的な少女は、銭湯の婆さんに、


「お洋服ありがとう」


「良いんだよ。年頃の娘はハイカラにしてないとね」


未来的な少女は、大正の女学生のような服に着替えていた。



未来的な少女に変身した結果、大正ロマンな街では、ちょっと目立った。



その後、大正ロマンなレストランで、オムライスを食べた。


ケチャップの赤がとても濃かったのが印象的だった。



レストランを出ると、妖精のいろはが空から舞い降りてきた。


「もうあたし抜きでレストランに入るなんて、あり得ないんだけど!」


「お土産のコロッケがある。後で食べると良い」



大正時代のコロッケは色々濃厚だ。


未来人には濃すぎるくらいに。



こうして、どこの時代なのか、どこの世界なのかも解らない少女と、ちょっとした繋がりが出来た。



そんな些細な繋がりだとしても、パラレルワールドを旅する者にとっては、貴重な繋がりのように思えた。



ただこの世界の【愛結島琉之輔】の所持金は、限りなくゼロに近づいてしまった。



まあ大した問題ではない。



大正ロマンなレストランで、オムライスを【参】へ つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る