サチコさんと一緒【肆】
鉄板の上で大きな炎が上がった。
炎に照らされたサチコさんの顔がとても美しく、遠い昔の恋を思い出させる。
そして鉄板に素材が並んでいく。
サイコロステーキ
ガーリックライス
アスパラガス
レンコン
鉄板焼き屋のメニューで、どの位置の世界にいるのか大体解る。
どうやら、ぼくらが生まれた世界に近いらしい。
「懐かしいね」
「懐かしいね」
「そして美味しい」
「そして美味しい」
こんな冴えない男が焼いているとは、思えないくらい。
ぼくが賛美をしようと、冴えない男を見たが、どう見ても賛美は受け付けないって顔をしていたので、賛美は止めた。
なのにサチコさんが、
「これとっても美味しいです」
と言うと、冴えない男は嬉しそうに微笑みを浮かべた。
冴えない男の、こんな表情を見たのは初めてだ。
きっと女には良い顔をしたいのだろう。
気をよくしたのか、冴えない男は、
「こちらはサービスになります」
とシャンパンを用意した。
「ありがとう」
サチコさんの感謝に、冴えない男は再び微笑を浮かべた。
なのでぼくも、
「ありがとう」
と言うと、冴えない男から微笑が消えた。
それはないだろう!
サチコさんはその様子に、笑った。
この世界のシャンパンに詳しくはないが、美味しシャンパンだと言う事は解った。
「乾杯」
「乾杯」
そう言うとぼくはサチコさんの瞳を見つめた。
でもサチコさんの瞳は、ぼくを見ていなかった。
いや見てはいたんだけど、ぼくの心に届いていなかった。まだ。
そう言う事か・・・そうぼくはまだサチコさんの域に達していないらしい。
まだ追い付いていないんだ。
「るりゐろくん、どうしたの?」
「ううん、なんでもないよ」
ぼくが考えた一句を詠む空気は、どこかに行ってしまった。
食事を終えると、ぼくらは再び自分が求めるモノを探すために異界に向った。
「どこかの世界で、それぞれが求めるモノを見つけたら、一緒になろうね」
と約束した事をサチコさんは覚えているだろうか?
いつかサチコさんに追いついたい。
そんな事を思いつつ。
サチコさんと一緒編 完
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