ドアの向こう側【弐】
この世界に来て半年の時が流れ、僕の心の中で何かを失い、何かを手に入れた。
僕は、この切羽詰まった世界に順応していった。
配送センターの食料庫の周囲には、食料を求める群衆が集まっていた。
人数は解らないが、お祭りなみの混雑だ。
僕は人が多くて近づけなくて、食料庫の歩道橋から、その様子を観察していた。
パン!パン!パン!
乾いた銃声が響いた。食料庫を守る警官隊が発砲していた。
食料庫を包囲する群衆はどよめいたが、鉄板を盾にした一団が、ドアを突破、食料庫の中になだれ込んだ。
群衆の塊が、洪水の様に倉庫の中に吸い込まれてい行く。
僕も流れに任せて、食料庫の中になだれ込んだ。
多分、これだけの群衆だ。
入っても何も残ってないかも知れない。
僕が入り口に辿り着くころには、中から略奪した食料を抱えた人々が出てきていた。
荒らされた配送センター内は、もう食べられそうな物はなさそうだった。
床には、略奪した人々が落として行った小さなお菓子や飲料水が転がっていた。
僕は落ちていた駄菓子を拾い、それを食べながら、残っている物がないか見て回った。
衣料や日用品は放置されたままになっていた。
「
僕の名前を呼ぶ聞きなれた声がした。
「渕上さん?」
中学の時の陸上部の女子マネージャーだ。
部活以外では特別親しくはなかったが、陸上部員からは慕われていたし、少なくとも人として好意は抱いていた。
そんな優しい渕上さんが、こんな世界に来てしまっていたことに、僕は愕然とした。
渕上さんは手ぶらだった。
高校に入ってから久しぶりの再会だ。
久しぶりに会った渕上さんは、ちょっと大人ぽくなっていた。
「僕、少しだけど食料の蓄えがあるんだ。来る?」
「えっホント!」
「良いお年を迎えるには、食べ物は必須でしょう」
「そりゃそうだね」
僕は、そう言うと同時に、彼女に分け与えて良いか考えた。
そして、分け与えない方が良い。
と結論を出したが、マネージャーとして世話になった人を放置するのも気が引けた。
僕は、軽トラックのワゴンが停めてある場所まで、彼女を案内した。
渕上さんが軽トラックのワゴンの助手席に座ると、嬉しそうな表情がふっと消えた。
ワゴン車の後ろに置いてあった投擲用の槍には血が着いていたからだ。
陸上のやり投げ用の槍だ。
致死量と思える血の量だ。確かに槍で刺された奴は死んだ。
氷河期を迎え、食糧が残り少なくなり始め、食料の奪い合いの殺傷事件が頻発し始めていた。
殺してしまった理由を弁明する気にはならなかった。
「私...今日は良い、またいつか...」
渕上さんは、そう言うと、車を降りて、ドアを閉め
「礁くんも元気で、良いお年を」
と言って微笑んだ。
女子マネージャー時代のみんなに慕われていた頃と同じ笑顔だった。
良いお年を・・・今日は師走だったのか。
「良いお年を」
僕は彼女の生存を祈った。
だって優しい人が消えて行くのは辛いから。
つづく
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