ミックスジュース

ミックスジュース【壱】

愛結島琉之輔商店あゆしまりゅうのすけしょうてん。小さいけど趣は良い。

きっと読者も一目で安堵感を感じてくれるだろう。


妖精のいろはによると、この店はどの世界、どの時代にもあるのだが、見た目は小さな商店に過ぎない。


「基点とはそう言うものだよ」

妖精のいろはは、そうフォローした。


「【基点】とは、何だろう?」

「なんだろうね」

妖精いろはは、物知りな顔している割に、あまり物知りではない。

その事については触れない方が良いのは、経験上知ってる。


愛結島琉之輔商店あゆしまりゅうのすけしょうてん

職種は金物屋だ。繁盛はしていない。

今のこの時代、存在しているだけの存在。

存在していればいいだけの存在。


自宅警備員だった俺には、都合が良い。

そんな俺の平穏を破る奴らが来るとは、思わなかった。


お店の自動ドアが開く音がして、誰から入ってきた。

「ほら」

妖精のいろはが促すように言うから、

「いらっしゃいませ」

俺は反射的に対応した。


女子高生が入ってきた。

繁盛はしていない方の金物屋には、珍しい客層だ。


「えーと、あの・・・」

女子高生は小声で聞いた。

雰囲気から、金物がご希望ではないらしい。


その表情から、面倒な案件だと解った。


面倒臭い、と思いつつも、

「どうぞこちらへ」

俺は、その女子高生をジューススタンドへ誘った。

愛結島琉之輔商店には、小さな商店に過ぎないが、ジューススタンドがあるのだ。


ほぼ、個人的に俺が飲むためのジュースだが、たまに客に振る舞ったりする程度のジューススタンドだ。


ちょっと薄暗い店内に、女子高生は不安げに席に座った。


俺がメニューを差し出すと、女子高生はメニューを見つめ、

「安いですね」

と。


ジュース100円(税込)だが、金物屋の店内にあるジューススタンドなど、誰も来ない。


その安さが逆に女子高生を不安にさせたらしいが、覚悟を決めて女子高生はミックスジュースを頼んだ。


俺が選んだ上質の果物だけをミックスしたのだ。

味は凄く素晴らしい。

当然の如く、その女子高生は一口飲むと、笑みを零した。


少しだけ安心した女子高生は、

「わたしは、水穂未樹みずほみき女子高に通ってます」

と自己紹介をした。


「ようこそ、愛結島琉之輔商店あゆしまりゅうのすけしょうてんに」

と俺は言ったが、その言い方に水穂未樹みずほみきは、不安感を蘇らせた。


解っている。

やる気のない声だと言いたいのだろう。

自宅警備員独特のやる気のなさそうな顔に、やる気のなさそうな態度。


面倒臭い案件の匂いに、俺は正直者だから、あからさまに態度に出たのだ。


どーみてもダメ人間だ。

仕方がない、俺はそう言った人間だ。


それでも水穂未樹みずほみきは、説明を始めようとした。

それだけの理由があるのだろう。


「あの夢を見たんです。その夢の中でここに行くように言われました」


その夢を見せたのは、妖精のいろはだ。

妖精のいろはは、夢の世界の夢殿へ出入りが出来る。


「すべて了解しております」


俺のやる気のない言葉だったが、水穂未樹みずほみきは、安堵の表情を浮かべた。


『夢で見たから来た』なんて言われたら、普通は変な奴だ。


妖精のいろはは、水穂未樹みずほみきの肩に飛び乗ったが、その姿は水穂未樹みずほみきには、見えないらしい。


しかし、少しだけ違和感は感じたらしい。


水穂未樹みずほみきは、ミックスジュースを再び一口飲み、心を落ち着かせると、

「兄を探して欲しいです。兄の名は水穂純みずほじゅん

と告げた。


水穂未樹みずほみきが、真剣な目で告げているのに、妖精のいろはは水穂未樹みずほみきの、ミックスジュースを吸っていた。


客に出したミックスジュースを、飲むなとあれほど言ったに、妖精に商取引のシステム何て、理解できないのだ。


俺の俺なら、妖精も妖精だ。


俺はそんな妖精を無視して、

「了解しました」

と答えた。



つづく




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