ミックスジュース【伍】

カブトムシが羽音を立てながら、目の前の暗闇の中を飛んで行く。

暗闇の中をヘルメットに着いている懐中電灯だけが、輝いていた。


抜かるんだ泥のようなトンネルの壁の水分が、制服にまとわりつき、身体を冷やして行く。きっと制服とは言えない状態だろう。


このまま地震でも起きたら、埋もれてしまう。

そんな事がよぎったが、今更引き返せない。


「ん?」

どうやら何かの部屋に抜けたみたいだ。

懐中電灯の灯りで確認すると4畳半ぐらいの広さはあった。

灯りで照らし良く見ると、床は石畳で、壁は石壁だった。

何かの遺跡の跡かも知らない。


「部屋みたいなところに出たけど、どうしたら良いんですか?」

その声が、愛結島琉之輔に聞こえたのかどうかも解らない。

数秒経っても返事はない。


聞こえないだけなのか?

もしくはあの男はもうすでに立ち去ったのか?

あのやる気のなさそうな顔だ。

どこにいるかも解らない。


でも!

心が何かを感じていた。

この感覚、お兄ちゃんだ!


闇が深くなっていく気がした直後、懐中電灯の灯りが消えた。

「愛結島さん!懐中電灯の灯りが消えたんですけど!愛結島さん!」

と叫んだ見た。

数秒待っても、反応はなかった。

「なんなのよ!あいつ!」


水穂未樹は、目で暗闇を見つめ耳を澄ましてみた。

ふっと、カブトムシの羽音が消えた。


「お前もか!」


でも、お兄ちゃんの感覚は強くなっていく!


【親近者である貴女が貴女の兄を引き寄せるのです。ここはそう言う仕組みです】

あの男の言葉を思い出した。


わたしがお兄ちゃんを引き寄せる?

どういう仕組みなのかは、解らないけど、じっとお兄ちゃん存在を感じて見た。


暗闇の中、異空間をお兄ちゃんが漂っている様な感じがした。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん・・・」

そう呟くと、兄と心が通じた様な気がした。

生まれた頃から、兄の跡を追いかけてきた。


お兄ちゃんを一番知っているのは、このわたしだ!


「お兄ちゃん!ここだ!掴まって!」

水穂未樹は手を伸ばした。

何かが手を握った。


お兄ちゃんだ!


「未樹?」

兄貴の声がした。


「お兄ちゃん!会いたかった!」


水穂未樹は兄を引き寄せ抱き寄せた。


暗闇の中で兄妹は抱き合った。

「ぼくは戻って来たのか?」

「そうだよ!そうだよ!逢いたかった」

「ここは?」

「ここは愛結島って人に連れられて、ここに行けばお兄ちゃんに逢えるからって、そうだ出口を探さないと」

水穂未樹は入ってきた小さなトンネルを探した。

カブトムシの羽音が聞こえた。きっと出口の方角だ。


「お兄ちゃん、ここから抜け出せるよ!」


暗闇の中、兄妹は小さなトンネルと這った。

薄暗いなりにトンネルの出口が見えた。


トンネルから抜け出したとき、水穂未樹の制服も水穂颯太の服も泥だらけだった。


「あれ車がない?あの男」

そう言う水穂未樹の隣で、水穂颯太は深呼吸をして、

「はぁぼくの生まれた世界の空気だ」

と涙を流した。


山道の奥から車の音が聞こえ、軽トラのミゼットが見えた。

「あら出てこれましたね、良かったです」

と愛結島琉之輔は、本気でそう思っているのか疑わしい顔で言った。


「わたしを置いてどこに行ってたんですか!」

「いやね、惣菜屋の半額のタイムセールがありましてね」

「それ!わたしたちより重要なんですか?」


愛結島琉之輔は「もちろんです」と言いそうになったが、代わりに首を傾げた。

そして、

「それよりお腹空いたでしょう。半額セールの幕の内弁当ですが、どうぞ」


再会した兄妹は、ミゼットの荷台で半額セールの幕の内弁当を食べた。

「懐かしいよ~」

兄は泣いた。


ミゼットは山道を降りた。

兄は、荷台から愛結島琉之輔を見ると、妹の耳元で囁いた。


「あいつ、あっちの世界でも見た事がある。なんなんだろう」

「きっと良い人だよ。お兄ちゃんを助けてくれたんだよ」

「今回はともかく、ああいう明らかにダメ人間を信じちゃダメだよ」

「そうかな~」




ミックスジュース編 完




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